水曜日, 1月 14, 2026
ホームつくばつくば生きもの緑地から始める30by30 国立環境研「自然共生サイト」に名乗り

つくば生きもの緑地から始める30by30 国立環境研「自然共生サイト」に名乗り

新緑の候、4日はみどりの日。キンランの花咲く所内の保全区域を足場に、国立環境研究所(つくば市小野川)が「自然共生サイト」を地域に広げる取り組みに乗り出している。

同研究所は所内の植生保全優先区域のうち5.1ヘクタールを「つくば生きもの緑地」と名付け4月、国の認定制度がスタートした「自然共生サイト」に申請した。同サイトは、民間が主体となって生物多様性の保全が図られている区域を国が個別認定する。国際的な目標30by30(サーティ・バイ・サーティ、※メモ参照)に基づく取り組みだ。

国は今年度中に100カ所以上の認定を目指している。国立・国定公園などを除く企業の森、ナショナルトラスト、自然観察の森、社寺林などが対象。認定には生物多様性の価値(絶滅危惧種の生息、渡り鳥の飛来地、環境教育の実践など)に加え、普段の管理や維持が適正に行われていることが基準になる。

研究所のサイトについて生物多様性領域、石濱史子主任研究員は、伐採・除草はあまりせず、適宜手を入れる管理法で、適度に明るさを保つ林を維持してきたという。木漏れ日のさす林では今の時期、環境省レッドリストの絶滅危惧Ⅱ類に掲載のキンランが育つほか、ジュウニヒトエ、ツリガネニンジン、ワレモコウなどの植物を見ることができる。所内では、ノウサギ、ニホンアカガエルなどの生育も確認されている。

トンボの別名「秋津」の名を冠した池も植生保全優先区域の一画

筑波研究学園都市の建設初期に立地した研究機関は、敷地の30%以上を緑地として保全した経緯があり、同研究所にも在来の植生を生かした林や原野が残ることになった。その後も、コナラを主とした在来種からなる落葉広葉樹林の育成と区域の特性に合わせた頻度での草刈りなど、絶滅危惧種を含む草地性の動植物種の個体群維持を図っているという。

今回が初認定となる「自然共生サイト」への申請は5月8日に締め切られ、審査して8月ごろ認定される見込み。市域からは、つくばこどもの森保育園(同市沼崎)も申請している。

緑地ネットワークも再始動

研究所は「自然共生サイト」を地域に広げる取り組みにも乗り出している。2019年にスタートしたものの、コロナ禍から休止していた「つくば生きもの緑地ネットワーク」の活動をこの春から再開させた。農研機構や防災科研に改めて参加を呼び掛けており、相互の緑地見学会や交流セミナーなどを開催、生物分布に関する情報共有を行いたいとしている。

また同市では生物多様性つくば戦略(仮称)の策定を進めており、石濱主任研究員は策定懇話会に委員として参画している。第3次つくば市環境基本計画の重要施策のひとつで24年度の策定をめざしており、30by30の目標に歩調を合わせる。さらに機会をとらえて「自然共生サイト」の趣旨に沿った情報、知識の発信をしていく構えだ。(相澤冬樹)

※メモ 30by30(サーティ・バイ・サーティ)
2030年までに生物多様性の損失を食い止め、回復させるゴールに向け、海域を含む国土の30%以上を健全な生態系として効果的に保全しようとする国際目標。2018年のCOP14での採択などに基づく。環境省はオールジャパンで目標を達成するためのプラットフォーム「生物多様性のための30by30アライアンス」を立ち上げた。

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