桜川漁協の拠点、つくば市松塚の桜川のほとりには4月上旬、桜や菜の花、チューリップが咲き誇っていた。元々雑草や不法投棄で荒れていたこの場所は、漁協のメンバーたちで構成する多面的機能活動組織が定期的な草刈りや清掃を行い、花を植えて環境を整備した。訪れる人々はウグイスの鳴く美しい景色の中、写真を撮ったり、釣り糸を垂れたりして思い思いに楽しんでいる。
しかし、牧歌的な風景とは裏腹に、水の中では大きな変化が起こっている。「ワカサギが全然上がってこない。魚がいないからカワウも来ない。このままでは桜川の漁業はあと7年も持たない」漁協組合長の鈴木清次さん(80)は表情を曇らせる。
放流用も確保できない記録的不漁
ワカサギは霞ケ浦と流入河川を行き来している。桜川漁協では毎年ワカサギの卵を200万粒放流していたが、令和に入ってから記録的な不漁が続き、今年はついに魚卵の採取ができず、放流もできなかった。霞ケ浦での放流は行われたものの、北浦を含む霞ケ浦のワカサギ漁獲量は2019年の119トンから21年には34トンにまで落ち込んでいる(県農林水産統計年報)。
不漁の一因に水温の上昇が考えられる。ワカサギは水温30℃を超えると死ぬ個体が出るとされており、霞ケ浦で調査が進められている。流入河川の改修や霞ケ浦の消波堤の造成の影響についても調査中だ。近年適用が拡大された農薬の影響の懸念を口にする漁業者もいる。
今、桜川で釣りをすると外来種のアメリカオオナマズやミシシッピアカミミガメばかりが釣れる。小さいころから桜川で遊び、70年以上桜川を見つめてきた鈴木さんと漁協理事の酒井康男さん(86)は桜川の生態系がすっかり変わってしまったと話す。特に昭和38年(1963)に完成した常陸川水門は特に生態系に大きな影響を与えたという。
プール代わり 飲んだり食べたり
今、桜川の水は濁っているが、鈴木さんと酒井さんが子どもの頃は水が澄んでおり、桜川に入って遊んでいたと話す。「夏は毎日泳いで遊んでいた。水を手ですくって飲むこともできたんだから。お腹も壊さなかった」と鈴木さん。

酒井さんは「プールの代わり。子どもの頃は巻き網漁をやる大人の後ろをずっと付いて行った。たくさん魚が捕れたよ」という。アユやオイカワ、クチボソ、ニゴイ、フナ、ウナギなどの魚やシジミ、モクズガニがたくさん捕れたと振り返る。「かいぼりして、手づかみでシジミを捕って、家に持って帰って母親が味噌汁にする。ニゴイのこいこくもおいしいんだ」
川から田んぼへの用水路の泥の中にはウナギがおり、長い柄の先にかぎをつけた「ウナギかき」という道具でウナギを捕ることができた。田んぼにもドジョウがたくさんいた。「ざるを持ってきゅうりやトマトを取って、川に入れて冷やしておく。遊んでのどが乾いたらそれを食べてね。桑の実を食べて、口を真っ赤にしてさ、紅みたいに」酒井さんも「なあ」と相づちを打ち笑顔になる。二人とも、幼い頃桜川で遊びまわった記憶が鮮明にあるという。
当時は海の魚の流通が少なかったため、桜川で捕った魚を山間部や谷田部の方に売りに行っていた。小学生や中学生の子どもたちも自分で捕った魚を売って歩き、お小遣いにしていたという。「本当なら今からが楽しい時なんだ。昔はわなをかけるとドジョウがいっぱい捕れてね」「今の子どもは川には入っちゃいけないと教わるからね」
鈴木さんは昭和42年(1967)25歳で、酒井さんは昭和45年(1970)35歳の時にそれぞれ漁協に入った。酒井さんの記憶によると昭和37年(1962)頃には420人ほどの組合員がいたというが、高齢化が進み現在は107人だ。鈴木さんや酒井さんが加入した当時から現在まで、漁業だけで生計を立てている人はおらず、ほとんどが農家との兼業だという。
桜川の生態系は大きく変わってしまったが、2人は漁協への加入以来、桜川の環境改善のため、放流事業や漁場の整備、特定外来魚の駆除などに取り組み続けてきた。鈴木さんは「上流の下水の整備をして、下は水門を開けてほしい。10年、20年かかるかもしれないが、昔のような桜川に戻していろんな人に遊びに来てもらうことが私の願い」と話す。(田中めぐみ)
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