水曜日, 1月 14, 2026
ホームスポーツ開幕戦、男女共に勝利 つくばFC

開幕戦、男女共に勝利 つくばFC

つくば市を本拠地とするサッカークラブ、つくばFCの男女各トップチームが1日、ホームグラウンドのセキショウチャレンジスタジアム(つくば市山木)で今季開幕戦を迎えた。プレナスなでしこリーグ2部開幕戦の女子は1-0、関東リーグの男子は3-1でともに勝利を挙げ、幸先の良いスタートを切ることができた。

新加入の2人が決勝点 女子

2023プレナスなでしこリーグ2部第1節(4月1日、セキショウチャレンジスタジアム)
つくばFCレディース 1―0 ノルディーア北海道
前半0-0
後半1-0

つくばFCレディースは、昨季2戦2分と拮抗した勝負を繰り広げたノルディーア北海道(札幌市)に対し、前後半合わせて19本のシュートの雨を降らせ、被シュートはわずか2本に抑えるという圧倒的な試合を見せた。

「選手が走り続け、走りきるサッカーができた。開幕戦でみんな緊張しているので、トレーニングでやってきたことをやりきろうと声をかけた。一人一人のキャラクターを生かし、毎回違うヒロインが出てくるようなサッカーがしたい」と、白馬聡監督のコメント。

【つくばFCレディース―ノルディーア北海道】後半26分、FW小林和音がクロスに飛び込む(同)

「まず初戦をしっかり勝ちきり、流れをつかみたいという気持ちで試合に入り、自分たちのペースでボールを支配できた」と原島祐芽主将。ただしそれが得点に結び付くには時間を要した。「相手は自分たちより身長が高い選手が多かった」と、一筋縄ではいかなかったことを明かす。「だがこちらもいろんな特徴を持った選手がいるので、コートを広く使って空いたスペースから攻め込んでいき、守備でもしっかりやり合うことができた」。

決勝点が生まれたのは後半10分。活躍したのは新加入の2人だ。新潟医療福祉大学を卒業して入団したDF村上奈央の左クロスを、バニーズ群馬FCホワイトスターから移籍したMF内藤夏鈴が決めた。「開幕戦なので絶対勝利したい気持ちがあった。ニアに低いクロスが来たのでシュートチャンスだと思い、練習では浮かせてしまっていたが、今回は抑えて蹴るイメージで、狙い通りに打てた」と内藤の振り返り。

つくばFCレディースの次戦は8日、またもホームのセキショウチャレンジスタジアムで、吉備国際大学Charme岡山高梁と対戦する。(高橋浩一)

青木がハットトリック達成 男子

【ジョイフル本田つくばFC-流通経済大学ドラゴンズ龍ケ崎】後半41分、青木(14番)がこの日3点目を決める(同)

第57回関東サッカーリーグ1部前期第1節(4月1日、セキショウチャレンジスタジアム)
ジョイフル本田つくばFC 3-1 流通経済大学ドラゴンズ龍ケ崎
前半1-0
後半2-1

ジョイフル本田つくばFCは、流通経済大学ドラゴンズ龍ケ崎(龍ケ崎市)に対し3ゴールの快勝。3点ともMF青木竣が決めた。

1点目は前半9分、コーナーキックから。MF鍬田一雅の左足から放たれたボールは風に乗ってゴールへ向かい、それを青木が頭で押し込んだ。2点目は後半37分、フリーキックから。鍬田の蹴ったボールを青木が頭でコースを変え、ファーポストに当たりゴールに飛び込んだ。この場面について鍬田は「ニアサイドのGKとDFの間にうまく落ちるボールを蹴ることができ、そこへみんなが突っ込んでくれた」と解説した。

3点目は後半41分、途中出場のMF鈴木龍之介が自陣で奪ったボールを、右サイドにポジションを替えていた青木へ送り、対面する相手GKの頭上をループシュートで抜いた。これで青木はハットトリック達成。ただし後半44分、負傷によりピッチを後にしている。

【ジョイフル本田つくばFC-流通経済大学ドラゴンズ龍ケ崎】左サイドを主戦場に多くのチャンスにからんだ青木(同)

「関東リーグは毎試合が強豪との闘い。初戦の硬さもあったが勝ち点を取れたのが一番」と話すのは副島秀治監督。先制の後も、相手のロングボールに対しフォーメーション変更で対応、流れを渡さなかった。「2列目の須田千聖を前目に置いて相手のセンターバックにプレッシャーをかけ、また2ボランチにすることでスペースを消してセカンドを拾えるようになり、パスの出どころも増やせた」

後半は相手が修正してプレスを強化、勢いに飲まれて1点を失うが、選手交代により試合を落ち着かせ、最少失点に留めることができた。「相手は若くて勢いがある。押される展開でも負けないよう体を張り、チャンスを作ることができた。ホームでの1勝にまずはほっとした。これからも見に来てくれる人たちへ勝利の喜びを届けていきたい」と菅谷将人主将。

ジョイフル本田つくばFCの次戦は9日、アウェーのゼットエーオリプリスタジアム(千葉県市原市)でVONDS市原FCと対戦する。(池田充雄)

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招待状に「特別支援学校」初めて記載 つくば市 二十歳の集い

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映画「倭文-旅するカジの木」を見て《邑から日本を見る》190

【コラム・先﨑千尋】先月7日、東京都練馬区の大東文化会館で国際シンポジウム「旅するカジの木、旅する神々-静御前と倭文(しづり)」が開かれ、その中で北村皆雄監督の映画「倭文-旅するカジの木」が上映され、北村監督の講演などがあり、筑紫舞、大和高田の白拍子舞などが披露された。 倭文ないしは倭文織は古代の織物の名称で、常陸国風土記や万葉集、日本書紀、延喜式などの古典に登場するが、現物が発見されていないので、“幻の織物”と言われている。その素材はコウゾやカジの木などの自然繊維で、神事に使う幣(ぬさ)、手纏(まとい)、鞍(くら)などに使われていたようだ。 私は那珂市静に鎮座している常陸二の宮静神社のすぐ近くに住んでいることもあって、かなり前からその織物に関心を持って、史料も集めてきた。常陸国風土記には「まだ織物がなかった時代に倭文部(しどりべ)という織物の技能集団が静周辺に来住し、倭文を織った」とある。静神社の主祭神は、織物の神様・建葉槌命(たけはつちのみこと)だ。 「衣食住」という言葉 北村監督は映画上映の前に「衣食住という言葉があるが、衣が最初で、食、住と続く。それはなぜなのか。人が生まれてきて最初に産着(うぶぎ)を着ける。布は第二の皮膚と言われ、人間しか着けない大事なものだ。倭文という謎の織物を手掛かりに、衣の持つ呪術性を探ってみたいと考えて映画を製作した。何もないものを作るのは大変なことで、5年もかかった」と話した。 映画は最初に、日本の原始布が残る徳島県旧木頭村を訪ねるところから始まる。ここではカジの木やコウゾで織る太布(たふ)が現在でも織られている。次に、糸を使わない布、タパが登場する。カジの木の樹皮をたたいて伸ばす。撮影隊は、タパを作っているパプアニューギニアに向かい、人類最古に当たる植物繊維の衣服が今でも作られている有り様を伝える。 カジの木の原産地は中国南部から台湾。そこから4000年にわたってフィリピン、インドネシア、オセアニア、日本などに伝わったという。北村さんらは正確を期するために各地でDNA鑑定を行っている。茨城県内にはコウゾはあるが、カジの木はほとんど見かけない。コウゾはカジの木とヒメコウゾの交配から生まれたものだ。 この映画を作るために、国内の4人の織物作家(山口源兵衛、石川文江、西川はるえ、妹尾直子)が帯や幡(はた)、紙布を作る。その苦労する過程が克明に映し出される。 映画の最後は、日立市の大甕倭文(おおみかしず)神社にある宿魂石上(しゅっこんせきじょう)で、神話に出てくる倭文神「建葉槌命(たけはづちのみこと)」(大和朝廷側)がまつろわぬ星の神「香香背男(かがせお)」を、倭文織を使った呪術的な力で圧倒する場面。この場面だけがフィクションである。 冒頭に戻る。今回のシンポジウムのタイトルに「静御前と倭文」とある。静御前が鎌倉鶴岡八幡宮で歌ったという「しずやしず 倭文の環(おだまき) くりかえし 昔を今になすよしもがな」から採ったと思われるが、静御前と倭文の関係について、今後の研究に期待したい。(元瓜連町長)