土曜日, 2月 7, 2026
ホーム土浦若手社会学者 清水亮さんが紐解く 阿見・土浦「軍都」とその時代 

若手社会学者 清水亮さんが紐解く 阿見・土浦「軍都」とその時代 

『「軍都」を生きる 霞ケ浦の生活史1919-1968』(岩波書店)は、社会学者の清水亮さん(31)が地道な資料調査やインタビューを積み重ね、戦前から戦後を描き出した新刊。予科練(海軍飛行予科練習生)につながる海軍航空隊があった阿見、航空隊からの来客で栄えた土浦の人々が、基地や軍人たちとどう関わりながら生活したか、さらに戦後なぜ自衛隊駐屯地を誘致したのかを紐解く。

等身大の人々の目線で歴史研究

土浦市の開業医で作家の佐賀純一さん、阿見町の郷土史家である赤堀好夫さんらが取材し聞き書きした記録や地元紙、常陽新聞の記事などの資料も多数引用され、当時の人々の声を拾い集めた生活史となっている。豊富な写真を交え、日常の中で起きたさまざまな出来事を取り上げながら、「軍都」が抱えていた問題や葛藤についても分析している。

清水さんは「俯瞰(ふかん)する歴史学とは一風違って等身大の人々の目線で、下から見上げる歴史を書きたかった。自分の解釈は出さず、事実を重ねて書いた。戦争は重たくて悲惨なテーマと思っている人、歴史に関心がない人にこそ読んでもらいたい。日常生活の中の等身大の歴史に触れてほしい」と話す。

清水さんは東京生まれ。東京大学大学院博士課程を修了し、現在は早稲田大学で日本学術振興会特別研究員(学振PD=ポスドク)を務めながら武蔵大学の非常勤講師として教鞭をとっている。2020年から22年には学振PDとして筑波大学にも所属していた。東京大学の学部生だった13年から阿見町や土浦の地域史に興味を持ち、社会学的な観点から研究を始めた。

基地は「どぎついものではなく、ソフトに入り込んできた。現代でも似たようなことが起きている」と言う清水さん。1910年代から20年代は軍縮の世論が高まった大正デモクラシーの時代だったが、当時飛行機は最先端技術で、22年に開設された霞ヶ浦海軍航空隊は科学文明への期待感を持って住民に受け止められていた。同書には航空隊が観光名所となっていたことや、29年にツェッペリン伯号が飛行場へ寄港し、見物客で大賑わいする様子も描かれる。

「基地を誘致した所がだめという話ではない。基地があって豊かな文化が生まれたことも否定できず、現実は複雑で白黒つけられるものではない。それぞれの主張を持った人が同じテーブルについて議論できる場があるということが大切」と話す。

基地は国際的な「空の港」だったが、やがて戦時期に入り、軍国の「空都」と呼ばれるようになる。「平和な時代に基地が作られ、牧歌的、平和的に受け入れられていた時代から、戦争に突入し、悲惨な状況に暗転していく様子が印象的だった」と資料を読み取る。同書から見えてくる歴史をどのように解釈するかは読者にゆだねたいという。(田中めぐみ)

◆「軍都」を生きる 霞ケ浦の生活史1919-1968 四六判254ページ、2860円(税込)、岩波書店

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ふるさとのない時代《くずかごの唄》154

【コラム・奥井登美子】お正月には誰も故郷に帰りたくなる。私が育ったのは荻窪のみどり幼稚園。緑の名の通り、生垣に囲まれた家と野原の、のんびりした緑色の住宅街だった。 しかし今の東京の町はどこも高いビルばかりで、緑がない。故郷という言葉とはかけ離れた風景になってしまっている。私の故郷と呼べるような所は、もうどこにもなくなってしまったのだ。 幼い時、父の故郷、新富町へもよく連れて行ってもらった。父は歌舞伎座が新富座であった頃の、鉄砲洲小学校出身。「菅原伝授手習鑑」などに寺子屋の子役として駆り出されて、よく出演させられたそうだ。台詞(せりふ)も筋もよく覚えていて、よく私に語って聞かせてくれた。 隅田川のほとりに町があって、父は「〇〇ちゃんの店でノリを買おう」などと、昔の友達の家に寄っておしゃべりするのを楽しみにしていた。父の故郷はいま、日本ではない、高いビルばかりのどこか架空の空間になってしまっている。 タケちゃんの文が朝日に載った 1月27日の朝日新聞「折々のことば 鷲田清一」に、加藤尚武の文が載っていた。「個人の間の平等は、ある程度まで…自然の平等に支えられているが…国力の差は、ネズミとゾウの違いよりも大きい」 加藤尚武は私の弟のタケちゃん。京都大学の哲学教授を務めた後、鳥取に環境大学を創り、環境問題を、哲学のまな板の上に載せた人。「環境問題のすすめ」という著書もある。生活者として、医療と環境を意識して生活している。 加藤家の男たちはみな食べるのが好きで、父も、兄も、タケちゃんも、好きなものを自分で作って食べるのが趣味だ。 私はせめてせめて、お正月くらいは、おしゃべりの好きな弟のタケちゃん、母の昔の味の料理を作ってくれる妹、姪たちに会って、亡くなった父、母、兄の個性を偲(しの)びながら、今の子供たちと比べて、大笑いするしかないのだろうか。(随筆家、薬剤師)