木曜日, 4月 2, 2026
ホームつくば居場所を求め続けた想い つくばから双葉へ 谷津田光治さん㊤【震災12年】

居場所を求め続けた想い つくばから双葉へ 谷津田光治さん㊤【震災12年】

つくば市並木の公務員宿舎に、福島県双葉町の役場機関である「双葉町役場つくば連絡所」がある。東日本大震災の後、2011年12月に設けられた。同町から避難した人々に向けて住民票などの申請手続きや、町からの連絡事項を伝えるとともに、避難者による自治会活動や地域との交流の拠点になるなど、避難生活を支えてきた場所だ。

福島県内外に避難する双葉町民が、つくばの公務員宿舎へ入居するきっかけを作り、連絡所の設置を進めたのが、元双葉町議の谷津田光治さん(81)。自身も双葉町で被災し、現在、妻の美保子さんと宿舎で生活している。震災から12年がたつ3月末、谷津田さんは宿舎を離れ、故郷に近い南相馬市へ転居する。つくばと双葉の人々を結びつけてきた谷津田さんにとって、12年の時間はどのようなものだったのか。

つくば、公務員宿舎へ入居する

「ここは、見渡すと樹木が多い。双葉の家も周りが山だったから違和感ないんです。なんとなく、双葉を思い出せるんですよ」谷津田さんが自室の窓越しに、敷地に繁るクヌギの木々に目を向ける。谷津田さんが暮らすつくば市並木の公務員宿舎には、以前は48世帯が入居していた。今はそれぞれ別の場所へ移るなどし、4世帯が生活をする。2022年3月の時点で、つくば市には437人の福島からの避難者が暮らしている。その中で双葉町の人々は、最も多い112人。

つくば市並木の国家公務員宿舎

双葉町は、福島第一原発事故による放射能汚染のため町全体に避難指示がだされ、全町民が避難生活を余儀なくされた。震災直後、1400人あまりが埼玉県に一時避難するなどし、先の見えない暮らしに不調をきたす人も多かった。そんな中、当時、町議を務める谷津田さんが耳にしたのが、つくばにある公務員宿舎のことだった。

「知り合いが、『茨城のつくばに空いている公務員宿舎がある。取り壊してるところもあるけど、まだ住めるところもあるから、見てきたらどう?』って言うもんで、見にきたら、びっくりするくらい部屋があったんですよ」つくば市には1970年代、筑波研究学園都市で働く研究所職員らに向けた公務員宿舎が約7800戸建てられた。その後、老朽化などを理由に、国は段階的に住宅の廃止を進めている。

「埼玉では、学校の教室に寝泊まりしていましたし、仮設住宅も長く暮らすには大変なんです。それが、つくばにこれだけまとまった家がある。多くの町民が1カ所で生活できるわけですよ。役場の事務作業だって少なくなる」

「みんながまとまって暮らすのが一番」と考えていた谷津田さんは、各地に避難する人たちに声をかけて下見に訪れ、役場とも交渉し、その後、2011年7月までに希望者の入居が始まった。

連絡所の設置

震災後、双葉町は、集団移住先の埼玉県加須市に役場機能を移転した。しかし、避難者は各地に散らばっていて必要な連絡が行き届かない。町は、避難者の多い場所に、支所や連絡所を置き事務機能を分担させていた。それを見た谷津田さんは「連絡所をつくばにも」と町に掛け合った。「情報があっちこっちすると、間違いが起きる。直接、連絡が来るのが一番だと思ったんです」

並木地区の公務員宿舎につくられた「双葉町役場つくば連絡所」

また、つくばには、生活に必要な支援物資が届いていなかった。「当時、支援物資は加須の役場に行かないと受けとれなかった。でも、個人で行ってもなかなかもらいにくいんです。みんな困ってるのは同じだけど、物をもらうっていうのは気が引けちゃう。だから、私らがライトバンで加須に行って、役場に話をつけて受け取ってきたんです。周りの人に『何かいるのあっかな?』って聞いてまわって。連絡所があれば支援の拠点になれる。そういう考えもありました」

妻の美保子さんは「これだけみんながバラバラになって、知らない土地で心細い中にいて、何かひとつだって町から届けば『見捨てられてない』って思えたんですよね」と連絡所ができたことで覚えた安心感を話す。

始めたグラウンドゴルフ

つくばでの新しい地域づくりが始まった。そこでは避難者同士だけではなく、つくば市民とのつながりも生まれた。

谷津田さんらは毎週火曜日、近所の公園でグラウンドゴルフを楽しんでいる。12年前から欠かさない、大切にしている交流の場だ。今では避難してきた人だけでなく、地域住民も参加している。終わった後のお茶会も楽しみとなっている。

運動の指導などを通じて避難者と交流し、学生にも交流の機会を設けてきた筑波大学名誉教授で体操コーチング論が専門の長谷川聖修さん(66)は「交流の場として、私たちにとっても貴重な場です」と話す。また長谷川さんの活動を通じて谷津田さんたちと知り合い、6年前から毎週グラウンドゴルフに参加している筑波大大学院の松浦稜さん(27)は「いつも楽しみにしてきました、ここに来ると、まるで実家にいるような気持ちになります」という。

グラウンドゴルフを楽しむ美保子さん(右)と参加者たち

グラウンドゴルフの始まりは、当事者同士の気遣いからだった。谷津田さんは「最初は、ばあちゃんの引きこもり防止だったんです。『あそこのじいちゃん、ばあちゃん、部屋から出てこないから』って。週に1回でも引っ張り出してっていうのがあったんです。何をやるにも、48世帯に声かけてやってました」と話す。

震災の月命日もそうだった。「みんなどこにも頼るところがないし、『月に1回、みんなで集まっか』って意識があった。その後も、年に1回、3月11日に慰霊祭を続けていました」

市内に借りた畑にもみんなで行った。「なんでも作りましたね。白菜からキャベツ、じゃがいも、里芋。収穫する時は、双葉の人、近所の人にも声かけて、弁当持って行ったんです。みんな喜んで、ピクニックみたいにね」

互いの様子を気遣いながら、共に暮らせる場所を作っていった。美保子さんは「つくばに来て、何もないところからの始まりだったんです。同じ双葉でもそれぞれ違うところに住んでいたので、双葉にいたら顔を合わせることもなかったかなって思います。その人たちが、ここで親しくなったんですよね。みなさん本当に親切にしてくれて。自分の家族のような人もできました」と振り返る。

今年3月末で、谷津田さんは、双葉町にほど近い南相馬市に建てた自宅に転居する。12年暮らしたつくばを離れる日が近づいている。つくばでの人とのつながりが、福島への転居をためらわせていたと美保子さんは言う。(㊦につづく、柴田大輔)

➡NEWSつくばが取材活動を継続するためには皆様のご支援が必要です。NEWSつくばの賛助会員になって活動を支援してください。詳しくはこちら

スポンサー
一誠商事
tlc
sekisho




spot_img

最近のコメント

最新記事

公募は仕切り直し 霞ケ浦土浦港周辺整備計画 3者が不合格

土浦市・茨城県 土浦市と茨城県が計画していた霞ケ浦土浦港周辺整備事業が仕切り直しになった。霞ケ浦に面する9.5ヘクタールの区画を「湖岸の観光・レクレーション拠点」にしようと、同市と県が民間事業者から整備計画を公募(1月3日付)したが、提案された複数の計画はいずれも必要な条件を満たさなかった。土浦市にとって長年の課題だった湖畔整備事業は延期となる。 土浦市都市整備課によると、公募型事業プロポーザル(提案)には3事業者が応じた。このうち2事業者は書類審査で落ち、残る1事業者に絞って提案企画を評価したところ、評価点が102.31点と最低基準点126点以下だったため、不合格と判定した。最終審査に残った企業名や、どの点が基準に満たなかったなどは明らかにしていない。 評価方法を変え再トライ 事業者を公募した整備区画は、▽A地区:湖底土砂浚渫(しゅんせつ)船などが利用する土浦港(県施設)▽B地区:マリーナ(ラクスマリーナのヨットなどの係留・管理施設)と広場(市施設)▽C地区:「りんりんポート土浦」(サイクリスト向け拠点施設)区画(市有地)▽D地区:プレジャーボートなどが停泊する土浦港(県施設)―で構成されるエリア。 土浦市は①「りんりんポート土浦」は指定管理者制度を活用して存続させる②市が保有する「ラクスマリーナ」の株式は事業者に有償譲渡する③マリーナ施設がある広場は事業者に賃貸する―案を事業者に示し、県は2つの港とその周辺を事業者に貸与する案を示していた。 都市整備課の担当者は、今回の公募結果にもかかわらず、湖岸のレクレーション拠点計画は破棄せず、公募型プロポーザルの枠組みを使って再挑戦するという。具体的には「評価方法を少し変えたり、今回応募した事業者とは別の事業者に声を掛けることを考えている。再トライをいつにするかはまだ決めていない」と述べた。 民間の力で湖岸を活性化 この事業予定区画には、2007年まで京成ホテルが建ち、同ホテルが撤退した跡地にはマンション建設計画があった。ところが08年のリーマンショックでマンション事業者が倒産したため、土浦市が用地を取得、有効活用法を探ってきた。今回の公募型プロポーザルは不調に終わったが、市としては民間事業者の資金力と企画力を使って、土浦港周辺の再活性化を図る。(坂本栄)

配偶者暴力相談支援センターを設置 つくば市 DV防止法に位置付け

配偶者や交際相手などからの暴力(DV)被害や夫婦関係、人間関係などの相談を受ける配偶者暴力相談支援センターを1日、つくば市が設置した。DV防止法に位置付けられた機関で、地域の身近な窓口として被害者支援の中心的役割を担う。DV被害の相談のほか、緊急時には被害者の安全確保や支援機関との連絡調整、自立支援を行うなどの役割がある。 設置により、通報への対応、保護命令への関与、県の配偶者暴力相談支援センター(女性相談センター)や警察など関係機関とより密接な連携協力を図ることができる。同センターは、2007年のDV防止法改正で市町村は設置が努力義務となっている。県内市町村での設置は、水戸、古河、かすみがうら、つくばみらい市に次いで5番目という。 センターの愛称は「まんまるつくば」で、具体的な業務は、DV被害の相談に応じたり、緊急時に一時避難所を利用するための相談を受けたり、福祉制度や住居など自立生活を送るための情報を提供したりする。本人が配偶者や交際相手などに対し接近禁止や電話禁止などを申し立てたい場合は、裁判所の保護命令について情報提供したりなどする。 同市はDVや夫婦関係、自身の生き方などの悩みに対し、これまでも電話や面談による相談を受け付け、女性向けの一般相談、心と生き方相談、法律相談のほか、男性向けの相談を曜日や日数を限定して実施してきた。センター設置後は受付日数を増やし、DV相談と女性相談は平日の午前9時~午後4時、女性の法律相談は第2と第4木曜の午後1時30分~4時、男性相談は第1と第3金曜の午前9時~午後4時に受け付ける。 同市がこれまで電話や面談で受け付けた相談件数は2024年度が計617件で、相談内容は離婚や別居に関する相談が最も多く43%、次いで夫からのDV相談が22%、自身の生き方に関する相談が18%、夫婦の在り方が14%だった。23年度は計523件で、相談件数は増加傾向にあるという。 担当する市ダイバーシティ推進室は「まんまるつくば(つくば市配偶者暴力相談支援センター)は、パートナーとの関係に関する相談や女性の抱える様々な課題に寄り添う窓口。DVに関する相談は性別を問わず受け付けているので、一人で抱え込まずどうぞお気軽にご連絡ください」と呼び掛けている。(鈴木宏子) ◆相談窓口の専用電話は029-856-5630。相談料は無料。電話代は自己負担。相談窓口の場所は相談者の安全確保のため非公開としている。

浴場を全面リニューアル 高齢者支援センターくきざき つくば

eスポーツ機器導入 設備の老朽化で風呂を沸かすボイラーが故障し2023年1月から利用を停止していたつくば市下岩崎、茎崎老人福祉センターの入浴施設が1日、全面リニューアルされ、名称を高齢者支援センターくきざき「ゆるり庵」に改め、3年ぶりにオープンした。施設内の活動スペースにはコンピューターゲームが楽しめるeスポーツ機器が市内の高齢者施設で初めて導入された。 同センターは高齢者の健康増進や生きがいづくりを目的とする施設で、入浴のほか、くつろいだり、食べ物を持参し飲食などができる。市内に住む60歳以上の高齢者と障害者などは利用料が無料になる。 市町村合併前の旧茎崎町が1988年に建築。鉄筋コンクリート造平屋建て、建築面積約1070平方メートル、敷地面積は1.5ヘクタールで、敷地内には他の施設も立地する。リニューアル前は浴室が1カ所しかなく、午前と午後で男女入替制とし、1日5人程度の利用者しかなかった。 23年の利用停止後、24年度に全面修繕のための設計を実施、25年度に改修工事を実施し、浴室や大広場の改修、ボイラーや排水管の交換などを実施した。改修費用は総額約1億2650万円。 リニューアル後は、浴室を男女別で2カ所に増やした。お湯は井戸水を毎日沸かす。大広場も改修し、畳24畳のくつろぎスペースと、eスポーツ機器が3台設置された活動スペースを設けた。1日150人の利用を目標にしている。 茎崎地区では、牛久沼のほとりの同市泊崎にあった入浴施設、茎崎憩いの家が耐震基準を満たしてなかったことから2021年3月末で廃止、茎崎老人福祉センターも23年から利用停止になり、市の入浴施設がなかった。一方、茎崎老人福祉センターが立地する地区は土砂災害警戒区域に指定されており、議会などでも指摘があったが、市によると既存建物の改修は可能だとしている。(鈴木宏子) ◆入浴施設の利用時間は午前9時~午後7時。利用料金は市内に住む60歳以上の高齢者と障害者、小学生以下は無料。市外の高齢者などは210円。中学生以上、60歳未満は510円。年齢確認のため初回は身分証を持参し登録が必要になる。

「みんなと仲良く」を諦められない《土浦一高哲学部「放課後の哲学」》9

【コラム・2年 アトモスフィア】「みんなと仲良く」ということは、私達の大半がそうするに越したことはないと理解していて、それでも心のどこかで諦めてしまっていることなのだと私は思います。そして、それは実際に試みた結果として理想とのギャップに打ちのめされてしまうというより、平穏な暮らしの中ですら、自分でも意識しないうちに、自然と無力感を植え付けられているという方が近いのかも知れません。学校での集団いじめから国家間の戦争に至るまで、気が滅入るニュースは日々探すまでもなく転がり込んできますし、暮らしの中で出会う誰かの、ひどく鼻持ちならない言動を見たり、されたりして、人と関わること自体が億劫(おっくう)になることもあるでしょう。 普通の人間である私には、好きな人間と嫌いな人間がいて、それはきっとあなたも他の皆もそうであり、その時点で「みんなと仲良く」なんてことは空想でしかないのかも知れません。知れません、などと曖昧な語尾を繰り返すのは、断言がはばかられるというより、そういう現実に生きていながら、他でもない私が、心のどこかで「みんなと仲良く」を諦められないからです。 小学校の高学年頃、私は当時同級生の中では成績がとてもよく、それを鼻に掛けて心の中で周囲を見下しているようなすごい嫌な奴でした。隠していたつもりでも態度ににじみ出ていたのか、一部の子に意地悪をされることもありました。あるいはその意地悪が先にあって、それにかこつけて壁をつくっていたのかも知れません。いずれにせよ今となっては分からないことです。思い出にふたをするように市外の中学校に進学してからは人間関係にも恵まれ、小学校の思い出もおぼろげになりつつあり、今やすっかりその辺の高校生となりました。しかし、ふとした瞬間にかつての記憶が首をもたげて、私はどうするべきだったのだろうと疑問に思わされるのです。 私が「みんなと仲良く」をどうしても諦めきれないのは、ひょっとしたらあの経験の後ろ暗さへの埋め合わせが理由なのかも知れません。過去を変えることはできませんが、それを糧に未来をより良くすることは誰もが許された権利であり、私は今、身の回りにいる、あるいはこれから出会う人々に誠実に向き合うために、そのことを考えてみたいと思いました。それがこのコラムを執筆するに至った主な動機です。 誠実さの在りか 私達は皆、自分一人の力だけで生きていくことはかないません。誰かに養われる人もいれば、誰かを養うために仕事に従事する人もおり、それら全て一人の力では果たすことのできない営みです。お金に食事に住み家に服にと、必要なものは基本的に自分でない誰かの手から渡ってきます。そのために人は人と関係性を築くことを避けられません。裏を返せば、人間関係は相手から何かを得るためにあるのだ、ということになるでしょう。友人関係でさえその理屈は同じではないでしょうか。「何かを得る」というのは、決して実質的なメリットに限った話でなく、一緒にいて楽しいとか、安心できるだとか、目に見えない実感をも含みます。それらは生命や生活の維持に関わらずとも、私達の人生に幸福を与えるものだからです。誰だって、自分に何も与えてくれない、一緒にいた所で自分がすり減るだけの相手とは付き合いたくないものです。 しかし、そんなふうに言われてしまうと、まるで損得感情を抜きにした人間関係、すなわち「真実の友情」みたいなものが存在しないかのようで、反発を覚える方もいるかもしれません。ここで考えるべきなのは、打算的であることと、人間関係において誠実であることの関係性です。私はむしろ、人間関係が損得勘定抜きに成立しない以上、私達が「誠実さ」と呼んでいるものの鍵はそこに存在するのではないか、と思うのです。 前述の通り、私達は日常生活において、周囲の人間から多くの助けを得て暮らしています。生活を支えたり彩ったりする何かを日々受け取っているのです。そして、何かをしてもらった相手には感謝をするべきだということは、私達の中に当たり前のこととして浸透している認識だと思います。私は、恐らくこの認識こそが、人間関係において誠実であるために重要なことではないかと思います。特に友人関係においては。 友人関係よりも家族関係などの方が、生活、言わば生存における比重が重い分、感謝の重要性も高いのではないかと思うかもしれません。しかし、むしろここにおいて重要なのは、友人関係が「最悪、無くてもいい」ものであるという事実です。 旅行に行ったらお土産を買ったり、プレゼントをもらったらお返しをしたり、友人関係には無駄や面倒が多いものです(家族関係も似たようなものですが、そちらは血縁である分、多少の失礼は看過されるはずです)。そうと分かっていてなぜ続けるかと言えば、「やらないと申し訳ない」という感情がそこについて回っているからです。もう少し踏み込めば、「そうしないことで、相手やみんなから白い目で見られないように」という思惑です。それらの自然な習性は、人間の寄せ集まった社会で共有されることで、ある種の強制力を持った習慣となります。「最悪無くてもいい」関係性のためにそんな心労を払わなければならないだなんて、とても厄介なことです。だからこそ、そういう「お約束」をきちんと守ってくれる相手に、私達は「きちんとした人」「礼儀正しい人」という印象を抱きます。それゆえに粗末な扱いをしてはいけない、自分も同じくらい礼儀正しくしなければいけない、とも。これは、相手から何かをもらった、その事実が相手への誠意へとつながる例です。 友人なんて要らないと言えば言い過ぎかもしれませんが、他にも友人はいるだろうに、他でもない自分のために何かをしてくれたという事実。これはとてもかけがえのないことなのです。私達は私達の友人に対して誠実であるために、彼らから受け取ったものに対して、もっと眼差しを向けるべきではないでしょうか。受け取った恩を正しく認識しないことには、正しい恩返しは出来ません。私は学校で頻繁に忘れ物をしては友達に泣きついているので、「友達関係に損得はない」なんて口が裂けても言えません。私が一方的に助ける側ならともかく、人の助けを借りておいてそんなことを言うのは全くもって恩知らずであり、私の目指すべき誠実さとは程遠い態度であるからです。 分かりあうために さて、人間関係が助け合い、あるいは利害の受け渡しで成り立ってるのなら、人間関係を乱す人というのは、それを拒否する人のことです。相手の反応もお構いなしに自分の話題ばかりを続けたり、袋詰めのお菓子を一人で食べ尽くしたり、相手の些細(ささい)な気遣いへの感謝を忘れたりします。関わらない方が正解だと言いたくなる気持ちもわかるのですが、前述の通り私の目指すことは「みんなと仲良く」なので、そこでくじけるわけにはいきません。そもそも日々の生活において、誰かと関わらないようにすることは、結構な場合困難なことです。私の場合は学生ゆえに特にそれを実感します(嫌いなクラスメートからはクラスメートである限り逃れられませんし、住んでいる家や街を勝手に出て行くことはできません)。「分かり合えない」と思う相手との付き合い方を考えるのは、ただの願望やきれい事ではなく、割と有用なことなのです。 前提として大切なのは、分かり合い、仲良くするということは決して、相手の内面性の全てを好きになることではないということです。私達は、関わる人々の全てを把握できるわけではありません。見せたくない一面や言えない秘密は誰にでもあります。仲の良い友達の良いところばかりが見えるのは、良好な関係性を保つために、よき友達としての側面を彼ら自身が作り上げているからです。時には、友達の思いがけない嫌な側面を目にしショックを受けることもあるでしょう。そういう時、それまでに積み重ねた信頼があれば「まあいいか」と思えるかもしれません。 でも、中にはそんなふうに「まあいいか」とは思えない、十分な信頼を積み重ねていない相手もいます。或いは積み重ねた信頼ゆえに余計ショックを受けてしまうこともあるでしょう。そのような事態には、一体どうやって向き合うべきなのでしょうか。 重要なことですが、人が人に傷つけられたと思う時、その相手の振る舞いが必ずしも意図的とは限らないということです(悪意に駆られることもあるでしょうが、もとが理性のある人間ならば自分自身で反省することができますし、そうでなかったとしても、コミュニティの規範などによって自然と淘汰(とうた)されるものです)。それを踏まえて、私が今大切にしたいのは、あらゆる人間に対して判断を急がない忍耐を持つことです。 忍耐という言葉を聞いて、つい身構えてしまう方もいるでしょう。しかしそれは「我慢して善人になろう!」みたいな押し付けがましい根性論ではなくて、むしろ貴方や私の息苦しさを軽減するための技術なのです。良い人、悪い人といったきっぱりとした分類は、私達の認識する世界を単純明快なものにしてくれますが、ふとした瞬間にそれを裏切られた際、整合性を取るために自らの認識を修正する必要が生じてしまいます。好きだった人を嫌いになるのは、まるでそれまでにプラス100好きだった分、マイナス200嫌いになったようで寂しいことです。そこに何か認識のワンクッション(あの言動は本当に悪意があったのか? 何か事情があったのか?)があれば、人に失望しすぎることがなくなる一方で、善意に対してはただの善意以上に喜べるようになります。また、相手を「間違っている」側に追い込む必要がなくなれば、自分が正しいと信じる価値観も過信することもなくなります。結果として私達の見る世界はきっと善悪のこんがらがったよくわからないものに成り果てるでしょうが、それはきっと、楽しい時間をより多くの人間と分かち合える素敵なものでもあると思うのです。なぜなら、善悪や好悪の物差しの上では排除や拒絶の対象となる人々も、その物差しを外せば、ただ価値観が異なるだけの友人になり得るからです。 もちろん、このような忍耐も万能ではありません。それは一つの心構えであって、他者の人格それ自体に影響を及ぼすものではないからです。相手の無自覚な言動に傷つけられ続ける状況を甘んじて受け入れてまで、関係性を保つ必要はありません。むしろ、そういう時こそ、相手から距離を取ることが一つの選択肢となります。人は環境が変わったり、時間が経ったりすれば、自然と考え方や価値観も変化していきます。だからこそ、相手と自分とを分断するのではなく、頃合いを見て関係性を築き直すのを期待して、距離を置くことが大切になります。大切なのは、相手の人間性や相手との人間関係を一つに定義しないことです。好きな人がたまに見せる嫌なところに寛容になって、嫌いな人がたまに見せる良いところに敏感になることです。その心構えを捨てない限り、どんな人間に対しても、本当に分かたれるということはないと思うのです。 「そうありたい」と思うこと 今になって思うに、小学生の私が人間関係に失敗したのは、漠然とした「分かり合えなさ」にかこつけて歩み寄らないことを正当化しただけでなく、「人と関わることは逃げずに向き合うことだ」という思い込みを捨てられなかったことにあるのかも知れません。見下している相手のために傷ついたり、心を悩ませたりすることがひどく馬鹿らしく思われ、それでも逃げることはもっと恥ずかしかったために、自分を正しい側に、相手を間違った側に固定し、観客席から劇の批評をするような人間関係しか築けなかったのです。しかし、人間関係は元より悩ましいものであり、悩みから解放されたいのであれば、人間関係の方を捨てるしかありません。しかし、人が人と関わらず、誰の支えも得ずに生きていくのはとても難しいということは、これまでに説明したとおりです。 あの頃の私は未熟であり、きっと今もそうなのかも知れません。それでも、ただ周囲との隔絶に何の手も打てなかったあの頃に比べれば、単純な人間ではなくなったと思います。忍耐は自分を犠牲にして相手を許し続けることではなく、未来の可能性を閉じず、その曖昧さに根気よく付き合い続ける能動的な姿勢です。そういう地道な行動を積み重ねれば、「みんなと仲良く」という言葉もそう現実離れしたものには聞こえないように思えます。 そうは言ってもやはり、人には必ず好き嫌いや相性があり、たとえどちらも間違っていなかったとしても両立できない価値観が存在します。全員と同じくらい親密で、誰とも争わないという意味での「みんなと仲良く」はどうしても難しいことです。それでも私は、同じ人間として生まれてきた誰かを簡単に切り捨ててしまうことを、どうしても受け入れたくないと思います。 判断を急がず、善悪を単純化せず、自分の心をも守り、未来の関係性に期待を抱く。そうした態度を選び続けることは、他人や世界の形を変えることはできなくとも、自分に見える世界を平和に保ち続ける力にはなります。その理想はきっと未熟な点も多く、私は数えきれない挫折を経験するでしょうが、それでもなお「そうありたい」と願い続けること自体に、私は何かの意味を見出したいと思うのです。 終わり ◆土浦一高哲学部主催 哲学カフェ「第5回 語るカフェ」のお誘い私たち高校生は、社会人の皆様との対話を通じて、学校生活の中では得られない経験や発想に触れさせていただきたいと考えています。私たちと一緒に哲学を楽しんでみませんか? 年代や職業を問わず、多くの方々の参加をお待ちしています。▽日時 4月26日(日) ▽内容・第1部「ロジカフェ」 午前9時30分開場・受付/午前10時~午後0時10分 ロジカフェ/午後0時20分解散・第2部「エモカフェ」 午後1時開場・受付/午後1時20分~午後4時 エモカフェ/午後4時10分解散▽場所 がばんクリエイティブルーム2階 土浦市中央1丁目13-52▽参加申込方法 参加申込フォームよりお申し込みください▽申込締切 4月20日(月)▽問い合わせ先 電話 029-822-0137(平日午前10時~午後3時30分、土浦一高哲学部顧問 飯島)▽詳細は告知ページへ。