【コラム・斉藤裕之】古い友人が訪ねてきた。奥さんは小さなビンをくれた。中には金柑(キンカン)のシロップ漬けが入っていた。子供の頃、金柑は人の庭からもいで食べるものだった。だから、買ってまで食べるものではないと思っていた。事実、毎週のように出かける近くのカフェの窓からは金柑の木が見え、ちゃんと断って何度か口に入れてみたが、甘くておいしかったのだけれども、持ち帰ろうという気にはならないでいた。
ただでさえ果物をあまり食べない私。冷蔵庫を開けるたびに目に入る金柑のビン。なかなかふたを開ける勇気がなかったのだが、冬は案外喉が渇くので、ある日サイダーの中に金柑を入れてみた。
コップの底に残った金柑を口に入れた瞬間、あの独特の風味が甘さとともに広がった。それから、毎日、金柑入りのサイダーを飲むのが楽しみになった。ついでに、レシピを聞いて自分でも作ってみようと思った。けれども今年に限って、くだんのカフェの金柑は不出来で、どうやらシロップ漬けにはできない。初めて金柑を買って作ってみたら、なんとなく同じようなものはできた。まあ、金柑の実を砂糖と蜂蜜で煮るだけだから。
それからしばらくして、またその夫婦がやって来た。どうやらメールで送った画像を見て、私の作ったものがいまいちの出来だと思ったらしく、金柑と蜂蜜とレモンまでそろえて持ってきてくれた。
次の日、久しぶりに次女が東京から帰って来た。駅から降りてきた彼女は金髪だった。美容師という職業柄かどうかは知らないが、毎度変わる髪の色にはもう驚かなくなった。美容師という仕事は、かなりブラックに近い肉体労働だということは想像できる。多分疲れているだろうから、その日はどこにも出かけずに、食べたいと言っていたサツマイモ入りの豚汁を作った。
それから、「これ食べていいの?」と、彼女はシロップ漬けになるはずの金柑を見つけて言った。「どうぞ」。彼女はムシャムシャと金柑をほおばった。
憧れのロッキングチェアーに遭遇
翌日は小春日和の快晴。長女の安産祈願をしに、雨引観音に詣でた。次女と2人で出かけるのは久方ぶりだ。車中、仕事場の話や友人の結婚などの話題とともに、政治家のLGBTに対する発言について彼女は熱く語った。七三に分けたおじさん方よりも、この金髪の姉ちゃんの方がよほど筋が通っていると思った。
岩瀬の中華料理店でニンニク油とどっさりニラの入ったレバー炒めを食べた後、益子を回って帰ることにした。途中立ち寄った古道具店で、憧れのロッキングチェアーに遭遇。ただ今入荷したばかりだという店主の言葉に、勝手に運命を感じる。形、値段ともに納得の上、車に乗せて帰宅。
帰りは助手席でぐっすり寝ていた次女。自分を含めて弟や周りの友人も、彼女の歳には先の分からないなりに希望に満ちた日々を過ごしていたことを想い返した。
数日後、長野の知り合いの方から、まことに立派な干し柿が送られてきた。実は干し柿に目のない次女。金柑のシロップ漬けを送る代わりに、益子で買ったお皿といっしょに干し柿を宅配便で送ることにした。(画家)