金曜日, 1月 9, 2026
ホームコラムオダギ秀田舎の仁王像 《写真だいすき》16

田舎の仁王像 《写真だいすき》16

【コラム・オダギ秀】今回は、県指定重要文化財の金剛力士像を撮影した時のことを話そうと思う。田舎の、いわゆる仁王像だ。

その像は、室町時代後期の作と推定されているようだが、今は廃寺となっている寺の山門に安置されているということだったので、その寺跡を訪ねた。地図をたよりに、田舎道をしばらく走った。ほぼ、ここだ、という地点周辺で、道を行く方に、それは何処かと、何度か尋ねた。

ところが、みんな、「さあ?」と、首をかしげる。重要文化財なのに、100メートルぐらいの近所の人でも、それが何処なのか知らないのだった。通りから数十メートル入ったところに崩れかけた山門があり、探していた金剛力士像が、壁に寄りかかるようにしておった。

壁は崩れていたから、像高2メートル以上の吹きさらされた木像は、彩色ははげ落ち、素地があらわになっていたが、かえって木目の表現の巧みさが強調されていた。彩色がはげ、欅(けやき)の地肌をあらわにしたこの金剛力士像は、阿形(あぎょう)、吽形(うぎょう)ともに、全身を覆う紋様状の木目を見せていた。

その木目は、胸から手指の先に至るまで、信じられぬほど計算尽くされていて、震えがくるほど美しい表現となっていた。筋肉は、忿怒(ふんぬ)の形象そのものであり、そのはち切れんばかりの隆起は、この仁王を生んだ仏師の、確信と自信にあふれた意志の強さを表していると思えた。

見えぬところにこそ精を尽くす

もともと当初は彩色を前提としていたものなのだから、この木目の表現は、人に見られることなど想定していなかったはずなのだ。それにもかかわらずに、見えぬところにこだわり抜いた仏師のすごさが、数百年の歳月を経てなお伝わってきた。

目先の見映えにこだわるのではなく、見えぬところにこそ精を尽くす、という職人の心根に、ボクはまいった。首をひねり、足を踏ん張り、力のこもった金剛力士像は筋骨たくましく、ひるがえる裙(すそ)とともに、ボクらの薄っぺらな心を凝視している気がした。

文化財として指定すればそれでよしとする、今の人々の安易さと、それを取り巻いているボク自身、忿怒の面貌は反省を促した。この像は、名もない仏師のこだわりと自信と確信なのだ。山門の羽目板の隙間から、遠く街道を行く車の音とともに、午後遅い風が吹き込んでいた。(写真家、日本写真家協会会員、土浦写真家協会会長)

➡NEWSつくばが取材活動を継続するためには皆様のご支援が必要です。NEWSつくばの賛助会員になって活動を支援してください。詳しくはこちら

1コメント

1 Comment
フィードバック
すべてのコメントを見る
スポンサー
一誠商事
tlc
sekisho




spot_img

最近のコメント

最新記事

北条芸者ロマンの唄が聞こえる《映画探偵団》96

【コラム・冠木新市】今、1月25日に開催する詩劇コンサート「新春つくこい祭/北条芸者ロマンの唄が聞こえる」を準備中だ。これは2012年秋に上演した詩劇「北条芸者ロマン/筑波節を歌う女」を14年ぶりに再演するものである。 前回の講演と詩劇では、1930(昭和5)年に童謡詩人 野口雨情が筑波町から依頼されて作詞した「筑波小唄」が、完成40日後に二分されて「筑波節」が生まれた謎の解明を試みた(映画探偵団22)。今回、「筑波節」誕生95周年記念詩劇に取り組むうち、新たな謎に気付かされた。 「筑波小唄」を初披露したのは筑波芸者だったのに、SPレコードに吹き込んだのは東京のうぐいす芸者・藤本二三吉、「筑波節」を吹き込んだのは北条芸妓連だったことだ。 なぜ筑波芸者は吹き込みから外されたのか? なぜ北条芸妓連が選ばれたのか? 改めて気になった。資料は何も残されていない。このことには14年前に気付いてはいたが、それよりも当時は雨情が一つの詞を二つに分けたことの方に関心が向いてしまい、筑波芸者の存在をそれほど気にかけなかった。 淡島千景vs.山本富士子 泉鏡花 原作「日本橋」が1956年、大映で市川崑監督により映画化された。日本橋芸者・稲葉家のお孝(淡島千景)が医学士 葛木晋三(品川隆二)をめぐって、滝の家の清葉(山本富士子)と張り合う話だ。昔、名画座の赤茶けた画面で見たのだが、淡島千景の粋な芸者ぶりと山本富士子のさっぱりした姿にほれぼれし、以後、私の芸者映画の基準になった。 美人芸者同士の恋のさや当ては、見ていてスリリングであり、この作品を超える芸者映画にはなかなかぶつからない。後にきれいな画面のDVDを見て、2女優の美しさに酔いしれた。 「日本橋」を思い出したとき、レコード録音をめぐり、雨情を挟んで筑波芸者と北条芸者が争ったのではないかと想像した。すると、一つの詞を二つに分けたことよりも、芸者さんにとって、吹き込みの件は重大な出来事だったと思える。雨情は、そのことをどう考えていたのだろうか? 北条芸者に録音を取られた筑波芸者は何を感じたのか? 今回はそのあたりに少し踏み込んでみた。 土浦音頭と筑波節、どっちが先? これに関連して、もう一つの謎が浮かび上がってきた。それは1930(昭和5)年か33(昭和8)年に土浦で作られた横瀬夜雨 作詞、弘田竜太郎 作曲の「土浦音頭」である。こちらは、水郷芸者の君香がSPレコードに吹き込んだ(映画探偵団25)。 こちらも資料がないため想像するしかないのだが、もし昭和5年に制作されたならば、「筑波節」と同時期ということになる。では、どちらが先だったのか? 「筑波節」の動きに刺激され、「土浦音頭」が作られたのか? 先に「土浦音頭」が作られ、その後「筑波節」が企画されたのか? はっきりしているのは、筑波も土浦もこの唄を大切にしてこなかった事実だ。その証明として両方とも歌碑がない。雨情の場合、いくつも歌碑が残されている。雨情のふるさと磯原には、「磯原小唄」は三つ、「磯原節」は一つある。また、夜雨の歌碑も筑波山にはある。たかが歌碑と言ってしまえばそれまでだが、文化に対する民度を物語っているのではなかろうか。 今回のイベントでは、第1部は大川晴加さんらの「筑波節」録音をめぐる詩劇、第2部は筑波の唄を集めた小野田浩二さんのコンサート(中でも「筑波馬子唄」は幻の唄に近い)となっている。サイコドン ハ トコヤンサノセ。(脚本家)

産後ケア利用の男児が一時意識不明に つくば市 重大事故検証委設置へ

つくば市から委託を受けて、出産後の母子のケアなどを実施している「産後ケア施設」で昨年11月、施設を利用していた生後4カ月の男児が一時意識不明となり、救急車で病院に運ばれていたことが分かった。男児は現在、退院しているが、左手足にまひが残り、今後継続的に通院やリハビリが必要な状態という。 市は重大事故として、第三者による検証委員会を設置する方針を決め、7日開かれた市議会全員協議会に説明した。同市は2018年度から産後ケア事業を実施しているが、意識不明など重大事故が発生したのは初めて。 同市こども未来センターによると、男児は市内に住む。当時、母親と2人で施設を利用中、容体が急変し意識不明になった。施設が119番通報し、救急車で病院に運ばれ入院した。施設からは翌日、市に連絡があり、市は同日、県などに報告した。 男児が意識不明になった原因については不明という。当時、男児がどのような健康状態だったかや、意識不明になった経緯、施設で何をしていたかなど当時の状況について市は、公表できないとしている。 検証委の設置は、意識不明になった原因が不明であることから、昨年3月にこども家庭庁などから出された通知に基づいて設置する。検証委では、関係者へのヒヤリング、現地調査などを実施して事実関係を明らかにした上で、発生原因を分析し、必要な再発防止策を検討する。さらに事故発生の背景、対応方法、問題点、改善策などについて提言をまとめる。 市によると、検証委の委員として医師、弁護士、学識経験者、産後ケア事業者など5人以内を検討している。16日に開く市議会本会議で検証委の設置が可決されれば、すみやかに委員を選定し、年度内に第1回会合を開催したい意向だ。提言報告書をまとめるまでには1年ほどかかる見通しだという。 産後ケア事業は、出産後、育児に強い不安があったり、周囲に手伝ってくれる人がいないなど育児の支援が必要な、ゼロ歳児の母親などを対象に、相談に乗ったり、母子の健康状態をチェックしたり、食事や宿泊などを提供する事業。つくば市は現在、市内外の医療機関や助産院など19施設に委託して実施し、2024年度は261人の母親が子供と一緒に利用した。昨年11月に意識不明事故があったのは19施設のうちの一つという。(鈴木宏子)

霞ケ浦導水やTX延伸が話題に 土浦市で賀詞交歓会

土浦市の経済3団体(商工会議所、観光協会、商店街連合会)主催による恒例の新年賀詞交歓会が7日夜、同市内のホテルマロウド筑波で開かれた。地元の経営者など約250人が参加し、中川喜久治土浦商工会議所会頭や来賓の政治家のあいさつの後、食事をしながらの懇親を楽しんだ。あいさつでは、霞ケ浦導水石岡トンネルの開通やTX(つくばエクスプレス)の土浦延伸などが話題に上がった。 「泳げる霞ケ浦」が実現? 主催者を代表してあいさつした中川会頭は、霞ケ浦導水について「昨年暮れ、石岡トンネルまでつながった。2027年には土浦まで延び、那珂川の水を霞ケ浦に導く大プロジェクトが完成する。これにより霞ケ浦の水がきれいになる」と述べ、「単に那珂川の水を土浦岸まで入れるのではなく、その水を湖に噴水として落とすなど、地域を盛り上げることに使うのも面白い」と、持論の湖内大噴水構想をぶち上げた。 また、国会議員の最初にあいさつした国光あやの外務副大臣(比例)は「ここまで来るのに40年かかったが、導水路がやっと完成する。今春には石岡岸に那珂川からの水が入る。さらに土浦岸までつながると、湖の水はきれいになり、『泳げる霞ケ浦』の実現に近づく」と、霞ケ浦が観光資源になることに期待を表明した。 議会にTX特別委を設置 TXの土浦延伸については「将来の茨城県および首都圏の活性化や防災対策に大きく寄与する。私たちが長年にわたり要望してきたもので、早期に実現するよう、引き続き行政などと連携しながら活動を続ける」(中川会頭)、「TX土浦延伸という夢も、夢から目標に、そして現実へと動き出した。県の未来を切り開き、さらなる発展に向けて、引き続き実現を目指す」(安藤真理子土浦市長)といった発言があった。 また、乾杯の音頭をとった勝田達也土浦市議会議長は「議会にTX延伸特別委員会を設置する」と述べ、市議会としても延伸実現に向けて環境づくりを進めることを明らかにした。勝田議長によると、最初の特別委開催を1月下旬に予定しており、県の担当者から延伸工作の現状と展望を聴取する。 NHK「ばけばけ」を参考に! 来賓としてほかに地元衆院議員の青山大人氏、茨城区参院議員の上月良祐、加藤明良、堂込麻紀子、桜井祥子氏、地元県議の伊沢勝徳、八島功男、高橋直子氏が登壇した。 この中で八島県議は、NHK連続テレビ小説「ばけばけ」に触れ、「小泉八雲が奥さんのセツから聞いた怪談を本にするストーリーだが、八雲はセツにオバケの話をするよう求める。分からない言葉は何度も聞き直し、八雲が納得した話が物語として完結した。これと同じように、私たちは、いろいろな考え方、難しいことをしっかり言語化することが大事だ」と述べ、対話の重要性を強調した。(坂本栄)

さて、今年はどうしましょうか?《気軽にSOS》168

【コラム・浅井和幸】明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。皆さんは新年の抱負は決めたでしょうか? 私は特に考えるわけではないのですが、あえて作るのであれば、「心身ともに健康で楽しく生活する」でしょうか。 自分自身、何十年も世界で一番幸せ者だと感じて生きてきたわけですが、幸せであることが「不幸に接しない」ことであるとは考えていません。たくさんの不幸、たくさんの苦しみ、たくさんの悲しみ、たくさんの悩みに対応してきましたし、これからも対応していくでしょう。 自分から積極的に苦しみに突っ込んでいくわけではありませんが、相談や依頼という形で私に頼ってこられる方に一生懸命対応し、希望に沿いたいと考えています。 私は今年で54歳になります。これは磯野浪平さんと同年齢になったということです。浪平さんは、漫画サザエさんのお父さんですね。一昔前であれば、定年1年前のおじいちゃんでしょうか。ちなみに、バカボンのパパは41歳(初老)だそうです。 明日が希望の世界であるように 今の54歳は、定年近くのおじいちゃんではなく、あと15年先が定年になるかもしれない時代となりました。健康寿命が延び、昔に比べて若々しい、もしかしたら先輩方から幼い、と言われてしまいます。私は個人事業主であり、いくつかの法人の理事ですので、定年退職はなく、もっと先まで動き続けると思います。 健康寿命が延びた現代、自分で選択していける時間も余裕も増えています。健康も、知識も、お金も、ほんの少しの積み重ねが功を奏します。逆に言えば、長い年月をかけて、不健康に、無知に、貧乏になることも可能です。自分の選択権を他人や環境に渡して、全てが「させられている」と感じることは大きな不幸です。 そうではなく、自分で考えて行動する、自分自身で選択する、健康で文化的に楽しく生活する―こういった生活を目指す人のお手伝いができれば、私も幸せになると考えています。すべての人にとって「明日が希望となる世界」でありますように、と。(精神保健福祉士)