産業技術総合研究所(つくば市)物理計測標準研究部門の雨宮邦招研究グループ長(応用光計測研究グループ)が名付けた「至高の暗黒シート」は、これまで誰も見たことのない「黒さ」を実現する。特殊な黒色樹脂の表面に微細な凹凸を形成して光を閉じ込める構造をしており、可視光の99.98%以上を吸収する。従来の暗黒シートと比べて可視光の反射率が一桁低く、触っても壊れない耐久性を有する素材としては世界一の黒さを達成したという。
雨宮グループ長らが18日、記者発表し、従来品などと「黒さ」を見比べるデモンストレーションを行った。
「黒さ」の度合は光、特に可視光の吸収率によって決まる。暗黒シートは、ミクロなサイズの円錐孔型の黒体を並べた構造を、面上に敷き詰めている。この構造は、光閉じ込め構造になっていて、入射した光は、壁面で何度も吸収・反射を繰り返し、正味の反射率がゼロに近づいていく。
産総研は2019年に、紫外線~可視光~赤外線の全域で99.5%以上の光を吸収する「究極の暗黒シート」を開発した。カーボンブラック顔料を混錬したシリコーンゴムを素材に用い、量子科学技術研究開発機構(高崎市)のサイクロトロン加速器からのイオンビーム照射と化学エッチングによって光閉じ込め構造をつくった。
吸収率を99.5%から99.98%にまで高めたとは、光の反射率を0.5%から0.02%まで低減させたともいえる。正味の反射率が0.1%を大きく下回るには、光閉じ込め構造の勾配を急峻にし、エッジは鋭く、壁面はナノレベルで滑らかにする必要があった。従来の微細加工技術では作製が困難で、サイクロトロン加速器の高エネルギーイオンビームを用いた。以来素材探しと作製法の改良を繰り返したのが「究極」から「至高」に至る4年間だった。
これまで暗黒シートの反射率低減を制約してきた原因が、カーボンブラック顔料による散乱であると突き止めた。カーボンブラック粒子は光の散乱が生じやすくなるため、光閉じ込め構造から散乱光が一部逃げてしまう。そこで、低散乱な黒色基材の探索を行い、漆(うるし)塗りの代用にも用いられるカシューオイル樹脂に着目したという。
カシューオイル樹脂を構成するポリフェノール類は、漆の成分と類似しており、鉄と錯体を作ることでポリマー自体が顔料を加えなくても黒くなる。この黒色樹脂膜は散乱反射(くすみ)の量が極めて少ないことがわかった。「漆黒」は通常、鏡面に磨いた光沢のある黒を指すが、同時にくすみの少ない「深みのある黒」も意味すると言える(雨宮グループ長)という。
機能性ポリマーの精製カシューオイルは工業製品として市販されている。炭素素材に代えて使ったことで、もろく壊れやすい難点の克服にもつながった。取り扱いが容易になったことで利用範囲も広がりそうで、今後は作製方法の改良など実用化に向けた研究に踏み込んでいく構えだ。
低反射な黒色材料は、装飾、映像、太陽エネルギー利用、光センサーなど、光の応用分野で幅広く用いられている。特に、カメラや分光分析装置内部の乱反射防止、迷光除去などの用途では、理想的には完全に無反射の黒体材料が切望されている。(相澤冬樹)