金曜日, 3月 20, 2026
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泉秀樹研究① 泉秀樹とは誰なのか?《遊民通信》50

【コラム・田口哲郎】

前略

泉秀樹という人をご存知でしょうか? 数年前まで私も存じ上げなかったのです。泉氏を最初に知ったのは、J:COMの番組「泉秀樹の歴史を歩く」でした。メガネをかけ、ひげをたくわえた素敵な男性が、物静かなトーンで、歴史にゆかりのある場所を歩きながら、昔のロマンを語ります。

「歴史を歩く」シリーズはいくつかあるのですが、私が好きなのは、今月アーカイブ放送されている「江ノ電沿線史一駅一話」です。鎌倉と藤沢を結ぶ江ノ島電鉄の全駅にまつわる歴史秘話を、ひと駅ひと駅解説するというもの。ゆったりした番組の流れのなかで、江ノ電沿線の風景とともに泉氏の歴史解説が入ります。

視点がユニークなので、へえ!と納得することも多々あり、紹介された旧跡に行ってみたい気分にさせられます。歴史番組でもあり、旅番組でもあり、情報番組でもあるのです。

この泉秀樹という人は誰だろう?と興味がわき、グーグルで検索しました。ウィキペディアには、1943年生まれの作家・写真家とあります。「静岡県浜松市生まれ。慶應義塾大学文学部卒。新聞社勤務を経て、以後、作家・写真家として活動する。1973年、小説『剥製(はくせい)博物館』で第5回『新潮新人賞』受賞。歴史に関する著作が多い」

「泉秀樹の歴史を歩く」の ナビゲーター、慶應の文学部を出ているということで、なんとなく親近感がわきます。そして、小説も書いているのか、と人物に興味がわきました。

多彩な活動をする泉氏

検索していくと、2015年のプレジデント・オンラインの記事に行きつきました。「大事にすべきは学歴ではなく『職歴』です」というタイトルで、ご自分の半生について語っていらっしゃいます。

慶應を出てから、産経新聞の文芸部配属になり、遠藤周作を担当したこと。それが縁になって小説を書き始め、三田文学に投稿したりして、新潮新人賞を受賞したこと。その後、産経を退職して、フリーランスとなり、現在に至ること。遠藤周作、三田文学というワードが出たので、検索子を追加してみると、泉氏の多彩な活動歴が分かりました。

中でも目を引いたのは、「率直にきこう あなたはなぜ神など信ずるか」という1983年に女子パウロから出版された本です。この本を手に入れたら、共著者に加藤宗哉氏のお名前がありました。氏は遠藤周作の愛弟子で、三田文学の編集長も歴任されました。タイトルからして、何か刺激的なことが書いてありそうです。宗教がクローズアップされている昨今、得るものがあるに違いありません。

ひょんなことから知った泉秀樹氏について、何回かにわたって書いてみたいと思います。ごきげんよう。

草々(散歩好きの文明批評家)

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