火曜日, 2月 3, 2026
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気候変動再現の環境で栽培ロボット働く つくば・農研機構に人工気象室

作物を栽培する環境を再現できる人工気象室「栽培環境エミュレーター」に、ロボット計測装置を導入した「ロボティクス人工気象室」が農研機構(つくば市観音台)で運用を開始し、2日報道陣に公開された。スーパーコンピューター「紫峰」と連動した研究基盤として開発され、気候変動に伴う高温多湿などの環境において、収穫時期、収量、品質など作物の性能がどう変化するか、精密な推定を可能にする。

研究室内に野外の環境を人工的に模擬することを「エミュレート」という。作物の栽培環境を精密に再現できる「栽培環境エミュレーター」の開発は2019年度から始まり、農業情報研究センターの研究室に、内寸で幅172センチ×奥行き172センチ×高さ185センチのボックスが4基設置された。高機能タイプ2基、標準タイプ2基があり、温度は高機能では5度Cから35度C、標準では15度Cから32度Cの間で制御する。

湿度や二酸化炭素濃度のほか、LED光源により光量や紫外域を含む波長の調整もできるようになっている。風水害の再現はできないが、干ばつなど世界各国で顕著になっている気候変動の動態を、きめ細かなデータ制御によって再現する。

このエミュレーター内に置かれるのが、作物の大きさや色などの形質を連続で取得できる「ロボット計測装置」。水やりや液肥の循環装置などを備え、複数のカメラで作物を連続撮影する装置だ。2種の装置を組み合わせることで、人工気象室を開閉することなく、時間を追って取得された画像とセンシング情報を解析し、作物形質を連続的に計測できるという。

気候変動に伴う作物生産の不安定化に対して、作物の性能(収穫時期、収量、品質等)を明らかにする農業技術が求められている。これまで、これらの技術開発は野外での栽培試験を前提としていたが、主要な作物の多くは年に一度しか栽培試験ができない。様々な栽培環境に作物が反応し、形質を変化させる作物環境応答を明らかにするためには多くの場所と長い時間が必要だった。

栽培環境エミュレーターではイチゴや葉物野菜などのほか、コメやコムギ、ダイズなどの穀物の栽培も想定しているが、コメの場合だと1年に3回の作付け~収穫ができるといい、野外環境に比べ格段に早く、多くのデータを集めることができる。

スパコンとも連動する研究基盤

「ロボティクス人工気象室」は、農研機構のもつスーパーコンピューター「紫峰」とネットワーク接続している。高速ネットワークを介し、解析プラットフォームへリアルタイムで転送することにより、得られた作物環境応答データを利用した深層学習(AI解析)による形質解析ができる。イチゴ苗の連続撮影から、着果を見分け、その生育具合や大きさなどが日照時間とどう関連づけられるかなどを、AIが解析する。

さらに、「農研機構統合DB」に含まれる病害虫、気象、遺伝資源、ゲノム情報など、様々な農業データを用いた複合的な解析が可能となり、外部機関の施設等からもこれらの解析を遠隔で行える。民間企業、大学、公設試験研究機関、JA、産地等の外部機関からもこれらの解析を遠隔で行うことができるため、外部機関との共同研究のための基盤として利用できるということだ。(相澤冬樹)

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大岩剛監督が帰国報告 U23アジアカップで2連覇 サッカー男子

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掛け声は「福は外」 土浦 瀧泉寺で七福神らが豆まき

開山620年 本堂に場所移し 節分を前に、土浦市中心市街地にある瀧泉寺(りゅうせんじ、中央2丁目)で1日、節分会追儺式七福神豆まきが行われた。毎年2月3日に近くの中城不動院(中央1丁目)を会場に豆まきを行っているが、今年は開山620年祭として本堂境内へ場所を移した。掛け声は「福は外」で、これは「お寺には鬼はおらず、お寺の福を皆さんにお分けする」という意味だそうだ。 「当寺が620年間も時代を乗り越えて続いてこられたのは、支えてくださった檀家さんらいろんな方々のおかげ。お礼の意味で皆さんに福をお授けしようと、例年より内容もさらに盛大に開催した」と住職の齊藤純英さん。 午後3時から節分会追儺式の法要が行われた後、いよいよ年男らが本堂前の特設舞台に登場。安藤真理子市長や下村壽郎市議らによる七福神のほか、乙姫に扮した高橋直子県議と、市非公認キャラクターのキララちゃんも加えた九福神が、集まった善男善女に向けて福豆や紅白のもち、菓子、おひねりなどを投じた。 参加者の一人、阿見町から来た佐藤しをりさん(45)は「例年の不動院の豆まきもこじんまりとして楽しいが、ここでは広々とできてよかった」と感想。授かった福餅は来年受験を控える娘のために持ち帰り、家できなこ餅にして食べるそうだ。ほかにも伊東大翔ちゃん(5)は「いっぱい拾えて楽しかった」、梶原杏那さん(7)は「ちょっと怖かったけど楽しかった」などと話していた。 かつて土浦城の祈願寺 瀧泉寺は同寺は土浦市街部の中では最古級の寺の一つ。1406(応永13)年の開山で、大岩田法泉寺の興誉上人が開いた。法泉寺は当時、小田領4カ寺の一つとして隆盛を誇った。 最初に瀧泉寺があった場所は勝軍木(ぬるで)郭(旧鷹匠町、現中央2丁目)といい、亀城タクシーの裏手のあたりだったらしい。1605(慶長10)年あるいは1619(元和5)年に、土浦藩主により現在地(筑波銀行本店裏)へ移された。寺嶋誠斎「土浦史備考」は元和5年説で罹災が原因という。 1691(元禄4)年に時の藩主・土屋政直が同寺を土浦城の祈願寺と定め、以降は年2回、城内の守護繁栄と歴代城主の供養のため、住職が登城して護摩祈祷をするなど深く関わった。本尊は十一面観音菩薩坐像で市指定文化財、頭部は南北朝~室町初期の作とされる。本堂前にある樹高9メートルのクロガネモチも市指定名木に指定されている。(池田充雄)