物質・材料研究機構(NIMS、つくば市)発ベンチャー企業、Qception(キューセプション、本社 同市千現 つくば研究支援センター内、資本金100万円)が5月に設立された。同機構の研究者でもある今村岳さん(36)が代表を務める。「ニオイを測る文化をつくる」をビジョンに掲げ、臭いを測るセンサーの販売と、臭いを測るためのコンサルティング事業などを展開する。
将来は、人や動物の呼気や汗、尿など、生体材料から出る臭いを測定し、病気の診断や健康管理を行うことを目指している。初年度の売り上げ目標は5000万円。
同機構では、研究者でもあり同社の最高技術責任者を務める吉川元起さん(45)らが、臭いを測定する「膜型表面応力センサ(MSS)」を2011年に開発して以降、センサーの実用化に向けた様々な産学官連携の取り組みを約50以上の企業や機関と共に行ってきた。センサーのチップ(集積回路の基盤)はすでに別の会社が生産し、代理店販売を開始している。
いまだに存在せず
視覚、聴覚、味覚、触覚など人間の五感を測る測定器は、光、音、振動などを電気信号に変換して測るセンサーとして、さまざまな産業分野や身近な製品に使用されている。嗅覚についても40年以上にわたり研究されてきたが、いまだに実用的な製品は存在していないという。
理由の一つとして、臭いを構成する分子は約40万種類あり、それらが様々な濃度で存在するため、機械が人間のように臭いをかぎ分けることが困難だからだ。
これまでは、ガスが吸着したときの電気抵抗の変化を測定する酸化物半導体や、臭い分子の質量に対応した周波数の変化を測る水晶振動子を用いたセンサーなどが開発されてきたが、臭いに対する感度や、複数の臭いの識別、センサーの大きさ、消費電力、振動耐性などにおいて課題が残されていた。
MSSは、大きさが1円玉より小さく超小型で高感度、消費電力が少なく、複数の臭いを識別できるなどの面で優位性があるという。原理は、臭い分子がセンサーの感応膜に吸収されたときの微小な変化を電気信号に変換し、独自に開発した機械学習とデータ解析アルゴリズムで臭いを識別する。また、感応膜の種類は、ナノ粒子、ポリマー、金属膜などがあり、複数の感応膜を組み合わせることで、さまざまな臭いを識別することが可能だ。
これまでの研究実績としては、ラ・フランスの臭いを測定し食べごろを臭いだけで識別できたり、人の呼気によってがん患者と健康な人を識別できたりと、農業、医療・ヘルスケアをはじめとするさまざまな分野での活用が期待される。
生乳の臭いで乳牛の病気を識別
今村代表はこれまで実証実験として、医療・ヘルスケアに着目し、乳牛の日常的な健康管理の手間とコストを減らすことを目的に、生乳の臭い測定によるリスク評価を行った。その結果、特定の病気について発症を識別できる知見が得られた。MSSを搾乳機に取り付けることで自動でデータを収集できるため、他の情報とひも付けることも可能だ。
今後は、呼気や汗、体臭などを用いた人間の健康管理に注目し、将来的に臭いセンサーを搭載したスマートフォンやウェアラブルデバイス(装着する情報端末)で、日常の健康管理や病気の早期発見が期待される。
今村代表は「これまでさまざまな研究・産学連携の取り組みを行ってきたが、その一方で、MSSを最もよく知る私たちがMSSを世に送り出すことが必要だと考え、今回、Qceptionを設立した。臭いセンサーを活用した、これまで想像できなかったような新しい技術がつくる明るい未来にワクワクしている」と話す。
Qceptionにはすでに複数の企業から臭いセンサーについての相談や購入についての問い合わせがあるという。(内野隆志)