火曜日, 5月 17, 2022
ホーム コラム 「鎌倉殿の13人」の1人・八田知家と小田氏 《ひょうたんの眼》48

「鎌倉殿の13人」の1人・八田知家と小田氏 《ひょうたんの眼》48

【コラム・高橋恵一】土浦市立博物館の特別展「八田知家(はった・ともいえ)と名門常陸小田氏」は、知家や初期の小田氏に関する資料が少ない中で、幅広く情報収集を行い、展示資料もすべて翻刻版を用意するなど、展示の工夫がみられ、博物館の努力は称賛すべきものです。5月8日までの特別展も終盤になりましたので、前回コラム「常陸小田氏の土浦市展示に事実誤認あり」(4月20日掲載)で問題提起した私なりに、八田知家について、もう一度まとめておきたいと思います。

知家の父親は宇都宮座主(ざす)の八田宗綱(むねつな)で、領域南端の五行川と小貝川が合流する手前(筑西市)の「八田」に居館を置き、本拠地としていました。宗綱・友家親子は、保元(ほうげん)の乱で源義朝(みなもと・よしとも、源頼朝=よりとも=の父)に従軍し、知家は乱後も京で北面の武士を務め、小山政光の妻(寒河尼=さむかわのあま=知家の姉)は頼朝の乳母になっています。

宇都宮・八田(小田)一族と小山一族の結びつきは強く、1180年の頼朝の挙兵には、双方一族を挙げていち早く駆け付け、頼朝から信頼される御家人として、鎌倉時代を通して幕府を支えました。

頼朝は富士川の戦いに勝利すると、関東を抑えることを優先しました。当時、常陸国は平氏の知行国であり、大掾多気(だいじょうたけ)氏を本宗とする常陸平氏一族と那賀川以北を治める佐竹氏(源氏)は、頼朝追討の指示を受けており、反頼朝あるいは日和見の立場にありました。

頼朝は、常陸国の国府まで出向いて佐竹氏を降伏させ、鎌倉への帰途に「八田館」に立ち寄ります。吾妻鏡には「小栗重成(おぐり・しげなり)の小栗御厨(おぐりのみくりや)の八田の館」とありますが、御厨の荘官・小栗氏は自分の居館を持っているので、御厨エリアの中にある八田氏の舘を指していると考えます。源頼朝が立ち寄ったのは、より信頼できる八田氏の居館です。

頼朝は鎌倉に戻ると、八田氏領域の「茂木保」を知家に安堵(あんど)します。直前に佐竹氏から収公した領地を勲功者に配分していますが、隣接する八田・宇都宮領との境界の混乱を避ける意味があったのかもしれません。

筑後守、常陸介、紀伊守

1183年。常陸国信太(しだ)郡にいた頼朝の叔父・志田義広(しだ・よしひろ)の乱がおこり、小山一族が追い払い、八田知家も戦功を挙げます。志田義広の旧領のうち、知家は、信太荘,南野荘を与えられ、国府を挟んだ南郡の地は、下河辺氏に与えられます。知家は、南野荘西端に位置し、常陸国府と東山道や奥大道を結ぶ路線上にある小田に居館を構えて本拠とし、嫡子・朝重(ともしげ)から戦国時代末期まで「小田」を称します。

知家は平氏追討の後、常陸国守護職(しゅごしょく)となり、奥州攻めでは、東海道大将軍となり常陸の武士を率いて参戦しました。

鎌倉での知家は、大蔵御所(頼朝居館)の南御門前に屋敷を持ち、京からの要人接待にたびたび起用され、知家の京の所作に通じた見識は、頼朝に頼られたようです。頼朝が後白河法皇に会うため初上洛した際に、知家は遅参しましたが、頼朝は隊列構成などで相談したいと知家を待ち、全軍の鎌倉出発を数時間も遅らせ、知家の意見を取り入れてから出発したという話が吾妻鏡にあります。

常陸大掾本宗の多気義幹(たけ・よしもと)は、平氏追討や奥州征伐の後も、鎌倉政権へは距離を置いていたようでした。有名な曽我兄弟の仇討(あだうち)のとき、頼朝警護の動員がかかりますが、多気義幹はウソの動員と思い込んで参陣せず、謀反を疑われて没落しました。知家の陰謀とされていますが、仇討の日から逆算すると、策謀の日数はなく、義幹の失態と考えられます。

頼朝の死後、2代将軍・頼家を補佐する有力御家人を、尼将軍・政子(まさこ)が選びました。いわゆる「鎌倉殿の13人」で、八田知家はその1人です。また知家は、1203年ごろ「筑後守(ちくごのかみ)」に任官します。源氏嫡流以外の御家人が国守(こくしゅ)に任官するのは、北条時政の「駿河守」と並んで、一番早いのではないでしょうか。なお、嫡子・知重は「常陸介(ひたちのすけ)」、さらに「紀伊守(きいのかみ)」に任官しています。(地図と歴史好きの土浦人)

1コメント

誹謗中傷するコメントはNEWSつくば編集局が削除します。
1 Comment
フィードバック
すべてのコメントを見る

陽性確認者数(公表日ベース)の推移

つくば市

土浦市

スポンサー

注目の記事

最近のコメント

最新記事

不登校支援のあり方検討スタート つくば市 事業者選定の迷走受け

つくば市が昨年12月に実施した不登校児童生徒の学習支援施設運営事業者の選定をめぐって迷走した問題を受けて、今後の市の不登校支援のあり方について検討する「市不登校に関する児童生徒支援検討会議」の第1回会合が17日、市役所で開かれ、検討がスタートした。 市が、2020年10月から22年3月末までNPO法人リヴォルヴ学校教育研究所(同市二の宮、本山裕子理事長)と協働で実施した「むすびつくば」の事業について検証するほか、今後の市の全体的な支援方針を策定する。 検討会議のメンバーは、森田充・市教育長と市教育委員4人の計5人。不登校の保護者など当事者は入っていない。来年1月までに計14回程度の会合を開く。今年9月ごろ、新たな予算を必要とする施策を決め、来年1月ごろまでに全体的な支援方針をまとめる。 むすびつくばの検証については、利用者の小中学生と保護者にアンケートをとったり、運営者のリヴォルヴに自己評価を作成してもらうなどする。リヴォルヴによる運営は、来年3月までの1年間延長されただけであることから、23年度以降どうするかについても検討会議で協議する。 今後の市の支援方針については、先進自治体を調査したり、市内の民間フリースクールの利用状況を調査したり、市内の不登校児童生徒と保護者にアンケート調査などを実施した上で、フリースクールのあり方や支援策などについて検討する。 検討を始めるにあたって、現在の課題については▽専門職であるスクールカウンセラーやスクールソーシャルワーカーの人数が十分か注視する必要がある▽発達障害の早期発見や診断が遅れると個人の特性に応じた支援や対応が遅れる▽民間フリースクールは有料であるため公設の支援施設の利用者と負担に差が生じている▽不登校の児童生徒数が増えているのに対して公設支援施設の定員は2割程度しかない▽児童生徒数が増加している市南部に公設支援施設がない▽学校での別室登校による支援は専属の教員がいないーなどを挙げている。

望まれず産まれる猫の命をつなぐ 《晴狗雨dog》5

【コラム・鶴田真子美】子猫の季節がやってきました。動物保護団体には野良猫の産んだ子猫の相談が相次ぎます。先週も田植えをしていた近所の農家さんから、ダンボールに入った子猫があぜ道に捨てられていたと相談がありました。 まだ目も開いておらず、産まれてすぐに捨てられたであろう、幼い兄弟5匹。預かりボランティアさんが手分けして連れ帰り、必死の授乳中です。(その映像は以下に) https://www.youtube.com/watch?v=6rDM115ilJg&authuser=0 離乳前の幼い犬猫を自宅に預かり、ミルクを与えて育てるボランティアさんは「ミルクボランティア」と呼ばれます。この方々の存在なくしては、乳飲み子は救えません。 離乳するのは生後2カ月弱。授乳と授乳の間の時間は、成長するにつれて徐々に延びていきます。4時間から6時間おきに。犬や猫がだんだん体重を増やし、よちよち歩くようになり、兄妹で戯れて遊ぶようになるのを見るのは喜びです。

バス停見落とし、3人乗車できず つくバス

つくば市は16日、市のコミュニティーバス「つくバス」南部シャトル上り41便(茎崎窓口センター発つくばセンター行き)が、同日午後5時28分ごろ、同市高野台の国道408号を走行中、高野台停留所に停車せず通過し、バス停に待っていた乗客3人が乗れなかったと発表した。 つくバスは市が関東鉄道(本社・土浦市)に委託して運行している。市総合交通政策課によると、高野台停留所には同社の路線バスとつくバスの停留所が併設されている。つくバスが高野台停留所に近づいたところ、すでに路線バスが停車していたことから、つくバス運転手は、41便の停留所ではないと思い込み、通過したという。 高野台停留所には、乗客3人がつくバスを待っていた。41便が通過したことから、先に停車していた路線バスの運転手が、関東鉄道の営業所に連絡した。 連絡を受けた関東鉄道は、高野台停留所に送迎車を手配し、待っていた乗客1人を目的地まで送迎した。一方、2人はすでに移動していて送迎車到着時にはバス停にいなかったという。 市は関東鉄道に対し、安全運行の徹底と再発防止を指示したとしている。

廃校の旧筑波小に魔界の商店街出現 28日「魔女のフェスタ」

つくば市国松の旧筑波小学校で28日、「魔女のフェスタ」が開かれる。2018年閉校した学校の3階建て校舎と校庭を会場に、マルシェ形式で飲食や雑貨の店、整体や占星術などを行う100店以上が集結する。昨年の春・秋に続き3回めの開催で、コロナ禍にあって、回を重ねるごとに規模を拡大してきた。 主催はフェスタ実行委員会(いしざき緑子代表)、学校近くの国松地区の古民家に移住して、アロマテラピーの教室「魔女の学校」を開設したいしざきさん(2021年2月17日付)を中心に、同市内外の賛同者が集って、廃校リノベーション企画を進めてきた。 小魔女商店街など100店超 今回は4歳から70代の参加者による100店超の店舗が軒を並べるという。校庭に飲食店のキッチンカーやテントが並び、3階建ての校舎全体にアクセサリーやフラワーアレンジなど手づくり品、占いや癒し療法の店、ワークショップが展開する。3階の旧音楽室では再調律したグランドピアノを中心に据え、14グループによるライブイベントも行われる。 最年少の4歳児は「小魔女商店街」と銘打ったブースに参加する。昨年出店した参加者の子供たちが、見よう見真似で「お店屋さんごっこ」に興じ、「楽しかった」との感想が聞かれたのがきっかけ。実行委員会が「魔女見習い」向けのブースを設け、出店料無料で呼び掛けたところ、高校生以下約20人が集まったという。商店街では魔女と魔法使いの見習いたちの描いた絵や折り紙、自作のゲームなどを1点10円で販売し、フェスタでの買い物に使ってもらおうという趣向だ。 いしざきさんは「出店者は年齢的な広がりばかりか、国籍も違ったりハンディキャップもあったり様ざま。お店の構成も含め、多様性こそが健全な社会のありようだと思っていて、さらに多くの人に機会と場所を設けたい」と開催の意図を語る。