金曜日, 1月 16, 2026
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ウクライナ侵攻と核のリスク 《雑記録》34

【コラム・瀧田薫】4月1日現在、ロシア軍のウクライナ侵攻が始まって約1カ月が経過した。戦況は大方の予想を覆し、混迷の度を増している。電撃戦によってキ-ウを陥落させ、傀儡(かいらい)政権がウクライナを支配する当初のシナリオは頓挫(とんざ)したが、戦争の主導権はまだプーチン大統領の手中にある。

ただ、長期かつ大規模な作戦にロシアの財政が耐えられないのは事実だし、西側からの経済制裁は時間とともに厳しさを増す。ロシア国内の厭戦(えんせん)気分が高まれば、ロシア政府の政治的基盤が揺らぐ事態もあり得る。

プーチン大統領としては態勢の立直しを急ぐことになるが、予想される展開は、大きく分けて3つある。第1は暫定合意による停戦、第2は望んでのことではないが戦局の膠着(こうちゃく)化、第3は戦術核の使用による戦争の終結である。

停戦については、その成否を分ける2つの条件がある。「ウクライナの中立化」と「クリミア半島と東部2州の主権問題」である。まずウクライナがNATO加盟を断念し中立を宣言する。そのかわり、戦争当事国と周辺国(米、英、仏、独、中国、その他)が協議してウクライナの安全を保障する多国間条約を結ぶ構想だ。

これの難点は、それぞれの国の思惑が錯綜(さくそう)して一本化が難しいことだ。次にクリミア半島の主権をロシアに帰属させ、東部2州をウクライナから独立させる条件だが、ウクライナ側は当然拒否する。しかし、市民の犠牲を放置できず、問題を棚上げし、停戦の発効後に戦争当事国、周辺国そして国連が参加する交渉テーブルを設定する構想だ。プーチン大統領がこれにどう反応するかは予断を許さない。

停戦合意が不調に終わった場合、戦局は膠着化する可能性が高い。クリミア半島とウクライナ東部の2つの州をロシア側が実効支配し、ウクライナは朝鮮半島のような分断状態に陥る。この膠着が何年続くかわからず、常に戦争の火種は残るわけで、世界経済に長期にわたる悪影響を及ぼすことになるだろう。

「戦術核は使える核」と公言

最後の、そして最悪の展開は「戦術核の使用」である。これをプーチン大統領が本気で考えていると見る専門家は少なくない。彼は以前から「戦術核は使える核」であると公言し、戦術核の先制使用も辞さない構えを見せてきた。これは明らかに「核の相互抑止」システムからの離脱であり、これに他の核保有国が追随すれば、核戦争に歯止めがきかなくなる。

今後、ロシアのウクライナ侵攻が日本の安全保障戦略に影響することは間違いない。事実、一部の政治家から「核武装」推進の声が上がっている。しかし、「核による抑止という考え方」自体が破綻しつつある、それこそが現実だ。これを直視し、「核の先制攻撃は絶対にしない」と宣言する国を1国でも増やす努力、それこそが日本の役割である。

もちろん、日米同盟、国連その他の外環境を踏まえた上で、必要な通常戦力のあり方を同時に考える。そうしたバランスが必要だ。一時の熱狂で物事を進めれば、国をあやまり、世界を滅ぼす。(茨城キリスト教大学名誉教授)

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