日曜日, 2月 22, 2026
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10年経っても変わらない東電の体質 《邑から日本を見る》96

【コラム・先崎千尋】学友・北村俊郎さんが今月初めに『原子力村中枢部での体験から10年の葛藤で掴(つか)んだ事故原因』(かもがわ出版)という長いタイトルの本を出した。

彼は1967年に大学を卒業し、現在再稼働が焦点になっている東海第二発電所を持つ日本原子力発電に入社。本社の他、東海発電所、敦賀発電所などの現場勤務を経験、主に労働安全、教育訓練、地域対応などに携わってきた。20年前から東京電力福島原発近くの富岡町に住み、福島第一原発の事故で帰還困難区域に指定されたため、現在も福島県内で避難生活を続けている。

原子力村の中枢にいたと言うのだから、立ち位置は私と真逆だ。しかし本書は、反原発の安斎育郎氏の推薦文にあるように「当事者だからこそ見える原発業界の危うい風景。福島の事故はなぜ防げなかったのか。その内幕を縦横に語る、気骨のある『内からの警告書』といえる。著者が日本原電にいて見たのは、政産官学や地方自治体、地元住民を巻き込んだ巨大な運命共同体が閉鎖的になっていく姿だった。

本書は、「福島原発事故は日本の原子力発電の帰結」「巨大組織は何故事故を起こしたのか」など6章から成る。著者は第1章の冒頭で「福島第一原発事故の背景には長い間に積もり積もった問題が多々存在していたのではないか。事故前に規制当局や原子力業界に定着していた考え方、慣習は事故につながる問題点が多く見られる。最近の柏崎刈羽原発再稼働に関する一連の不祥事も、体質、企業風土の問題がいまだに改善されていない」と指摘し、「東京電力は事故後10年経っても変わらない」と糾弾している。

子どもでもわかる汚染水処理の愚

第4章「処分出来ない汚染水と廃棄物」では、汚染水の処理問題を書いている。2015年に福島県漁連に「関係者の理解なしにはいかなる処分も行わない」と文書で確約しているにも関わらず、国と東電は一方的に海洋放出の方針を決めた。こうした動きに対し、「いくら困ったからといって、約束を破れば誰も東電の言うことを信用しなくなる。何故、こんな悪手を使うのか」とあきれ、「小出しにしてなるべく反発を抑え、後で修正するいつものやり方。こんな姑息(こそく)なやり方は不誠実であり、金の無駄遣い」と厳しく指摘する。

国と東電の方針では、年間の海洋放出は3万トン。しかし汚染水は現在でも年間に5万トン増え続けている。足し算、引き算すればどうなるかは小学生でもわかる。こうしたやり方が汚染水問題の解決にならないことをどうしてやるのか、私にはわからない。

最終章「原発の根本的問題は克服できるのか」では廃棄物の処分先未定、テロの不安増大など7項目を挙げているが、おそらくそのどれもが克服できないと著者は見る。問題の先送りで10年経った。ふるさとを追われた人々は今でも数万人いる。現時点では、菅首相の後に誰がなるかわからないが、誰が首相になっても、東電とその後ろにいる経産省の体質は変わらないのではないか、と私には思える。

本書は四六判239ページ。1800円+税。かもがわ出版に電話(075-672-0034)すれば送料無料。著者は事故後、『原発推進者の無念』(平凡社新書)も出している。(元瓜連町長)

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