火曜日, 4月 7, 2026
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《ひょうたんの眼》34 JOC森前会長の罪深い発言

【コラム・高橋恵一】JOCの前会長が不適切発言で引責辞任し、次期会長に女性が就いた。元々、首相時代から「失言」の目立つ森前会長だったのだが、今回は、重要ポストを追われ、どうやら院政を敷くのも困難な立場に立たされたようだ。

森前会長は、JOCの女性理事の割合を現在の20%から40%にしようとする目標に関して、評議員会の席で「女性の多い会議は、発言者が多くなり、時間がかかるので困る」という趣旨の発言をした。この発言に対して女性蔑視(べっし)、差別だとする批判が高まり、さらに、発言撤回と反省の記者会見で逆ギレし、当初は、政権や関係者の前会長擁護の動きもあったが、IOC会長の裏切り非難声明により、しぶしぶ辞任することになった。IOCも大スポンサーからの指摘で、変節しただけのようだが…。

この発言と「本音」について、国内でも様々な議論が起こったが、日本の男女格差、ジェンダーフリーのレベルが国際的にも最低位置にあることが、世界に広まってしまった。後任のJOC会長の選び方も、透明性確保が求められたが、今までの組織の流れを引き継ぎながら、世間体を繕うために、女性でオリパラ担当大臣の橋本聖子さんが就任した。これで、右往左往した世間も落ち着き、IOCも安心した。

しかし、日本のジェンダーフリー、民主主義のあり方については、何も進展しなかった。会議の発言者多いと、なぜ困るのか? 男性が場を「わきまえている」ということは、異論をはさむ者(男性)を、初めからメンバーに入れていないということだ。そういえば、首相の記者会見、国会での答弁拒否、政策決定の有識者会議等々、初めから結論ありきで、もともと議論を交わす考えがないということだ。

国会だけではあるまい。多くの、株主総会、諸団体の総会から、多くの地域社会の決め事まで、多様な意見を交わして高め合う機会が少なく、結果として、組織の高度化、成長を妨げている。

民主主義に基づく学者とメディアに期待

古来、日本では、権力者と異なる意見を主張することは、困難を伴った。殿様の言動を変えさせるために切腹、諌死(かんし)した逸話も少なくない。自分と異なる意見を聴くのが大嫌いな上司は数多くいる。それが、自分自身の利害や先入観に基づく場合は、強固である。その上司が国家のリーダーである場合、その拒否が、聞き入れない政策が、国民の生命や生活に重篤な影響を及ぼすことになろう。

先の悲惨な戦争が人権と民主主義の否定に端を発していたことは明らかであろう。現在の気候変動や感染症対策、格差拡大を増幅している経済対策も、日本学術会議への態度に見られるように、政権の科学的思考の薄弱さに裏打ちされている。

社会経済が疲弊して、一部の層だけが富と権力を占有し、庶民の不満が限界に近づくとき、巧妙にファッショ化が進行する。歴史の教訓である。本来、忖度(そんたく)などに陥らない、真に使命感を持った官僚が必要なのだが、国民を誤った方向から救えるのは、人権と民主主義に基づく学者とメディアであろう。(地図好きの土浦人)

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「芥川龍之介記念館」来年夏に開館《ふるほんや見聞記》15

【コラム・岡田富朗】芥川⿓之介は、東京帝国⼤学(現・東京⼤学)学⽣であった1914(⼤正3)年から亡くなる1927(昭和2)年まで、北区⽥端に暮らしました。その芥川の居住跡地に、「芥川龍之介記念館」(仮称)が、没後100年を迎える2027(令和9)年夏に開館する予定です。命日である7月24日は「河童忌」と呼ばれ、毎年芥川龍之介をしのぶ催しが行われています。 ⽥端には、明治から昭和期にかけて、1キロ四方の狭い地域に累計100人以上もの芸術家や文筆家らが暮らしていました。1889(明治22)年に東京美術学校(現・東京藝術⼤学)が上野に開校すると、上野への便がよい⽥端には、芸術を志す若者たちが住むようになりました。 そして1914(⼤正3)年に芥川⿓之介が転⼊し、その後、室⽣犀星、菊池寛、堀⾠雄、萩原朔太郎、⼟屋⽂明らも転⼊し、芸術家のみならず、多くの⽂⼠も住む地域となっていきました。 陶芸家の板谷波山も、1903(明治36)年から、当時、人家少なく故郷の筑波山を望むことのできる場所ということで、田端に居を構えていました。1945(昭和20)年、戦災により住居兼工房が全焼し、郷里に疎開しましたが、戦後再び戻り、終生田端で暮らしました。 芥川⿓之介の没後、⽥端の家にはご遺族が居住していましたが、1945年の空襲により焼失し、ご遺族は転居しました。その後、集合住宅1棟と個人住宅2棟が建ちましたが、2017(平成29)年、そのうち1棟が売却されることとなり、翌18年に北区はその⼟地を購⼊し、国内初となる「芥川⿓之介記念館」(仮称)を建設することを表明しました。これまで芥川⿓之介を単独で顕彰する記念館・⽂学館は設置されてきませんでした。 大正期の暮らしを体感できる場所 芥川龍之介が居住し、多くの作品を生み出したこの地において、記念館は大正期の暮らしや創作環境を体感できる場所となります。邸宅2階にあった書斎は、創作の場として再現され、芥川が実際に使用していた文机やインク入れ、ペンなども複製して配置されます。来場者は再現された書斎に実際に入ることができ、これらの複製品に触れることもできます。 また建物や内装、庭園に至るまで、当時の姿を参考にしながら空間の雰囲気を大切にし、庭の木々や石の配置についても、写真資料などを手掛かりに芥川が見ていた風景の面影を感じることができるよう、整備をする予定です。館内には展示スペースのほか、ミュージアムショップの設置も予定されています。 北区地域振興部文化施策推進課の飯塚さんは「今では、田端に住む人の中でも芥川龍之介が実際に田端に住んでいたことを知らない方が増えています。北区民、文学ファンの中でも「芥川といえば⽥端」ということを知らない人たちに、是非足を運んでいただき、芥川が数多の名作を生み出した書斎などを「体感(feel)」して、楽しんでもらいたい」と話してくれました。 芥川⿓之介の作品は40を越える国・地域でも翻訳され、現在も世界中で高く評価されています。開館に向けてクラウドファンディング(CF)も行われており、海外からの支援も寄せられているそうです。今後のCFは今年の夏ごろを予定しているそうです。(ブックセンター・キャンパス店主)

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切り捨て《短いおはなし》

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