【鴨志田隆之】古い書籍をもう1点、取り上げる。「つくば建築フォトファイル」から、さらに10年をさかのぼる90年代半ばに、当時の住宅・都市整備公団つくば開発局と日本都市計画学会がまとめた「文化は都市を刺激する(上・下)」(1996年、プロセスアーキテクチュア刊)だ。
当時、つくば市は成熟途上にあり、つくばエクスプレス(TX)も常磐新線の名称で路線着工したばかり。その沿線都市開発が今後のつくばを左右するとまで言われ、牛久市や土浦市も巻き込んでの業務核都市整備が取り沙汰されていた。
つくば市域の開発はいわゆる一体化法に基づく土地区画整理事業で、茨城県と住宅都市整備公団(2004年からUR都市機構)が事業主体となった。この頃公団つくば開発局で指揮を執っていた三宮満雄さんは「優れたハード(都市)を作っても誰にも気づかれなければただの器。これが売れなかったら失敗作」とTX沿線開発やJRひたち野うしく駅周辺開発について冗談めかして話していた。ならばどうすればいいのかと尋ねたところ「お祭り(イベント)を絶えず仕掛けて、気になってしようがないくらい耳目を集めるんだよ」と答えてくれた。
そうして仕掛けられたのが、「文化は都市を刺激する」と題された連続シンポジウムだった。95年10月から5カ月の内に、10回の基調講演とパネルディスカッションが繰り広げられた。本書はその完全収録ものだが、上巻は95年11月に出版されている。
都市活動がもたらす文化。そこにテーマを置くことから、講演者もパネラーも多様な人材が招かれた。見城美枝子(エッセイスト)、阿久悠(作詞家、故人)、浅井慎平(写真家)、養老孟司(解剖学者)、江崎玲於奈(物理学者)など、総勢28人が登壇した。
シンポジウムは、実はつくばの外にいる人々にアピールしようとしながら、そのような外来者が持ち込む「街の外からの刺激」を地域の人々に仕向けていた節がある。ただ、これをどれだけ咀嚼(そしゃく)し、外圧と戦い、つくばならではの文化を育てていくのかという、先の読めない印象も得た。
郊外と都市、ルーラル・アーバンという2つの外来語をミックスした、ラーバンという造語を、当時の公団は好んで利用した。千葉県・北総台地の千葉ニュータウンがその事例だが、筑波研究学園都市は、よりそのイメージを濃厚に持つ。いかに都内が便利でも、それに勝る魅力が郊外の、農村と都市の風景風土にはある、と。田園都市つくばの方向性が示唆されたようにも見えた。
その後の四半世紀で、今のつくばがある。市域全体でみれば地域格差が残り、都心地区では空洞化が進む。一方でつくばエクスプレス沿線は定住人口が伸びているものの、どこのニュータウンにもありそうな風景となってきた。
都市化という外からの刺激に長年さらされながら、農村はふところの深さを見せてなおもしっかりと残っている。今や近場に田園と自然が広がる風景こそ、筑波研究学園都市の魅力といえるかもしれない。(続く、全5回シリーズ、不定期掲載)