木曜日, 11月 5, 2026
ホーム土浦《霞月楼コレクション》7 中村不折 洋画・書・挿絵・収集などに多大な業績

《霞月楼コレクション》7 中村不折 洋画・書・挿絵・収集などに多大な業績

「これぞ不折流」

【池田充雄】霞月楼に「霞月」の書を残した中村不折(なかむら・ふせつ)を紹介する。落款には大正丁巳(1917年)二月との年紀があるが、残念ながら由緒などは伝わっていない。

額「霞月」1917年 霞月楼所蔵

「霞月」の書について、不折コレクションを収蔵する台東区立書道博物館主任研究員の中村信宏さんは「これぞ不折流という、特徴がよく出た作品」と述べ、「書の本場である中国には、ただ美しく書けばいいというものではなく、大事なのは気迫であり、それがあれば自然とまとまりが出るものだという理念がある。不折の字は決して美しくはないが、一度見たら忘れられない風格を備えている」と解説している。

不折が霞月楼を知ったのは、1907(明治40)年に東京朝日新聞の仕事で筑波山を訪れた際だろうか。あるいは小川芋銭の線もあり得る。本多錦吉郎の死後、芋銭ら門下生が建てた顕彰碑には不折が銘を書き、書道博物館には合作の「猫の図」が残るなど、2人の交遊を示す証拠もある。1907年や1917年ではなさそうだが、何かの機会に霞月楼で酒を酌み交わしていないとも限らない。

新聞の挿絵画家として頭角現す

中村不折 1937年、72歳 台東区立書道博物館所蔵

不折は1866(慶応2)年、江戸京橋東湊町(現東京都中央区新川)で生まれた。本名鈼太郎。一家は1870(明治3)年、維新の混乱を避けて高遠(現長野県伊那市)へ帰郷。不折は呉服店や菓子店で働きながら漢籍・南画・書を学び、1884(明治17)年からは西高遠学校の代用教員などを務める。

1887(明治20)年上京し、小山正太郎の「不同舎」に入塾、明治美術会の展覧会で作品発表を重ねる。同会は小山や浅井忠、松岡寿、本多錦吉郎らが1889(明治22)年に創立した日本初の洋画団体で、二世五姓田芳柳も創立会員の一人だった。

生計のため教科書や新聞の挿絵などを描き、1895(明治28)年には日本新聞社の記者として日清戦争に従軍。中国各地や朝鮮半島を巡り、「龍門二十品」や「淳化閣帖」の拓本など書の古典とされる貴重な資料を持ち帰った。

日本新聞社では正岡子規と出会い、その縁で小説家らとも親交を深め、島崎藤村の「若菜集」や伊藤左千夫の「野菊の墓」、あるいは雑誌「新小説」「ホトトギス」「馬酔木」などの装丁・挿絵も数多く手掛けた。夏目漱石は「吾輩は猫である」が発売後わずか20日で初版売り切れとなり、「不折の描いた軽妙な挿絵のおかげ」と感謝する手紙を送っている。

夏目漱石『吾輩ハ猫デアル』上巻(挿画・中村不折、装丁・橋口五葉)1905年、大蔵書店・服部書店 台東区立書道博物館所蔵

渡仏を経て洋画家として大成

1901(明治34)年にはフランスへ自費留学し、ジャン=ポール・ローランスから人物画を徹底して学ぶほか、彫刻家オーギュスト・ロダンのアトリエなども訪問し、イタリアやイギリスにも足を伸ばした。また、不同舎の後輩で同じ長野県人の荻原碌山がパリに来ると親しく世話をした。

1905(明治38)年に帰国し、明治美術会の後身である太平洋画会に所属。東洋の歴史画を目指し、日本や中国の故事を題材にした作品を相次いで発表した。代表作の「建国剏業」では日本の建国神話を、西洋流の立体的な画面構成と、緻密かつ力強い人体表現で描き、1907(明治40)年の東京勧業博覧会で一等金牌を受賞している。

同年から始まった文展では審査委員の一人に任命され、1919(大正8)年に帝国美術院が創設されると初代会員13人中に名を連ねた。また太平洋画会研究所では人体デッサンや解剖学を指導し、2000人以上の生徒を世に送り出した。1929(昭和4)年には太平洋美術学校への改組に伴い、初代校長に就任している。

書家・不折、衝撃のデビュー飾る

洋画と並行して書の研究にも精進し、特に中国南北朝時代の北派の書を基底に、「不折流」と呼ばれる大胆で斬新な書風を展開した。その代表作が1908(明治41)年に発表した「龍眠帖」で、当時の書道界に驚きをもって迎えられ、河東碧梧桐や森鴎外ら熱心な支持者も多かった。

「龍眠帖」1908年、木版印刷折本 台東区立書道博物館所蔵

不折の書は「日本盛」「神州一味噌」「筆匠平安堂」など多くの商品名や商標にも用いられた。特に「新宿中村屋」の看板文字はよく知られている。不折と中村屋の縁は荻原碌山が結んだようだ。碌山は中村屋創業者の相馬愛蔵・黒光夫妻と郷里の穂高村の頃から親しく、帰国後は中村屋の裏にアトリエを構え、彼を慕って若い芸術家たちが集まるようになった。

中村屋サロンの中心人物の一人に中村彝がいる。彼も太平洋画会研究所では不折の教え子だった。碌山は1910(明治43)年に30歳で早世、彝も1924(大正13)年に37歳で世を去り、不折は悲嘆の中で彼らの墓碑銘を書いた。ほかに伊藤左千夫や森鴎外の墓も彼の手による。

収集の精華を見せる書道博物館

中国巡遊から始まった不折の書道研究は生涯に及んだ。40余年にわたり日中の書道史上重要な資料を集め続け、1936(昭和11)年には書道博物館を開館。収蔵品は重要文化財12点、重要美術品5点を含む約1万6000点に及んだ。これらは自身の書や日本画の潤筆料を原資とし、全くの独力で成し遂げられた。

不折は1943(昭和18)年に78歳で他界するが、博物館は1945(昭和20)年の東京大空襲を鉄筋コンクリートの躯体で耐え、戦後も遺族の手で守り抜かれた。1995(平成7)年に台東区へ寄贈されると、中村不折記念館を併設し、2000(平成12)年に台東区立書道博物館として再開館した。

●取材協力・参考資料 台東区立書道博物館▽中村不折自伝「僕の歩いた道」(2016年、台東区立書道博物館)▽「中村不折のすべて」(2020年、台東区立書道博物館)▽新宿中村屋ウェブサイト

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