木曜日, 2月 5, 2026
ホーム土浦《霞月楼コレクション》6 門井掬水 日本の情緒や風雅を体現する美人画

《霞月楼コレクション》6 門井掬水 日本の情緒や風雅を体現する美人画

芝居の一場面を描いたような屏風

【池田充雄】霞月楼にある門井掬水(かどい・きくすい)の屏風(びょうぶ)は謎の多い作品だ。右扇では若侍が花吹雪の中を歩み、左扇には女性が宴を楽しんでいるが、図柄は続いていない。また、本来は1隻に1つだけの落款が、左右2カ所に入っている。これらの点から、別々の屏風から人物だけを継ぎ合わせ、仕立て直したかと推察される。当初の形では、花見の場の出会いの景を描いていたのかもしれない。

題・制作年不詳 二曲一隻屏風 185×200cm 霞月楼所蔵

名実とも揺るがぬ清方の一番弟子

門井掬水は1886(明治19)年、鹿島郡札村(現鉾田市札)に生まれた。本名英。戸籍上の父は門井源左衛門だが実際は祖父にあたる。生家は「銭屋」の屋号で両替商や河岸問屋を営み、源左衛門は1889(明治22)年の町村制施行の際に白鳥村の初代村長も務めた。

門井掬水(大洋村史より転載)

幼くして実父母と共に上京し、1897(明治30)年頃、湯島天神前の切通坂に住む鏑木清方に入門。当時掬水は11歳で湯島小学校に在学中、清方は19歳だがすでに挿絵画家として父の経営する「やまと新聞」ほか数紙で活躍していた。後に「築地明石町」などの美人画で名を馳せる清方の、最初の弟子が掬水であった。

1900(明治33)年の連合絵画共進会に「燈下読書」で初入選し、1911(明治44)年の第11回巽画会展に「むろの花」で一等褒状。ほかに清方が挿絵画家仲間と結成した烏合会展や、清方の塾展である郷土会展などにも精力的に作品を発表した。

掬水は1906年(明治39)から数年間、日本橋浜町に転居した清方の玄関番を務めるが、この頃から清方の下には川瀬巴水、伊東深水、山川秀峰ら多くの門弟が集まるようになった。1915(大正4)年には「それぞれ巣立ちしたのちまでもふる里を忘れまい」との思いから郷土会が結成され、掬水が中心となって会の運営にも力を尽くした。

美人画のほかに新傾向の作品群も

帝展では1921(大正10)年の第3回展に「芽生」で初入選、以後第7回展の「黒胡蝶」、第9回展の「傀儡子」、第10回展の「七夕」と、いずれも師譲りの清麗な美人画で入選を重ねた。茨展では1923(大正12)年の第1回から出品し、第3回から無鑑査となった。

「黒胡蝶」1926年頃 絹本彩色 同名の帝展出品作とは姉妹作にあたる 坂東郷土館ミューズ(坂東市立資料館)所蔵

掬水の本道は伝統的な美人画だが、それ以外に、各地の情景や風俗などに材を得た作品も発表していた。特に異彩を放つのが伊豆諸島のシリーズだ。1937(昭和12)年に郷土会一行は大島へ写生旅行に出掛けた。1928(昭和3)年に野口雨情作詞の「波浮の港」が流行するなど、当時は大島ブームが到来していた。

旅行から戻った掬水は、同年の茨展で「島の娘」、郷土会の島巡遊絵画展で「椿の島」を発表。さらに勢いは続き、1940(昭和15)年の紀元二千六百年奉祝美術展に「夕浜」で、その翌年の第4回新文展に「神津島の女」で入選。島特有のあんこ姿の女性像には南方のユートピア的な雰囲気も漂う。

「夕浜」1940年 絹本彩色額装 185×226cm 紀元2600年奉祝美術展 茨城県近代美術館所蔵

続いて第5回新文展では「和具の海女」、第6回新文展では「船越の盂蘭盆」で入選を果たすが、これらは題からして三重県伊勢志摩地方の民俗文化を描いたものと思われる。

目黒雅叙園に今も残る掬水作品

1931(昭和6)年に目黒行人坂に創業した目黒雅叙園(現ホテル雅叙園東京)は、当時の一流画家らによる天井画、壁画、襖絵などが全室を埋め尽くし、その絢爛豪華たるさまは「昭和の竜宮城」と称された。また、昭和初期の帝展や文展などに出品された日本画作品を数多く買い集め、これらも館内の随所を飾った。

雅叙園の建設は1943(昭和18)年までの長期に及んだ。掬水も清方の指名により、1937年ごろ盛んに同園の依頼を受けて制作にあたっている。ほかに、展覧会に出品した中から買い上げられた作品も多かった。

当時の建物は後に老朽化が進み、1991(平成3)年の目黒川の拡張に伴う全面改装の際、ほとんどが取り壊された。旧館を彩った天井画や壁画などは、新館に移築復元した以外は額装保存され、収集品と共に目黒雅叙園美術館へ移された。だが2002(平成14)年の経営破綻で美術館は閉鎖され、作品群は散逸し、今では所在が不明になったものも多い。

旧館のうち1935(昭和10)年に建設された3号館だけは、「百段階段」の名で2009(平成21)年に東京都の有形文化財に指定され、「清方の間」「十畝の間」など7部屋が当時の姿のまま残された。また、ホテル雅叙園東京内の料亭・渡風亭には「掬水」の名を冠した一室があり、天井に彼の手による扇面型の美人画を見ることができる。

出展から退き一筆を楽しむ日々

掬水は1945(昭和20)年、空襲により牛込払方町の自宅を焼失し、静岡県の御殿場へ疎開した。1952(昭和27)年に葛飾区亀有五丁目に移ると、1976(昭和51)年に89歳で亡くなるまで、ここを終生の住まいとした。

戦後の活動は、1953(昭和28)の第9回日展に「朝涼」で入選、1957(昭和32)年に永田春水や浦田正夫らと茨城日展会を結成するが、その後は出品から遠ざかり、県展や県芸術祭の委嘱に応じる程度になった。当時の様子を清方は「昔の画人がそうであったように一筆を楽しむかに見える」と評している。

一方で私的な依頼には快く応じており、特に深川木場の木材問屋「長谷萬」の創業者・長谷川萬治とは懇意になり、しばしば制作依頼を受けたという。また亀有五丁目に近い長門町(現足立区中川)の旧家の人々は、掬水を囲む会を催し、その縁で彼の作品を多く残した。生家のあった鉾田市札でも、複数の個人宅に作品が伝わっている。

掬水の描く人物は表情が乏しくポーズも類型的と言われ、同門の深水が美人画を人物画へ高めようとしたのとは対照的だ。だが掬水は人物の個性や内面を描くよりも、古きよき日本の情緒や風雅を体現させる方を重視したのではないか。それは芸術家的な表現への欲求よりも、職人的な美への奉仕者たることを選んだであろう本人の姿とも重なる。

2016(平成28)年、江戸東京博物館の「大妖怪展」に掬水の「牡丹燈籠」が展示された。幽霊寺として知られる金性寺(福島県南相馬市)所蔵の一幅だが、美しすぎる幽霊画として観覧者の評判を呼んだ。

●取材協力・参考資料 茨城県近代美術館▽坂東郷土館ミューズ(坂東市立資料館)▽雑誌「萌春」275号(1978年4月、日本美術新報社発行)▽雑誌「常陽藝文」348号(2012年5月、常陽藝文センター発行)▽「茨城新聞」2012年6月18日付・6月21日付・6月25日付▽「足立史談」568号(2015年6月、足立区教育委員会発行)▽ホテル雅叙園東京ウェブサイト

シリーズ協賛 土浦ロータリークラブ 土浦中央ロータリークラブ

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ふるさとのない時代《くずかごの唄》154

【コラム・奥井登美子】お正月には誰も故郷に帰りたくなる。私が育ったのは荻窪のみどり幼稚園。緑の名の通り、生垣に囲まれた家と野原の、のんびりした緑色の住宅街だった。 しかし今の東京の町はどこも高いビルばかりで、緑がない。故郷という言葉とはかけ離れた風景になってしまっている。私の故郷と呼べるような所は、もうどこにもなくなってしまったのだ。 幼い時、父の故郷、新富町へもよく連れて行ってもらった。父は歌舞伎座が新富座であった頃の、鉄砲洲小学校出身。「菅原伝授手習鑑」などに寺子屋の子役として駆り出されて、よく出演させられたそうだ。台詞(せりふ)も筋もよく覚えていて、よく私に語って聞かせてくれた。 隅田川のほとりに町があって、父は「〇〇ちゃんの店でノリを買おう」などと、昔の友達の家に寄っておしゃべりするのを楽しみにしていた。父の故郷はいま、日本ではない、高いビルばかりのどこか架空の空間になってしまっている。 タケちゃんの文が朝日に載った 1月27日の朝日新聞「折々のことば 鷲田清一」に、加藤尚武の文が載っていた。「個人の間の平等は、ある程度まで…自然の平等に支えられているが…国力の差は、ネズミとゾウの違いよりも大きい」 加藤尚武は私の弟のタケちゃん。京都大学の哲学教授を務めた後、鳥取に環境大学を創り、環境問題を、哲学のまな板の上に載せた人。「環境問題のすすめ」という著書もある。生活者として、医療と環境を意識して生活している。 加藤家の男たちはみな食べるのが好きで、父も、兄も、タケちゃんも、好きなものを自分で作って食べるのが趣味だ。 私はせめてせめて、お正月くらいは、おしゃべりの好きな弟のタケちゃん、母の昔の味の料理を作ってくれる妹、姪たちに会って、亡くなった父、母、兄の個性を偲(しの)びながら、今の子供たちと比べて、大笑いするしかないのだろうか。(随筆家、薬剤師)

消費期限切れ食品を冷凍自販機で販売 つくばまちなかデザイン

保健所が販売停止を指導 つくば市のまちづくり会社「つくばまちなかデザイン」(つくば市吾妻、内山博文社長)が設置、管理する冷凍食品自動販売機で、1月9日から14日までの間、消費期限切れの食品が販売されていたことが分かった。つくば保健所の指導を受けた同社は、該当食品の販売を17日から停止し、現在までに同自販機による全食品の販売を停止している。 同社は購入者に対し返金対応を行うとしているが、同社による事態の告知は自販機への貼り紙と、冷凍食品製造事業者を含む飲食店経営者による有志グループ「旨がっぺTSUKUBA(つくば)」のインスタグラムとフェイスブックなどに限られ、つくば市が出資する第3セクターとしての説明責任が問われる。 販売が停止された自販機は、つくば駅前のつくばセンター広場ペデストリアンデッキ上に設置されている。同社がSNSと自販機に掲示した「お知らせ」によると、販売された消費期限切れの食品は「8大アレルゲンフリー 米粉の焼き菓子おまかせ3点セット」。1月9日、12日、14日の3日間に計4点が購入されていたことが確認されている。消費期限は、購入された時で最大で1週間が過ぎていた。その他に、消費期限が最短で1日以内だった1月1日と6日に購入された2点についても返金するとしている。 コロナ禍発 同自販機が設置されたのは2023年。つくばまちなかデザインが、市内などの飲食店経営者などによる有志グループ「旨がっぺTSUKUBA」とともに立ち上げた実行委員会のプロジェクトとして設置した。同グループは、コロナ禍による外出自粛が呼び掛けられた2020年に、県内飲食店のテイクアウト情報をフェイスブックで発信していた活動を母体としている。冷凍自販機設置に際して同実行委は、PR費用などに充てるとしてクラウドファンディングを実施し、46人の支援者から56万9590円を集めた。 告知は貼り紙と飲食店グループのSNSのみ 消費期限切れ食品の販売が発覚したのは1月17日。まちなかデザインは同日、「旨がっぺTSUKUBA」のインスタグラムとフェイスブックに掲載した同社名義の「消費期限切れ商品の販売に関するお詫びとお知らせ」で、問題が起きた経緯について「弊社による商品管理不足とコミュニケーションの不調」によるなどと説明し、返金対応を行うとした。同時に、自販機に貼り紙を貼り、購入者に連絡を呼び掛けている。一方で、食品の自販機の設置者であり、商品の管理責任を負うまちなかデザイン自身の公式ホームページや、会社のSNSアカウントでは、2月2日時点で、消費者に対する説明や購入者への呼び掛けは行われていない。 社長「大きな問題は起きてない」 取材に対して同社の内山社長は、今回の経緯について、「旨がっぺTSUKUBA」のSNSに公表した文書を念頭に、「あそこに書いてあることが全て」とし、「体調が悪くなったなど、特段、消費者から問い合わせもなく、大きな問題が起きているということはない。問題等があれば、しっかり発表する」と述べ、問題発生に関する詳細な経緯の説明を避けた。 また、市民からの疑問と不安の声を受けて取材を始めたことを伝えると、「『市民の方から』と言えば、なんでも話さなければいけないのか。その方から直接問い合わせをいただければ、私どもも真摯(しんし)に対応する」と述べた。今後については「保健所の指導を受けながら、誰の責任で、どう行うべきか考えていきたい。再開については、はっきりした段階でお伝えしたい」とした。 複数業務兼ね管理行き届かず つくば保健所によると、保健所が事態を把握したのは、問題が発覚してから2日後の19日。問題となった冷凍自販機に食品を納入している業者からの通報がきっかけだった。この時点で該当食品の販売は停止されていたが、まちなかデザインから保健所への連絡はなかった。そのため保健所は同日、同社に電話連絡し、同社が保健所を訪問。保健所は食品衛生法に基づき、施設の衛生管理状況や取扱者の衛生教育などを評価する「食品衛生監視指導表」を交付し、事態改善に向けた指導を同社に対して行っている。 同保健所は「自販機の設置者であるつくばまちなかデザインが、納入された商品の管理と自販機への補充を行ってきた」と、設置だけでなく、商品管理もまちなかデザインが担っていたとした上で、問題が起きた経緯については「自販機販売の担当者が、他の複数業務を兼ねていた。人手不足の中で、商品管理が行き届かず、期限切れの商品が販売された」と原因や背景を分析する。 今後、まちなかデザインから提出される改善案を見た上で、改善措置が図られたと判断した段階で、販売再開が可能になるとしている。 今回の「消費期限切れ」について保健所は「食品表示法により、健康被害の恐れから消費期限が切れた商品を販売することはできない。期限が切れた食品は、もう食べられない状態」にあるとし、厳格な管理が必要との認識を示した。一方で、今回販売されたのが冷凍食品であることから重大な健康被害に直結しにくいとの見方を示し、より期限に猶予期間のある「賞味期限」表示が適切だった可能性にも言及した。 市がどう考えているか知りたい  今回販売された焼き菓子をこれまでたびたび購入してきたという、ブックカフェ「本と喫茶サッフォー」(同市天久保)を経営する山田亜紀子さんは「丁寧に作られていて、安心して食べられるお菓子。美味しくて、好きで食べていた」と話し、自身も食品販売に携わる立場から「食品管理は食中毒を出せば営業できなくなり、経営に直結する問題。一番気を使う部分だ」と指摘する。 さらに「自販機は市民以外も含め誰でも購入できる場所にある。本来、安全を最優先しなければならないはずなのに、食べ物をずさんに扱っている印象を受ける」と不安を口にした。さらに「こうした会社に市が税金を出資している。市としてどう考えているのか知りたい」と話した。 市と会社に説明責任ある これまで市議会でたびたび同社の経営状況や将来負担などについて質問してきた山中真弓市議は「市は、まちなかデザインに6000万円を出資し、指定管理者に指定して、自販機が設置されている場所を含むつくばセンター広場の管理を任せている。市民の税金が投入されている以上、同社は市民に対して問題を説明する責任がある」と指摘する。 その上で、「自販機が設置されている場所は市の土地であり、市職員が同社の取締役に入っている。市が無関係とは言えない」とし、「市にも、市民に対して説明する責任がある。また、まちなかデザインが食品を扱うノウハウがあるのか、確認する必要がある」と述べた。 市は保健所に委ねる姿勢 一方、つくばまちなかデザインを担当する同市学園地区市街地振興課は今回の件について「(まちなかデザインは)保健所の指導に従ってもらいたい」との認識を示すにとどまっている。(柴田大輔)

人の意見を聞く勇気《続・気軽にSOS》169

【コラム・浅井和幸】言葉は、その発する人の思いを相手に伝えるための道具です。そして、その言葉を受け取る人の解釈によって意味が変わることがあります。さらに、その人が相手に伝えるときに使われて、会話が成立します。 「白くてふわふわしている」という言葉も、発信した人と受け取った人とが思い浮かべるものが全く同じであることはほとんどないでしょう。経験も、その時の気分も、何を優先順位とするかも違う、それぞれの人生を生きているのですから。 相手との違いが分かっていると、より分かってもらおうと発信側も工夫するものです。違うことが分かっていると、より分かろうと受け取る側も考えます。初めて会う、違う文化の人には、ていねいなコミュニケーションを取ろうとするものです。 以前、学者の方から笑い話で聞いたことがありますが、世界各国から研究者が集まる学会などで、たどたどしい英語でコミュニケーションをとっているときは気持ちが通じ合う感覚があるのに、長年連れ添った妻とは同じ日本語で話をしているにもかかわらず、お互いが相手の言っていることが分からなくなることがある、と。 ていねいな対話とか情報交換 私たちは、関係性の距離によって、コミュニケーションがていねいになったり、雑になったりします。もちろん、ある程度お互いの癖が分かっているのに、ていねい過ぎるやり取りは無駄な時間を使います。簡単にした方がよいこともあるでしょう。 うまくいっているときは、コミュニケーションは端折(はしょ)ってもよいと思います。しかし、コミュニケーションがうまくいかないときは、自分の言いたいことを分かってと我を通すだけでなく、ていねいな対話とか情報交換が必要になります。 意外なことではありますが、ケンカをしている両者が実は目的や希望が相反することでないことは多いものです。それどころか、同じであることも珍しいことではありません。ケンカしている相手の言葉は聞きたくないでしょうが、相手の話したいことを理解することから始めましょう。(精神保健福祉士)