水曜日, 1月 28, 2026
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《沃野一望》18 伊東甲子太郎の2 新選組の甲子太郎

【ノベル・広田文世】

灯火(ともしび)のもとに夜な夜な来たれ鬼
我(わが)ひめ歌の限りきかせむ とて

元治元年(1864年)11月、常陸国筑波山の麓、志筑村出身の伊東甲子太郎(いとう・かしたろう)は、婿入りしていた江戸深川佐賀町の伊東道場を見捨て、門弟7人とともに、京へ出立した。東下してきた新選組局長近藤勇の熱心な勧誘に応じ、新選組に加わるためだった。

余談になるが、元治元年11月といえば、この欄で前々回まで連載した藤田小四郎たち水戸藩天狗党が、常陸国大子町より西上の途についた秋、時代はまさに沸騰点。

新選組は、無理やりおしつけられるかたちで就任した京都守護職会津藩主松平容保(まつだいら・かたもり)の支配下におかれた武闘殺戮集団。伊東甲子太郎が、近藤局長に入隊を誘われたころになると、あまりに過激な戦闘の日々に、戦死、負傷、切腹、逃亡があいつぎ、隊士が60人ほどに減っていた。成り上がり者集め集団の組織力・機動力は、いちじるしく低下していた。近藤勇は、勢力回復のため、やみくもに人材をもとめていた。

そこへ、伊東甲子太郎たちが入隊する。

入隊時の約束通り甲子太郎は、副長土方歳三(ひじかた としぞう)と同格扱いの「参謀」に処遇されると、隊内でその存在感をめきめきと発揮してゆく。

剣の冴えはもとより、尊王攘夷思想にうらうちされた明晰な弁舌、さらには、それまでの新選組気風になかった、ひとりひとりの配下隊員の活動を尊重する組織作りで、古参隊員の信頼さえ獲得していった。

新興理論派VS正統武闘派

いつしか新選組は、伊東甲子太郎派(新興理論派)とアンチ伊東派(正統武闘派)という二極構造の組織になっていった。アンチ伊東派の筆頭は、土方歳三。あらゆる局面で、議論を毛嫌いした。尊王攘夷の是非を論ずる以前に、論ずること自体を受け入れない武骨だった。

「斬って、斬って、斬りまくれ、それが、すべてだ」。土方の猪突猛進は、それはそれで、殺人集団新選組本来の目的を実践してゆく本流であり正論だった。日ごとに、伊東と土方の対立は深まってゆく。

戦闘で敵を討ちもらし負傷を負った隊士に土方は、隊規にのっとり切腹を命じたが、甲子太郎は、隊規を無視してかばった。「傷をなおして、また活躍すればよい」。一命を救われた隊士は、甲子太郎に心酔し、以後の行動をともにしてゆく。

局長の近藤勇は、両者をそれぞれに都合よく使いまわした。本来の武闘の場面では土方を、殺戮(さつりく)戦にかりたてる一方、ひそかにあこがれる学問、論説の静の分野では甲子太郎を尊重した。

伊東甲子太郎に増長の勇み足があった側面は否定できない。次第に、隊の本流から遊離してゆく。新選組をのっとってしまうのか、新選組と訣別(けつべつ)するのか、はたまた土方に斬られるか。甲子太郎に、進退の決断がせまられていた。折から、孝明天皇が崩御。御山陵が東山に築かれる。(作家)

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稲葉英樹氏第一声 全文文字起こし 茨城6区 衆院選’26

➡音声はこちら https://youtu.be/XNo6pDA-eEk ただいまご紹介に預かりました、茨城6区から立候補いたしました、稲葉英樹と申します。二見さんからの応援、そして恩人でもある古澤市議からの応援、とてもうれしかったです。その声に負けず、この選挙戦を頑張っていきたいと思います。 今度の選挙、どの政党が国民目線で働く政党かを見極める選挙になります。日本共産党は、暮らし、平和、人権、あらゆる分野で、党を作って103年、国民のために1ミリもブレずに働いてきた政党です。政党を選ぶ比例は日本共産党に、そしてここ茨城6区は私、稲葉英樹に皆さんの一票をお寄せください。よろしくお願いします。 皆さん、私は土浦で生まれ、土浦の風に吹かれ育ちました。私にとっての日常というのは決して平坦なものでありませんでした。小学校2年生の時に私は父を亡くしました。それ以来、私の家は母一人子一人の家庭となり、母は泣き言一つ言わず、文字通り身を粉にして働いてくれました。「生きるということはこんなに大変なのか」と子供心に感じてきました。今度の総選挙、私が立候補を決めた理由の一つは、、母のような苦労を他の誰にもさせたくないという思いがあったからです。 皆さん、今の政治は一体誰の方を向いているのでしょうか。地域を歩けば切実な声が聞こえてきます。「給料は上がらないのに、スーパーの買い物は日に日に高くなる、閉店間際の半値引きでしのいでいる」「子どもの学費を払うために、自分の食事を抜いている」ー。これが、この茨城の、この日本のリアルな姿です。ひとり親家庭が増えています。しかし、社会のセーフティーネットはボロボロにされ、自己責任が押し付けられています。 自民党の政治家はどうでしょうか。裏金にまみれ、特権階級の椅子に踏んぞり返り、一杯のカップラーメンの値段すら知らない。そんな人たちに私たちの生活の痛みが分かるはずもありません。国民を向かない、庶民の苦労を知らない自民党政治は、もう終わらせようでありませんか。 皆さん、今政府が進めているのは、5年で43兆円という途方もない大軍拡。その莫大な税金があるなら、なぜ今この瞬間、明日の生活におびえる親子に差し伸べないのか。軍備に回す金があるなら福祉に回せ、これが私の魂からの叫びです。 消費税を5%に下げ、将来的に廃止する。子どもが笑える社会なら、その親も、そして日本を支えてこられた高齢者の皆さんも、安心して笑っていられるはずです、笑って暮らせるはずです。それが政治の本来の役割ではないでしょうか。 私にはエリートのような輝かしい経歴はありません。しかし誰よりも生活の痛みを知っています。母の手のひらの固さを知っています。 自民党が強くても諦めるわけにはいきません。私、稲葉英樹、そして日本共産党が大きく強くなることは、あなたの暮らしが大切にされる社会への第一歩です。 どうか皆さんの手で、この茨城6区から新しい政治の扉を開かせてください。皆さんの暮らしの声を、まっすぐに国会へ届けてまいります。比例は日本共産党、小選挙区は私、稲葉英樹への一票を周りの方へ大きく広げてください。共に誰もが笑って暮らせる日本を作っていきましょう。全力で最後まで訴え抜きます。寒い中ありがとうございました。

青山大人氏第一声 全文文字起こし 茨城6区 衆院選’26

➡音声はこちら https://youtu.be/84Jki8-ptP8 こんにちは、青山大人でございます。本日は急なお願い、そして平日の昼間にもかかわらず、こんなにもたくさんの皆様にお集まりいただきまして本当にありがとうございます。 私も選挙戦、県議会議員の頃から数えると、今回7回目になります。毎回第一声はこの生まれ育った地元の乙戸でお願いさせてもらっておりますが、本当に毎回変わらず、こうやってたくさんの皆様が集まってくれます。地元の皆様がいるからこそ、青山大人は国会で仕事をすることができるんです。改めて実感いたします。 ご承知のように今回急な解散総選挙。私はどんな逆風であろうと、この20年間、民主党系の看板を掲げ、今回も立憲民主党として堂々と挑戦しようとしておりました。それが今回選挙前に新しい政党が誕生しました。中道改革連合、私もその多くの政策や理念には共感をしておりますし、こういった新たな挑戦、仲間の挑戦を私は批判するものでも否定するわけでもありません。 ただ今回は1月20日までに一旦衆議院の立憲民主党議員が全員離党し、そして無所属か、中道改革連合に行くか、どちらか選択してもいいですよということだったので、私はいろいろ悩んであげく、考えたあげく、私は今回無所属を選択したわけでございます。 悩みました。ただ私は有権者の皆様はこういった政治を見てどう映るんだろう、茨城6区の皆様はどういうふうに思うんだろう。そして、私自身がやりたい政治というのは一体何なのだろうか。数日間自問自答いたしました。そもそも前回の総選挙からまだ1年3カ月しか経っておりません。年度末の忙しい時期になんで衆議院を解散するのか、そして、一方、野党もこのように政党の名前が変わったり。私は別に誰を批判するわけでもありません。ただし、こういう日本の政治が、有権者の皆様から見て、政治に対する信頼を失わせるのではないでしょうか。そして日本の政治が停滞していると、日本の経済が停滞している今の現状につながっていくのではないかと、そう思うわけでございます。 20年間、県会議員の初当選から数えてもう20年になります。私が常に訴え続けていたのは、やはり政治に対する信頼です。信なくば立たず。我々政治家は、自分のための政治ではないんです。あくまでもその裏には、何万人何十万人の有権者の皆様の負託を受けているわけでございます。本来であれば今頃国会では、この物価高への対策や、電気代の高騰に対する対策、年金介護の将来不安へどうしたらいいか。本来だったら今そういうことを国会で議論している。今そんな時期なんです。こういう時期に与党も野党も政局に明け暮れていれば、結果的に一番最後は国民の皆様にそのしわ寄せがくるんです。 私は今もこの地元に住んで、電車で国会まで通っています。この地域で学び、そして暮らし、子育てをする。皆様と同じ、ここに住む住民の一人でございます。政治家は特別でも何でもありません。私はたまたま皆様の思いを背負って国会で仕事をさせてもらっているだけなんです。その原点を忘れずに、これから皆様の声を聞き、引き続き、教育費の負担軽減や、そして年金医療の改革、そして持続可能な農業の育成、ぶれずにこれまでの政策を愚直に訴え続けていきます。 とはいえ、無所属という選挙、私も初めてでございます。衆議院選挙は制度上、無所属に非常に不利なんです。政見放送もありません。今配布しているビラも、実は政党の公認候補は12万枚配布できます。無所属は7万枚しか配布できないんです。言うまでもなく、小選挙区で1票でも負けたら比例復活はありません。小選挙区で一番にならなければいけないんです。 皆様改めてお願いです。明日から期日前投票ができます。この急な解散総選挙で、市町村も投票券の発送が遅れているそうでございますが、身分証があれば、免許証などがあれば、期日前投票も明日から可能でございます。そして皆さんにお配りしたビラ、皆さんこの貴重なビラをですね、ぜひ車に貼ったりとか、普段持ってもらう。お会いする方たち、今日から12日間、地元の青山、茨城6区の声、私たちの声を一番国会まで届けてもらえる青山大人を、ぜひ私たちの手で今回も国会に押し上げよう、そういう支援の輪を、皆様、広げていただけないでしょうか。本当にこの急な短期間、地元の皆様はじめ、乙戸の皆様も含めて、本当にいろんな方たちが、ポスティングなどお手伝いをしてくれて今こうしております。あと残り、最後は結果です。結果です。皆様ぜひお力添えをお願いいたします。1日10人、いや20人の方に、青山大人よろしくと、投票に行こうと、期日前投票の輪をぜひ広げてください。よろしく、よろしくお願いいたします。ありがとうございました。

堀越麻紀氏第一声 全文文字起こし 茨城6区 衆院選’26

https://youtu.be/msbGc0wLupc つくば駅周辺にお集まりの皆様こんばんは。私は茨城県第6区、堀越麻紀と申します。私は元会社員で3児の母です。政治の道に進むとは1ミリたりとも思ってはいませんでした。考えてはいませんでしたが、今の日本の姿を前にして、どうにかしたいと思いこの挑戦に臨むことにしました。 失われた日本経済、30年といいますが、もうすぐ35年経とうとしています。みなさん覚えてますか。40年前の日本。その日本には世界に誇れる産業がありました。大人たちも楽しそうに仕事をしてました。私はその楽しそうに働く大人たちを見て、早く大人になりたい、早く社会の一員として仕事をしたいと思ったものです。 ですが、今の日本どうですか。もう35年も日本経済、停滞しているんです。そして、消費税ができ、税金は上がり、物価は上がり、国民の生活はどんどんどんどん貧しくなっていくばかりでした。そんな日本の政治、おかしいと思いませんか。46%の税金が我々の給料から奪われているんです。46%って半年間ただ働きしてるのと同じなんですよ。 こんな停滞した日本経済、35年も続いてます。だから180万人の失業者、180万人失業者が出ました。去年も7万人増えてます。苦しんでる日本人がここにいる。ここにいるのに日本政府は人手不足を理由に安い外国人の労働者をわざわざ海外からどんどん受け入れてるんです。おかしくないですか。私は苦しんでる日本人の生活を守りたい。日本人を救いたい。それが本来政府の役割じゃないですか。政治の役割だと私は思います。誰もが幸せに働ける、そういう国をつくるのが政治の役割だと私は思っています。それができていないのが今の日本政府です。 私は技能実習や特定技能に関わる仕事をしてきたからこそ言えることがあります。このまま数を優先してどんどんどんどん安い労働力の外国人を受け入れ続けると、日本の治安が悪くなるんです。今のヨーロッパ見てください。移民が10%を超えた国々は明らかに治安が悪くなっています。日本の外国人の犯罪ケースも、毎年毎年上がってきています。それは何故か。私は外国人の、その会社に、外国人の技能実習とか特定技能に関わる仕事をしていたからこそ分かるんですが、東南アジアで、ある国には「犯罪歴抹消法」というのがあります。犯罪を犯しても1年後、3年後、5年後には犯罪歴が消えてしまうんです。そういう人たちが全部とは言えません。全部とは言えませんが、そういう人たちが労働者となってどんどんどんどん入ってきてしまうのが今の政治です。 我々参政党は外国人を差別しているわけではないんです。まず数を優先してどんどんどんどん日本に受け入れる前に、この制度を、制度の見直しをまずすべきだろうと。そして、苦しんでいる日本人の雇用支援、雇用支援が先だろうと言っているんです。 就職氷河期で仕事に就けなかった人たち、子育てが終わって仕事に就きたいと思っているお母さんたち、たくさん日本にはいるんです。でも減税もせず、ただ安い労働力の外国人をどんどんどんどん数を優先して受け入れているのが今の政権与党ですよ。私たちは、外国人を差別しているわけではなく、この日本を救いたいんです。 皆さん、10年後、20年後の日本が、日本なのに外国人だらけで、治安が悪い日本にしたいですか。児童一人、子ども一人が、一人で登下校できないような日本にしたいですか。したくないですよね。 80年前、80年前、英霊たちはこの美しい日本を、命を懸けて守ってきてくれたんです。どうか皆さんも思い出してください。初めて我が子を抱いた瞬間を。そしてその子を心から守りたいと思った気持ちを。日本人で日本を守っていきましょうよ。そして日本を大切にする、日本人を大切にする政治に戻っていきましょう。我々参政党は日本を取り戻したいと思っています。この選挙が失われた30年が40年に続くか、それとも希望あふれる未来になるかの選挙だと私は思っています。全身全霊で私は戦います。日本を守るため、未来の日本の子どもたち、今いる日本の子どもたちと孫たち、日本の未来、美しい日本の治安のある国を守るため、私は全身全霊でこの挑戦に挑みます。どうぞよろしくお願いいたします。ご清聴ありがとうございました。

国光あやの氏第一声 全文文字起こし 茨城6区 衆院選’26

➡音声はこちら https://youtu.be/YyAScflIa3M 皆さん、国光あやのです。今日は本当にお忙しい中、またお寒い中、本当に本当にありがとうございます。ありがとうございます。もう感謝してもしきれないぐらい、皆様お一人お一人のお顔を拝見をして、感無量であります。 今回非常に厳しい選挙戦、しかもこの時期に、寒い中でも、この週末も一緒に励ましていただいて、地域活動をしてくださった皆様方、本当に本当にありがとうございます。 また前回の厳しい1年半前の選挙、私の力不足で前回は比例復活ということになりました。それでも私を見捨てずに、皆様一緒に伴走してくださいました。本当にありがとうございます。ありがとうございます。この場に立てておりますのも、皆様のお陰です。 改めて成島会長はじめ後援会の皆様方、そして今日は見坂参議院議員、お越しです、団体の皆様方も本当にありがとうございます。そして小田川市長はじめ各市の皆様方、伊沢県議はじめ県会議員の皆様方、各市議団の皆様方、そして何より各地域の皆様方、皆様に支えられて、皆様一人一人の声を聞きながら政治をさせていただきたい、その思いであります。 今回、訴えをしたいこと、強く豊かな日本へ、高市総理が強く豊かな日本列島へと訴えておられます。私は皆様のおかげで、昨年の秋、高市政権の誕生に伴い、外務副大臣を拝命いたしました。私自身、政治を志した原点が、実はアフリカや中東やウクライナで、難民キャンプだったり戦争の惨禍だったりまた貧困にあえぐ貧しい村だったりしたところで医療活動をしたことが原点にあります。そこで感じたのは、医療はもちろん大事、でもやっぱり皆さんの安心、健康、そして暮らしを支えるのは平和と安定がなければ成り立ちません。私もずっとこの日本を取り巻く国際情勢が厳しいからこそ、外交をやりたい、まず平和維持、この東アジアを、日本を、皆さんが安心して生活してお仕事ができる社会を作っていきたい、そう思って外務副大臣、希望させていただいて、拝命させていただきました。本当に皆さんのおかげです。ありがとうございます。 副大臣になって4カ月、いろんなことがありました。日中関係も冷え込み、そしてまたロシア、北朝鮮の威嚇行動もどんどん日々に増しています。なんとか中東は平和維持になるように停戦の合意はされましたけど、まだいろんなトラブルも続いている。ウクライナ戦争も続いている。トランプ大統領はじめこの南北アメリカ、どうなるんだろう。皆さんエネルギー価格やいろんな物資や輸出入、そしてこの円安は、国際情勢にも関わっています。私は皆さんの暮らしが、この国際社会の中で少しでも影響が出ない、有事にならない、頭の上に何か飛んでこない、安心に暮らせるこの茨城県南を外交の力でしっかりと支えていきたい。そのために言うべきことは言います。 今まで何か他国にそしられても、事実に基づかないこと言われても、日本はあまり言い返せなかった。それがややもすると弱腰外交や言葉だけ外交と言われていた。でも高市政権になったらそうではないです。何かやられたらしっかりと冷静に客観的に、そして何より人々の命を守るためにエスカレーションしないように対話をする、主張する。中国に対してもそうであります。私は皆さんの命を誰よりも守りたい。暮らしを守りたいからこそまず外交で、強い、力強い平和と安定そして繁栄のジャパン・イン・バック、取り戻して参りたい。ぜひ皆さん、お力をお貸しください。ありがとうございます。 すいません。今日、涙出てきちゃって。申し訳ありません。 そして、強く豊かな日本、強く豊かな茨城県南です。茨城県南、皆さん、今日の青空のように、日本でも有数の人口増加、企業立地が進み、県や市や団体や地域の皆さんのおかげでどんどん明るい日差しが出ています。でもまだまだ課題がある。今まで諦めていた課題、それを諦めない。しっかりこの躍動する茨城、県南につなげていきたいです。 例えば諦めていたこと、8年前に候補者として働かせていただいた中でも、例えば国道6号。いつになっても渋滞ばかり、朝夕の渋滞、もうこれは渋滞するもんだ、もう無理だ、たくさんの声、聞こえていました。国道354号、125号もそうです。国と名が付く道路はなんでこんなに、人口が最も増えている茨城県南でこんなに進んでないのか。私は本当に残念でならなかったんです。 だから一生懸命、地域の皆さんと一緒に要望活動を繰り返し、見坂先生にも国交省でお世話になり、なんとか皆さん、国道6号もバイパスの整備、牛久土浦バイパス、県南病院から南の方、そして小池橋から上の千代田石岡バイパス、そして間もなく取り残されていたかすみがうら、かすみがうら区間の事業化もあと少しというところまでやってきました。長年の積年の課題を前に進めたいんです。皆さんのために進めたいんです。 またスマートインターチェンジ、ちょうどここ吉瀬のこのすぐ近くにまもなくスマートインターチェンジが決定をし、今ちょうど進捗が進んでいます。あと数年後に完成できるように、地域の皆さんと力を合わせて一緒に取り組みたい。このスマートインターは全国でトップレベルに数が多い。この茨城県南です。つくば西スマートインターチェンジも去年の春完成しました。圏央道です。これによって飛躍的に筑波山のアクセスも良くなりました。そしてまた、つくばみらいのスマートインターチェンジも今年の秋に完成予定。さらに、もう少し北に行って千代田パーキングエリアのスマートインターチェンジもおそらく令和10年頃を目指して完成予定。そしてさらにこの土浦のインターチェンジ。この近く、飛躍する茨城県南をこのインフラの整備やそしてさまざまTXの沿線開発や、さらにこのつくばで筑波研究学園都市を私は日本のシリコンバレーにする、それぐらいワクワクする、誰もがつくばすごいねと、本当にイノーベーションもすごくて住みやすくて、本当に素晴らしい街だと言われるように国会議員としてしたいんです。 皆さん、さまざまな課題に寄り添って、私が専門とする、もともと医療や福祉関係も本当に厳しい経営状況や賃金状況でありました。でも高市先生は、高市総理は、何とかそこに力を貸したいと言って一生懸命工夫して一緒に取り組み、診療報酬改正、介護報酬改正、障害報酬改正も、過去数十年で最大の改定率になり、補正予算も去年の30億から医療でしたら、3倍の1兆円超えました。温かい風を、ぜひ医療や介護福祉現場にも届けたい。 また、地域で小さなお声を聞く、本当に大事です。私が一番多く聞いたお声は、地域で独居の方が増えている、国光さん、独居らしい、そしてまた、頼れる親族がいない、近くに住んでない、息子は遠い、息子は娘は近くにいるけどあまり関係が良くないんだ、俺は将来入院したり介護施設入ったり、亡くなったらどうすりゃいいんだ、というご相談を受けてきました。そこでこの課題、どんどん大きくなる。2040年にはもう4割が、約4割が単身の世帯です。親族がいなくても安心して入院できたり、最後施設に入れたり、お亡くなりになった後でもご葬儀をあげれたり、納骨もできたり、そんな安心できる社会をつくっていきたい。だからずっと議員でチームを作って取り組んで、今年、通常国会で社会福祉法という法律を改正し、市の社協さんに、お金がなくても、どんな方でも安心して人生を全うできる社会を作っていく、法改正をして取り組む予定です。 まだまだ道半ばです。私にも足りないところがたくさんある。そして何より私自身、地元出身ではありません。でも地元のために貢献をしたい、皆さんに育てていただいて皆様のために仕事をしたいという気持ちは誰にも負けません。 ありがとうございます。なので皆さん、今回非常に厳しい戦いです。ぜひお力を貸してください。明日から始まる期日前投票、ぜひ皆さんが率先して行っていただいて、周りの方に5人でも10人でも20人でも、ぜひ投票に行ってね、国光よかったらよろしくねとお口添えいただければ幸いです。 なんとか皆さんのために、強く豊かな日本、強い外交、そして豊かな地域経済、そして社会保障で皆さんの暮らしの安心安全を支えたい。よろしくお願いいたします。ありがとうございました。