土曜日, 1月 23, 2021
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《県南の食生活》15 梅干し

【コラム・古家晴美】例年だとそろそろ梅雨明けの時期だが、今年はどうなるだろうか。梅雨が明けると、今回取り上げる「梅干し」には不可欠の「土用干し」が待っている。保存食と言うよりも、要冷蔵の半生ものとして減塩あるいは蜂蜜漬けされた梅干しを購入される方も多いかもしれないが、自家用に手作りしている友人知人も結構いる。

しかし、そういう筆者は、オンライン授業の準備に振り回されたことを言い訳に、今年は作りそびれてしまった。作る年には、青梅を新聞紙の上に並べて完熟させてから作業に取りかかる。この時に部屋中に溢(あふ)れる甘い香りは、毎回、ささやかな喜びをもたらしてくれると言えば、手作りしている方の多くは頷(うなず)かれるだろう。

「梅干し」が文献に初出するのは、鎌倉時代中期の『世俗立要集(せぞくりつようしゅう)』だが、稲作技術と共に日本に伝わってきたのではないか、最古の料理書『斉民要術(せいみんようじゅつ)』に記述があり奈良時代後期には日本でも確実に作られていたのではないか、と諸説ある。(有岡利幸著『梅干』、法政大学出版局 )

安価で保存性が高く、庶民の日常食と思われがちの「梅干し」であるが、室町時代、禁裏(きんり)への献上品ともなり、16世紀後半には粥(かゆ)と共に天皇の朝食膳に上っていた。また、梅干しは僧の祝賀膳にご馳走として、あるいは禅僧や社家の人たちの贈答品として重宝されていた。

土用干し

『本朝食鑑(ほんちょうしょっかん)』(1697年)によれば、江戸時代になると、庶民も元旦には茶に梅干しを入れた「大福茶(おおぶくちゃ)」で新年を祝った。うどんを食べる時に、梅干しと胡椒(こしょう)が薬味として用いられる一方、醤油が普及する以前の調理料である「煎(い)り酒」にも、梅干しは削りかつお、古酒、たまりと共に欠かすことができない存在となった。

梅干しの作り方については、江戸後期になって『漬物早指南(つけものはやしなん)』(1836年)でようやく紹介される。完熟した梅の実を2時間ほど水に浸けて洗い、梅1斗に塩3升(30%)、紫蘇(しそ)を少々入れ、重石を載せ、14~15日置く。天気の良い日にカゴにあけて天日干しする。長く保存したい場合は、干してから夜は壺の梅酢に戻し、これを3日繰り返す。

今日の作り方と比べると、塩漬けした後に三日三晩、雨に当てないように天日干しし夜露に当てる「土用干し」、低塩分濃度(10~20%、長期常温保存は18%以上)、紫蘇(しそ)を入れるタイミングなど、少々相違点はあるものの、概ね共通している。

滝沢馬琴(たきざわ ばきん)は自ら沢庵(たくあん)と梅干しを大量に漬けていた。『馬琴日記』に、板張りの雨戸2枚に塩漬けした梅の実を広げて干したが、にわか雨が降り出して、取り込むのが間に合わなかったと悔しそうに記している。今年、梅を漬けていらっしゃる方々、くれぐれもにわか雨にご注意ください。(筑波学院大学教授)

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