水曜日, 2月 11, 2026
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《沃野一望》17 伊東甲子太郎の1 新選組加盟

【ノベル・広田文世】

灯火(ともしび)のもとに夜な夜な来たれ鬼
我(わが)ひめ歌の限りきかせむ  とて

天保六年(1835)、関八州を鎮(しず)める名峰筑波山の東麓、常陸国志筑(しづく)村(現かすみがうら市)に、旗本本堂家家臣鈴木専衛門の二男として、鈴木大蔵という風雲児が、呱々(ここ)の声をあげた。

幼いころに父が脱藩、村をでた大蔵は、水戸で文武の修練にはげむ。剣に冴(さ)え、文にすぐれ、眉目秀麗(びもくしゅうれい)、弁舌さわやかな才は、幕末という激動の時代のなかで、いつか激流の先頭を疾駆(しっく)する人物と嘱目された。

水戸での伝手(つて)をたよりに江戸へでると、水戸藩士金子健太郎の道場で北辰一刀流をきわめ、同時に、尊王攘夷を標榜(ひょうぼう)する水戸学に心酔してゆく。

北辰一刀流の技の極意は、いつか市中の評判となり、やがて、深川佐賀町に町道場をひらく伊東精一郎に見こまれ門弟となる。道場では、またたくまに師範代にまでのぼりつめる。さらに、道場の後継者として婿養子にむかえられ、はじめて、伊東性を名乗る。伊東大蔵。

これだけでも、ひとかどの立身出世のはずだったが、これに満足できず、満足させない時代の奔流が、江戸にも京にも渦巻いていた。

土方歳三と同格の参謀に

ある日、北辰一刀流の千葉道場で相弟子だった藤堂平助が、伊東道場を訪ねてきた。藤堂は京にあって、今をときめく新選組副長。

「近藤局長が人材をもとめ東下してきている。たっての願いを受けてほしい。新選組は、これからの世を切り開く隊だ。だが、現存隊員の力量は、とても満足できるものではない。剣の技量においても、隊をまとめる統率力においても、今の要員では、まったく不十分だ。ぜひとも貴殿の力を新選組で開花させてもらいたい。貴殿のもとで、多くの同志が語りあっていると聞く。その者たちともども加盟してもらえれば、重ね重ね歓迎だ。組内の処遇については、悪いようにはしない」

伊東大蔵にとって、願ってもない誘いだった。ここはひとつ、当座の主義主張はとにかく、いや、近藤勇や土方歳三などを論破し、彼らに尊攘思想を注入し、組織としての新選組を利用すればよいだけのかけひきだ。誘いに乗らぬ手はない。

元治元年(1864)、伊東大蔵は、道場で語りあった同志七人とともに、新選組に入隊すべく江戸深川佐賀町の伊東道場を去る。この年の干支(えと)は甲子(きのえね)。伊東は、新天地、京での飛躍を期し、甲子太郎(かしたろう)と名乗りあげた。

約束通り新選組では、新参八人のうち伊東甲子太郎を副長土方歳三と同格あつかいの参謀、篠原泰之進を諸士取調役監察、三人を伍長と、異例の厚遇でむかえいれた。伊東甲子太郎は、新選組という、飛躍の活動拠点を仲間とともに得た。(作家)

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