土曜日, 3月 7, 2026
ホームコラム《くずかごの唄》62 新型コロナの消毒薬

《くずかごの唄》62 新型コロナの消毒薬

【コラム・奥井登美子】「可愛いでしょう。私が作ったマスクなの、使ってみてください」「隣の小母さんが、私に作ってくれたマスクなの、どう似合うでしょう」

マスク不足を逆手にとって、手作りのマスクがいつの間にか、流行の一端、ファッションに昇格してしまった。ファッションショーで、目のきれいな女優さんが着けて歩いたら、面白い風景になる。プレゼント用としても、けっこう珍重されている。

ファッションの一部にもならないのがコロナ消毒薬。インフルエンザなどの感染症が流行るたびに、薬剤師会での勉強会は、消毒薬に関する法律と、その使い方だった。ウイルスの関わる感染症は、それぞれ実に個性的で、消毒薬も取り扱い方も千差万別なのだ。今回は研修会も全部取り止めになってしまったので、よくわからないままに、アルコール系のものがいいといわれている。

「簡易エタノール検知器」

私が今年、庭の薔薇(ばら)の手入れを後回しにしたのは、薔薇の棘(とげ)などが手に刺さったものなら、アルコール系の消毒薬は飛び上がるほど痛くて、怖くて、使えなくなってしまうからだ。

消毒用エタノールはアルコール70%液なのだが,それで手を消毒すると、皮膚に浸(し)みて痛い。アルコールはRNA(リボ核酸)の蛋白(たんぱく)質を溶かすといわれているが、手の皮の蛋白質にも影響があるのではないかと思う。

市販の消毒薬は50種類くらいあって、その中でアルコール系も20種くらいある。今、どこのお店でも入り口に消毒用の液体が置いてある。消毒薬の中にどのくらいのアルコールが入っているか。70%、50%、20%、手の浸み具合でわかる。私の手はいつの間にか、「簡易エタノール検知器」になってしまっていた。(随筆家、薬剤師)

➡NEWSつくばが取材活動を継続するためには皆様のご支援が必要です。NEWSつくばの賛助会員になって活動を支援してください。詳しくはこちら

スポンサー
一誠商事
tlc
sekisho




spot_img

最近のコメント

最新記事

命の入口と出口に変化 家族機能が分離《看取り医者は見た!》50

【コラム・平野国美】ミラノ冬期五輪のフィギュアスケート金メダリスト、アリサ・リュウ選手が自身の出生について語っている記事があります。5人兄弟姉妹で、マザーが卵子を提供され代理出産で生まれた、育てたのはシングルファザーだそうです。長女の彼女の言葉には1ミリの重さもなく、あっけらかんとしていました。 この話を読み、私たちは無意識に「じゃあ、本当の母親は誰なのだろう?」と考えてしまいました。しかし、彼女の前向きな姿勢に、この問い自体が時代遅れでナンセンスと気づかされます。 医学の進化、社会の変化によって、遺伝子―出産―養育を分離することが可能な時代になりました。かつては、「遺伝的な母」「産んだ母」「育てた母」は、1人の女性の中で分かち難く結びついていました。しかし、現代の生殖医療は、これを機能別に分離することを可能にしました。 ビジネスの世界では、セットだったものをバラバラにして提供することを「アンバンドリング(機能の分離)」と呼びますが、まさに「母親」という概念がアンバンドリングされ、機能の集合体へ変わったのです。 「家族」に残るものは何か? この話に「すごい世界になったものだ」と思った私ですが、ふと、あることに気付きました。訪問診療医として普段見ている風景も、全く同じ構造なのではないか、と。かつて日本では、大家族制度のもと、高齢者介護は全て家族(長男の嫁など特定の個人)に結び付いていました。食事の用意、下の世話、日中の見守り、そして看取りまで、全てが「家族の役割」としてパッケージになっていたのです。 しかし、核家族化が進み、2000年に介護保険制度が始まりました。これにより、家族が抱え込んでいた各機能が見事に「アンバンドリング」されました。昼間の見守りはデイサービスへ、入浴や排泄の介助は訪問ヘルパーへ、医療ケアは訪問看護師や訪問診療医へ、と。命の入り口(誕生)だけでなく、命の出口(看取り)においても、私たちは家族から切り離された社会を生きているのです。 では、機能が外部化され、それぞれが専門家に委ねられたとき、最後に「家族」に残るものは何でしょうか? 家族というものを再定義する時代になったのでしょうか? 私が診療に出向く場所には、当然、患者さんがいらっしゃいます。しかし、血縁関係のある方は不在の場面が多いのです。ヘルパーさんや訪問看護師の方のほか、友人や内縁の方が介護をしているケースが増えてきました。よく使われた「遠くの親戚より近くの他人」という言葉が、昭和の時代とは違う意味合いを持ってきたことは確かです。(訪問診療医師)

14カ国・地域の101人が巣立つ 日本つくば国際語学院で卒業式

学校法人つくば文化学園が運営する日本語学校「日本つくば国際語学院」(つくば市松代、東郷治久理事長)の卒業式が6日催され、14カ国・地域の卒業生101人が、恩師や在校生らに見守られながら学び舎や友達に別れを告げた。 卒業式は、隣接する日本料理店、つくば山水亭のレセプションホールを会場に催された。卒業生らは母国の民族衣装を着て、青いガウンをまとい、学士帽子をかぶって入場、笑顔で式典に臨んだ。卒業後は大学や専門学校に進学したり、国内企業に就職したりなどそれぞれの専門分野に進むという。 卒業生の出身国14カ国と地域は、ネパール56人、ミャンマー16人、中国8人、スリランカ8人、タイ3人、韓国2人、イラン1人、モンゴル1人、フィリピン1人、インド1人、香港1人、マダガスカル1人、 チュニジア1人、 ベトナム1人。 式典では卒業生を代表して、ネパール出身のシリス・リマさんが「日本の生活は決して簡単なものではなかった。故郷のことを思い、言葉にできないほどの切なさを感じた。そんなとき『努力しなさい、あなたなら何でもできる』という母の言葉が勇気を与えてくれた。ここで学んだ日々がこれからの人生を支えてくれると信じている」と感謝の気持ちを語った。 東郷理事長は「皆さんは最初、一人で来たが、今は一人ではない。この学校を実家だと思い。これからも頼って欲しい。そして何のために日本に来たのか思い出し、頑張って欲しい」などと卒業生に語り掛けた。 在校生を代表してミャンマー出身のシン・プム・ファイさんは「日本語の勉強とアルバイトの両立をしながら学校に通う毎日は簡単でなかったと思う。不安や期待はあると思うが、先輩たちなら困難なことも乗り越えられると信じている。夢に向かって進んでください」とエールを送った。 式典では卒業生5人に皆勤賞、49人に精勤賞が贈られたほか、日本語能力試験(JPLT)の表彰が行われ、64人に表彰状が贈呈された。同試験は、日本語を母語としない人を対象に日本語能力を測定し認定する世界最大規模の検定試験で、国際交流基金と日本国際教育支援基金が実施する。認定はN1からN5まで5段階あり、同語学院では今年度、最高位のN1に2人が認定された。 式典後、東郷理事長は記者団の取材に対し「今年の卒業生も101人と膨れ上がった。来年は同じ会場ではできないかもしれない。生徒には日本を好きになってほしいと思っているので、先生方にもやさしく指導するようにと話している」とし「なぜサンスイグループが日本語学校をやっているのかと聞かれるが、私自身も商社時代にアラビア語を習った経験もあって、大変だったが楽しかったということもあるのかもしれない」などと語った。 日本語学校が現在、直面している課題として、急増する入学希望者に対し、教員不足や教育の質の確保などの課題があるという。2024年4月に日本語教育機関認定法が施行されたことにより登録日本語教員という国家資格制度が始まったが、需要と供給のミスマッチが起きている状況が続いている。(榎田智司)

電子顕微鏡が体験できる博物館 操作はスマホ感覚

ミュージアムパーク茨城県自然博物館 【PR】ミュージアムパーク茨城県自然博物館(茨城県坂東市)は、入館者が操作できる卓上走査電子顕微鏡(SEM)を導入した。観察に必要な操作はすべてタッチパネル操作。子どもたちに「また行きたい」と思わせる、魅力ある新たな展示になりそうだ。 「もう一度行きたい」と子どもがねだる場所 県自然博物館は年間40万人以上の入館者を誇る。国内の自然系博物館を見渡すと10万人台にとどまる博物館が多く、入館者数の多い博物館はそう多くない。そうした中、同博物館は自然系博物館の中では最も入館者の多い施設の一つになる。 一方でアクセスがいいわけではないと横山館長は話す。つくばエクスプレスの守谷駅から出るバスのうち、同博物館の開館時間に合う便は実質1日2本。しかも最寄りのバス停から10分ほど歩かなくてはならない。土日祝日には博物館の敷地内に乗り入れる便が増発されるが、それも1日3本だ。 では、どうして入館者が多いのか。県自然博物館には小学校や幼稚園の団体を中心に年間7万人ほどが来館するという。しかも県内だけではなく、近隣の千葉県や埼玉県、あるいは東京都からも来るのだとか。見学を終えて家に帰ると「もう一度行きたい」と保護者にねだる子どもが多く、今度は保護者と一緒に自動車で訪れるという流れができているそうだ。 人を引きつける企画展、年3回ペースで 県自然博物館の特徴の一つは企画展が多いこと。2024年11月に開館30周年を迎えたが、30年の間に91回の企画展を実施してきた。概ね1年に3回のペースだ。 そしてこの企画展が「どれも面白い」と評判になるそう。例えば、変形菌、地衣類といったマイナーなテーマでも入館者は10万人を超えた。子どもたちに「また行きたい」と思わせる面白い内容になるようスタッフたちが工夫をしているのだ。 一つ例を挙げると、第87回企画展のテーマは「うんち無しでは生きられない!」だった(2023年7月8日~9月18日)。うんちが持つ多様な機能に着目しながら、うんちが自然界で果たしている役割を紹介する内容で、ゾウやパンダなどの実物のうんちも凍結乾燥させて展示。その充実の内容に興味を持った読売新聞社と東京ドームが「うちでもやりたい」と博物館に協力を求め、同企画を再構成した展覧会「うんち展 -No UNCHI, No LIFE-」を東京ドームシティのGallery AaMo(ギャラリー アーモ)で開催したほどだ(期間は2025年3月18日~5月18日)。 子どもたちに「また行きたい」と思わせる工夫は企画展にとどまらない。2025年2月、常設展示のコーナーにタッチパネルで操作できる卓上走査電子顕微鏡(SEM)を導入・設置した。入館者が自ら操作してミクロの世界を体験できる。 国内博物館初の入館者が操作できるSEM、そこには館長の長年の思いも 導入したのは日本電子の卓上走査電子顕微鏡「JCM-7000 NeoScope™」。日本電子の製品を選択した理由は、低真空モードと高真空モードの両モードが使えるといった機能面の評価もあるが、ユーザーインターフェース部分の開発要望に日本電子がフレキシブルに対応したことが決定打となった。観察に必要な操作は、すべてタッチパネル操作で直感的に可能だ。スマホに慣れた子どもたちは特に苦もなく操作ができる。同館によるとこのような電子顕微鏡の体験展示は国内の博物館では初だそう。 横山館長が以前、国立科学博物館に勤務していたときに、入館者にミクロの世界を体験してもらう企画を立て、何度か実施したことがあった。光学顕微鏡では見えない世界を電子顕微鏡で経験してもらいたいー。その貴重な体験に参加者はみな喜んだが、一方でサポートするスタッフには反省が残った。電子顕微鏡の操作は参加者に任せられないので常にスタッフが操作に当たる必要があり、時間の面でスタッフの負担が大きかったのだ。この企画は3年ほどで止めてしまった。 「スタッフの負担が軽く、入館者に喜んでもらう方法はないものか」。今回導入した電子顕微鏡は、館長の長年の思いに応える解決策でもある。 電子顕微鏡で見られる試料は今のところ、①アライグマの毛、②放散虫(海洋性プランクトン)、③チョウの鱗粉、④アジサイの花粉の4種類(2025年6月27日時点)、拡大率は最大約2万倍まで。導入してまだ日は浅いが、「あっ、あそこだ」とまっすぐSEM展示に走ってきた子どもがいたとか。早くもリピーター増につながる博物館の魅力の一つとして知られ始めている。 新しい試料の準備も続々と進んでいる。そのほかにも「学校と連携しよう」「イベントの中で活用しよう」「10人程度の参加者を募り、それぞれ持ち寄った試料をSEMで観察してもらい、その画像を持ち帰ってもらおう」といった活用のアイデアがスタッフの間でいくつも検討されているようだ。 「この博物館にまた行きたい」と思わせる企画が、このSEMを絡ませて次々と生まれてくる。その日が訪れるのはそう遠くない。 プロフィール【横山 一己(よこやま かずみ) ミュージアムパーク茨城県自然博物館館長】1972年金沢大学理学部地学科卒。1977年東京大学大学院理学研究科博士課程修了。ハワイ大学地球物理学研究所研究員、金沢大学工学部助手、オークランド大学研究員などを経て国立科学博物館に奉職。同科学博物館においては地学研究部研究員、同主任研究官、同地学第一研究室長、地学研究部部長を歴任。2016年より茨城県自然博物館館長。

インフルは我が家を巡る《ことばのおはなし》91

【コラム・山口絹記】先週末、こどもからインフルエンザをもらった。B型である。予防接種は受けていたが、おそらく効力も切れていたか、あるいは摂取した型が違ったのだろう。 最初に高熱を出したのは0歳児だ。まだことばも持たない身体が、小さな胸で荒い息をし、ぐずりながら眠る。辛いのは伝わってくるが、何がどう辛いのかは教えてくれない。その様子を見守りながら、私は「できることなら代わってやりたい」などと思っていた。 結局、0歳児が復活してしばらくしてから自分の関節が重くなり、その日の夜にはガタガタ震えながら電気毛布にくるまることになったわけで、身代わりになるでもない、ただの無意味な感染拡大となったわけである。端的につらい。こどもからうつされる病気というのはどうしてこうもつらいのだろうか。 しかし、無意識に文章を書いているとどうしても「うつされた」と書いてしまう。まぁうつされたことは事実なのだが、「うつされた」というとなんとなく自分が被害者のような気がする。いやいや、それもまた事実なのだが、家庭の中で起きる感染は、もっとこう、循環のようなものに近い。なぜか一度に複数人が倒れることは少なくて、順番に各個撃破されていく。 そういう意味では、人間が主語の「うつされる」よりもインフルエンザが主語の「巡る」の方が表現としてはよいかもしれない。 家庭内感染を防ぐのは難しい 誰かの咳が空気に混じり、同じ空間を吸い込み、やがて別の身体が熱を出す。大人は1日中マスクをつけていることもできるし、手洗いうがいを徹底することもできるが、0歳児にマスクはつけられないし、保育園児や小学生はそのあたりどうしたって雑である。家庭内感染を防ぐのは結構難しい。 熱はぐるりと家の中を一周し、やがて静かに消えていく。私が立ち上がれるようになったころには、0歳児は夕食の豚汁を食べている兄の皿につかまり立ちで近づき、無言でニンジンを奪って食べていたりする。長女も叫んでないで止めてくれればいいものの、バタバタしている親には止める間もない。 こどもが産まれる前と言うのは、もう少しいろいろとうまくやれるような気がしていたのだが、やはり絵空事は絵空事なのだ。来年はインフルエンザになりたくないものだ。(言語研究者)