日曜日, 10月 11, 2026
ホームつくば【新型コロナ】ホテル・旅館宿泊者に最高7000円補助 全国初、つくば市が緊急対策

【新型コロナ】ホテル・旅館宿泊者に最高7000円補助 全国初、つくば市が緊急対策

【鈴木宏子】新型コロナウイルス感染拡大の影響で、つくば市内のホテルや旅館も団体客のキャンセルが増えているのを受けて、同市は、市内のホテルや旅館の宿泊者に最高7000円を補助する方針を決めた。

13日開いた3月議会本会議に、計約9000万円の緊急対策費を追加提案した。宿泊費を1人1泊最高5000円割り引くほか、宿泊者に市内で飲食できる2000円の食事券を交付する。計約9000万円の予算のうち宿泊費補助は約5300万円、食事券交付は約3600万円。市によると市町村がホテルや旅館に補助するのは全国で初めてではないかという。

補助額は、1人1泊1万円以上(食事代含む)の宿泊者に対し1泊当たり5000円、1泊6000円以上1万円未満が3000円、1泊6000未満は1000円とすることを検討している。食事券の交付も含め、ホテルや旅館の窓口で手続きができるようにする。

市外からの来訪者だけでなく市民にも利用を呼び掛け、2カ月間で1日約290人が割引を利用できる分の予算を計上する。ただし食事券の利用はチェーン店などは対象外で、市内に本社がある飲食店に限定する。

市によると、市観光コンベンション協会が市内のホテルや旅館32施設を対象に3月に実施した調査の結果、回答があった18施設で、4~5月の予約状況が全体で前年同期比3割程度だった。1割に満たない施設もあったという。市の補助により宿泊客を2カ月で約1万7700人増やし、例年並みの利用に戻したい意向だ。

実施時期は、現在、国がイベントの自粛を要請していることなどから、すぐにはスタートできないとして、国の方針を見ながら時期を決めていくという。ただしいつでもスタートできるよう準備を進める。3月議会で議決されれば3月下旬にもホテルや旅館を対象に説明会を開き、手続きを進める。

他業種も調査し対策を

一方、同予算を審議する市議会市民経済員会(黒田健祐委員長)では、ホテルや旅館だけでなく、他にも様々な業種で売り上げが落ち込んでいるとして、他業種も含めて幅広く調査し、対策をとるよう求める声が多く上がった。

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