日曜日, 3月 22, 2026
ホームつくば針葉樹林に広葉樹を 筑波山で350人参加の記念植樹祭

針葉樹林に広葉樹を 筑波山で350人参加の記念植樹祭

【相澤冬樹】NPO法人地球の緑を育てる会(事務局・つくばみらい市、石村章子理事長)の第15回筑波山水源の森づくりが27日、つくば市筑波の筑波山神社林で行われた。2006年に始まった植林活動で、山の斜面約500平方メートルにシラカシやコナラなど落葉・常緑の広葉樹12種、約1200本の苗木を植えた。

今回は「改元記念植樹祭」と銘打って行われ、協賛企業や明るい社会づくり筑浦協議会、土浦ライオンズクラブなどの関係団体、市民ら約350人が参加。同神社参集殿前で開会式を行った後、女体山に向かう登山道脇の神社林に入り、約1時間ほど作業した。

350人が参加しての開会式=筑波山神社参集殿前

同会が取り組むのは、荒廃する針葉樹林を整備し、常緑広葉樹を植えて生態系に適った森に再生する活動。横浜国立大学名誉教授、宮脇昭氏の提唱した手法という。筑波山神社は 375 ヘクタールという広大な神社林を有するが、戦後植えられたスギ、ヒノキ、マツの針葉樹林が多くを占め、間伐などの管理不全のまま荒廃している部分が目立っていた。

「筑波山は全国緑化行事発祥の地で、現在の全国植樹祭の原点となった鬼ヶ作(桜川市)の植林地には記念碑も建っている由緒ある場所。今日の荒廃を見ていられなかった」と石村理事長。神社周辺に古くからある巨木を母樹とする広葉樹からどんぐりを拾う活動から始め、つくばみらい市狸穴にある同会の圃(ほ)場で鉢植えにして育ててきた。2~3年で植樹可能な苗へと生長するという。

神社の合意のもと、これらの苗木を持ち込み、2006年から中腹の林で水源の森づくりを行ってきた。これまでの14回で延べ参加人数は2714人、1.2ヘクタールの林に2万7000本の苗木を植えてきた。企業・団体による植林分を含めると合計は約2ヘクタール、4万3000本に及び、場所によっては人の背丈以上に育っている。今回の記念植樹で、神社から提供された女体山下の植林地は全域に手を入れたことになるそうだ。

12の樹種はシラカシ、ウラジロガシ、スダジイ、シロダモ、タブノキ、コナラ、イヌシデ、サカキなどの落葉・常緑の広葉樹で、容器苗の形で持ち込まれた。林地は会員によってあらかじめ耕起され、針葉樹の枝葉も打ち落とされて日差しが入るよう整えられていた。このところの雨で滑りやすくなっていた足元の地形に注意しつつ、参加者は移植コテを手に苗木を1本ずつ丁寧に植えた。各樹種を混在して植える、枝葉でマルチングするなどの指導のもと作業した。

植樹祭には毎回JICA筑波の研修員が参加しており、今回も23人が加わった。フィジーのペリーマさんは、農業研修と地方再生のプログラムを学ぶため10月8日に来日したばかりでの参加になった。南太平洋の島国だが森林保全の活動は行われているそうで、「筑波山の森はビューティフル。一気にこの地が好きになった」と話した。

JICA筑波の研修員らも植樹に取り組んだ

➡NEWSつくばが取材活動を継続するためには皆様のご支援が必要です。NEWSつくばの賛助会員になって活動を支援してください。詳しくはこちら

スポンサー
一誠商事
tlc
sekisho




spot_img

最近のコメント

最新記事

阿見町、2027年の市制移行ならず《文京町便り》50

【コラム・原田博夫】2027年11月に市制移行を予定していた阿見町は、3月11日、市への移行を見送ると発表した。昨年10月の第22回国勢調査(簡易)の結果、総人口が4万9689人(速報値)となり、市制移行要件の5万人を下回ったためである。 阿見町は、2023年11月の常住人口(直近=この場合は20年=の国勢調査人口を基準に、毎月の住民基本台帳の増減により集計)が5万人を超えたことで、25年10月の第22回国勢調査で5万人達成は可能と見て、市制施行への準備を進めてきた。25年10月1日現在の常住人口も5万637人だった。 しかし、2026年2月27日、第22回国勢調査の結果(速報値)が通知され、要件を下回ったことが判明した。阿見町としては、市制移行を前提に、26年度当初予算に関連費約1590万円を計上していたが、これを減額修正することになった。国勢調査の結果によるとはいえ、関係者の落胆ぶりがうかがえる。 国勢調査の歴史と特徴 そもそも国勢調査(センサス)は、公的統計の中でも基幹統計と位置付けられ、統計法第61条で、回答拒否や虚偽報告に対しては罰金50万円以下の罰則が規定されている。 歴史的には、1902(明治35)年に制定された「国勢調査ニ関スル法律」にさかのぼるも、当初予定された調査(1905=明治38=年)は日露戦争で、さらに第1次世界大戦(1914~18年)などで実施が延期され、第1回調査は1920(大正9)年まで実施がずれ込んだ。 現状では、①住民を対象に調査が実際に行われ、住民基本台帳など他資料を集計した業務統計は含めない②ある地域に住む人全員を対象にする③調査票を用いて対象の住民が自ら回答する④調査時点(10月1日)を定め、規則的に(西暦が0年では大規模調査、5年では簡易調査)に実施される―などの特徴がある。 社会構造が変化⇒調査手法を刷新? 国勢調査の回収率は、国民性のためか、かつては非常に高かった。しかし、近年は低下していて、特に大都市部では顕著である。 期間内に調査票の回収が困難な場合は、近隣住民からの情報を基に自治体が住民票のデータで補う「聞き取り調査」を行うが、この調査の世帯割合は、2000年調査では全国4.4%(うち東京都5.9%)、05年4.4%、15年13.1%、20年16.3%に急増している。その背景には、大都市部を中心にした高層・大型マンションのオートロックシステムや不在世帯の増加、地方圏では空き家の増加など、社会構造の変化が関連している。 かつては有効だった全数調査も、DX化や社会関係の希薄化が顕著な現代では、その限界が顕在化している。新たな調査手法が求められているのかもしれない。(専修大学名誉教授)

「霞ケ浦導水事業」を歩く《日本一の湖のほとりにある街の話》36

【コラム・若田部哲】1月末、霞ケ浦導水事業の見学会に参加しました。霞ケ浦を利根川-那珂川と結び、広域で水を融通する構想として昭和50(1975)年代に始まったこの事業の背景には、水需要の増大や水質への懸念、渇水時への備えといった、当時の社会的課題がありました。その後、長い年月の中で、事業を取り巻く状況や環境への向き合い方は変化を重ねていきました。 今回見学したのは、そのうちの一部、小美玉市の玉里立坑と、そこから地中に伸びる石岡トンネル。午前10時の集合時間には、親子連れや年配の方など、多くの参加者が集まっていました。 ヘルメットを着用し、全員で集合写真を撮影したのち、いざ、直径18メートル、深さ約45メートルの玉里立坑の縁へ。地上からのぞき込むと、円筒状の巨大な空間が足もとに垂直に落ち込んでいます。 5メートルごとに数字が記されたその光景は、想像を超えるスケール! ワイヤーメッシュの籠状の工事用エレベーターに乗り込み、ドアが締まると、歯車がきしむ音を響かせながらゆっくりと地下へと降下し、自然と緊張感が高まります。 底部に降り立つと、両側に大きく口を開ける「石岡トンネル」は、よく見ると直径が異なっており、片方は4.5メートル、もう片方は3.5メートルとのこと。計画や技術の変遷が、断面の違いに現れているのを感じます。 湖と人、技術と暮らしをつなぐ トンネルは、巨大な円筒形の「シールドマシン」によって掘り進められると同時に、工場製作のコンクリートの壁である「セグメント」を組み立てていく工法だそうです。全長31.5キロという数字に、その積み重ねの大きさを感じ、めまいを覚えます。 圧倒的なスケールの余韻を抱いたまま地上に戻り、見学会が終わろうとしたその時、これまでの工事を記録した映像が上映されました。 掘削、セグメントの組み立て、測量、機械の点検─さまざまな工種の作業員の方々が、真剣な表情で現場に向き合うその姿。巨大な土木構造物も、突き詰めれば一人ひとりの手仕事の積み重ねという、その確かな事実に改めて心を打たれました。 霞ケ浦導水事業をどのように受け止めるかは、人それぞれでしょう。ただ少なくとも、現場には確かに、人の手と時間が積み上げてきた現実があります。湖と人、技術と暮らしをつなぐ、長い対話の一端に触れることにより、この事業を「遠大な構想」ではなく、「目の前の風景」として思い描けるようになった取材でした。(土浦市職員)

琉球の希少植物と暮らしを紹介 筑波実験植物園で企画展

絶滅危惧種など150種 琉球列島由来の希少な植物を知ることができる企画展「琉球の植物−南国を育む植物たち」が20日から、国立科学博物館 筑波実験植物園(つくば市天久保、遊川知久園長)で始まった。展示されているのは、同植物園が保有する琉球列島の植物約400種類の中から、自然界では日本に1株しか残っていなかったり、自生地ではすでに絶滅してしまった希少種など、絶滅危惧種に指定されている約110種を含む150種あまり。 琉球の植物の展示は2019年以来7年ぶりとなり、豊かな自然が育んだ「琉球文化」の紹介にも力を入れる。展示を担当した同植物園研究員の國府方吾郎さん(57)は「琉球列島の豊かな自然とともに、たくさんの植物を有効活用してきた地元の人たちの暮らしを知る機会になれば」と来場を呼び掛ける。会期は29日まで。 展示会場は、多目的温室と研修展示場の2カ所。温室では、海岸、海岸林、山地林、低地林、渓流沿いなど琉球列島にある五つの自然環境の自生種を展示する。葉の裏側に赤い小さな花をつけるハナコミカンボクは沖縄本島の1カ所にしか自生していない。ナガミカズラは西表島で1株の自生が確認されている。小指の先ほどの白い花をつけるオリヅルスミレは自然界では絶滅してしまった。新種のアマミマツバボタンは國府方さんが2013年に発見した。 國府方さんは、「(奄美諸島、沖縄諸島などからなる)琉球列島は種の多様性が高く、単位面積あたりの植物種の数は日本本土より45倍多い」とし、背景には三つの理由があるとする。一つ目は、本土に当てはめると青森から高知までに相当する広い緯度差と多様な自然環境だ。「北琉球」とされる屋久島、種子島は本土と同じ温帯で、それ以南は亜熱帯に属する。その中にも乾燥地、湿地、標高の高低などの違いがある。 二つ目は、島ごとの交流が限られることで生まれた独自の進化だ。かつて大陸と地続きだった時代から、島々が分離した時期によっても種の違いが生まれた。大東島に限っては一度も他の土地との接続がない。 三つ目は、沖縄の言葉で、混ざり合うことを意味する「チャンプルー」だという。遺伝的にオーストラリアにある植物と近い種は、北へ向かう渡り鳥が種を運び分布するようになったと考えられている。その他、動物や人の移動、海流などにより、日本本土や東南アジア、台湾、ユーラシア大陸など世界各地とのつながりが確認されている。國府方さんは「その様子は、アメリカや日本、中国と関わり合ってきた沖縄文化のよう」だと話す。 文化を自然科学的に研究する必要ある 自身も沖縄出身だという國府方さんが今回力を入れたのが、研修展示場で紹介する琉球列島の植物と共に営まれてきた「人々の暮らし」だ。 地域に自生するキク科の野草 ホソバワダンは白和えなどにして食べられている。商品として流通するのは葉の大きい栽培品種だ。自生種との遺伝的な違いを國府方さんが調べると、意外なことが分かった。流通する品種と遺伝的に近い種が、海を超えた奄美や屋久島、平戸、対馬にあったのだ。 「近い種が沖縄の自生種ではなかった。元になるのは一つの株だということも分かった。昔、おいしいホソバワダンと出合った誰かが株をひとつ持ち帰った。近所の人にも食べさせたいと思い、株を分け合った。そんな様子目に浮かぶ」と笑顔を浮かべる。 このほか、「どこの学校にもあった」という大きく枝を広げるガジュマルの木と、そこに宿るとされる精霊のキジムナーの物語、葉を編んで草履にしたアダン、扇や笠にしたビロウ、赤い実が飢饉を救い、味噌にも用いられてきたソテツなど、琉球列島の人々の暮らしを支え、文化をもたらしてきた身近な植物も丁寧に紹介している。 「文化というのは自然から生まれたもの。私たち研究者も、文化を自然科学的に研究する必要があると思っている」とし、文化を自然科学的に研究しようというプロジェクトも進行中だと話す。「琉球の植物に関するクイズもあり、特製のポストカードのプレゼントもある。お子さんにも楽しんでもらえたら」と話す。(柴田大輔) ◆企画展「琉球の植物ー南国を育む植物たち」は20日(金・祝)~29日(日)の10日間、つくば市天久保4-1-1 国立科学博物館 筑波実験植物園で開催。開園時間は午前9時~午後4時30分(入園は4時まで)。入園料は一般320円、高校生以下と65歳以上は無料。詳しくは同植物園のホームページ、問い合わせは電話029-851-5159(代表)へ。

働く私たちのリアル《マンガサプリ》5

【コラム・瀬尾梨絵】新卒として社会に飛び出したとき、誰もが胸に抱く「理想の自分」。しかし、現実に突きつけられるのは、自分の無力さと、理想とはかけ離れた泥臭い現場であることも少なくない。そんな「やりたいこと」と「できること」のギャップにもだえ、悩み、それでも一歩を踏み出す姿を描いた、ねむようこ先生の「午前3時の無法地帯」(祥伝社、全3巻)を今回はご紹介したい。 主人公・ももこは、イラストレーターを夢見てデザイン事務所に就職したばかりの新卒会社員。彼女が思い描いていたのは、おしゃれでかわいい雑貨のデザインに関わるキラキラした毎日。しかし、配属された先は、パチンコ屋のチラシやPOPを専門に扱う、文字通り「無法地帯」のようなデザイン事務所。午前3時を回っても明かりが消えず、床には誰かが寝ており、タバコの煙と怒号が飛び交う。そこは、彼女の理想とは対極にある場所だった。 本作の最大の魅力は、新卒の誰もが直面する「理想と現実のギャップ」を、ねむ先生特有の柔らかくも鋭い感性で描き出している点にある。「私はもっとかわいいものを描きたいのに」「自分にはもっと才能があるはずなのに」。 そんなももこの心の叫びは、読んでいるこちらの胸をチクリと刺してくる。自分が本当にやりたかったこととは違う、派手でけばけばしいパチンコの広告デザインに追われる日々。その「やらされている感」と、それすらも満足にこなせない「実力不足」の板挟み。この葛藤は、クリエティブな職種に限らず、組織の中で自分の役割を見出せずにいるすべての若手社会人が共感できるはずだ。 今の仕事を本当にやりたかった? しかし、この物語が単なる「お仕事苦労話」で終わらないのは、その無法地帯な職場にいる人々との交流を通して、ももこが少しずつ「働くことの本質」に触れていくからである。 一見デタラメに見える先輩たちも、実はプロとしての矜持(きょうじ)を持って仕事に向き合っており、自分が嫌っていた仕事の中にも、誰かを喜ばせる工夫や、確かな技術が必要であること。そして、理想の場所にたどり着くためには、まずは目の前の「できること」を必死に積み上げていくしかないということ。ももこが少しずつ顔を上げ、自分の居場所を見つけていく過程は、読者に「今の自分も、あながち間違いじゃないのかも」という小さな救いを与えてくれる。 ねむ先生の描くキャラクターは、どこか抜けていて愛らしく、それでいて生々しい生活感を持っている。徹夜明けのボロボロの肌、深夜に食べるカップ麺の味、理不尽な上司への愚痴。そんな等身大の描写があるからこそ、ももこの成長が輝いて見える。 「今の仕事は、自分が本当にやりたかったことだろうか?」。そう自問自答して立ち止まってしまいそうな夜、ぜひこの本を手に取ってみて欲しい。午前3時の暗闇の中で、それでも灯りを灯し続けるももこたちの姿が、あなたの心にある「ギャップ」を少しだけ埋めてくれるはずだ。(牛肉惣菜店経営)