日曜日, 3月 29, 2026
ホームスポーツ【茨城 高校野球展望'19】6 プロ注目の右腕「完成形に近い」 霞ケ浦監督に聞く㊤

【茨城 高校野球展望’19】6 プロ注目の右腕「完成形に近い」 霞ケ浦監督に聞く㊤

【伊達康】毎年安定して好投手を輩出する霞ケ浦だが、今年は、鈴木寛人(3年)という最速148キロを誇るプロ注目の本格派右腕を擁しその戦い方が注目されている。綾部翔(横浜DeNA)や安高颯希(桜美林大4年)を擁して初優勝を果たした第97回大会以来4年ぶりの甲子園出場に向けて心血を注ぐ髙橋祐二監督に、夏の大会に向けた思いや決意を語ってもらった。

―春季県大会では乱打戦の末に明秀学園日立に7対10で敗れ、夏の大会はDシードで臨むことになりました。秋の準々決勝で敗れたAシードの藤代ゾーンに入ったことについて、所感をお聞かせ下さい。

今回、春に初戦で負けてシードを獲れると思っていなかったので、いきなり強いところと当たる可能性もあると心の準備はしていました。藤代ゾーンに入ったことについては一度負けている相手なので是非勝ちたいと思っています。藤代と常総学院を倒さないと甲子園は手に届きません。もし藤代を倒したとしてもBシードの石岡一が待ち受けているので正直言ってきついですね。Bシードの中でも石岡一が一番同じゾーンになりたくない相手でした。

―春の敗戦以降、夏に向けて特別に取り組んでいることがあれば教えてください。

例年、本校は投手力を中心とした守備が売りのチームを作っています。そこに少しでも攻撃力を付けて戦うのがうちの戦法です。実際、投手力や守備力は県内で常総学院や明秀学園日立よりも上だと評価された年が何度かありました。でも、今年のチームはとにかく守備力が弱く例年のレベルに到達していません。守備のイージーミスがよく見られるので、守り負けるもろさをはらんでいます。しかし、鈴木寛人というピッチャーは、先輩でプロ入りした綾部翔(横浜DeNA)や遠藤淳志(広島)を超えるようなピッチャーにまとまってきた感があるので、もしかしたら優勝できるかもしれないという手応えをつかんでいます。

―守備の方では中心選手が抜けた穴が大きかったでしょうか。

中心選手は毎年入れ替わる中で、それでも毎年、二遊間に関しては県内でも1、2位と言われるチームを作ってきました。昨年は能力の非常に高いセカンドの小礒純也(日体大1年)とショートの森田智貴(桜美林大1年)がいましたが、今年は二遊間に限らず全てにおいて守備力が弱いですね。

―打撃に関しては天野海斗選手が中心になるのかなと思いますが、ほかにこの選手に期待したいというのはありますか。

新チームになってずっと天野と黒田悠真を使い続けてきましたけれど、思ったようなリーダーシップが取れないというか、結果が出ていません。うちにはいわゆる4番バッターはいませんが、1年生を入れて打線を組んだことによって、どこからでも点を取れるような打線になりつつあると思います。期待する選手としては仕黒大樹です。茨城出身(土浦三中)の選手ですし頑張って欲しいと思っています。

―1年生とはどの選手でしょうか。

飯塚恒介と宮崎莉汰は練習試合でもスタメンで使っています。特に宮崎は見かけによらず力があって勝負強いので中軸を打たせています。1年生に期待すること自体が悲しいことなのですが、打線の幅はできたように思います。

インタビューに真摯に答える髙橋祐二監督

成長うかがわせるプロ注目右腕

―ピッチャーについて。プロ注目右腕の鈴木寛人投手は春の大会まで背番号はエースナンバーではありませんでしたが、仕上がりはどうですか。

実績がないので自信を持って投げてはいませんが、プロのスカウトからは綾部・遠藤ら2人の先輩よりもボールの質が上だという評価をもらっています。春季大会は早々に負けたので4月下旬から6月第2週までは東海大相模、花咲徳栄、桐蔭学園、作新学院、春日部共栄、東海大甲府といった強豪校との練習試合をどんどん入れ、鈴木寛人にはどんなに打たれようが、点を取られようが9回を投げきるというノルマを課しました。その結果、花咲徳栄には滅多打ちにされ、東海大相模にはもっとボコボコに打たれ、「ああ、この子はピッチャーとしてまとまらないで終わってしまうかな」と思いながらも試練を乗り越えて一本立ちして欲しいという一心で起用し続けました。そうしたら、5月終盤にきて桐蔭学園を8回1安打完封、作新学院を完封、東海大甲府には失点1と着実に結果を出して来ています。この期間、ずっと完投させてきて、マウンド上の立ち姿に大きな変化というかオーラを感じるようになりました。

この状況が夏大(なつたい)になっても変わらなければ、たとえ相手が強力と言われる常総学院打線であったとしても、寛人ならやってくれるのではないかと楽しみです。それくらいの成長を感じています。ロースコアのゲーム展開になったとき、うちの守備にほころびが出る不安はつきまといますが、完成形に近い状態になったと言っていいほど寛人は良くなりましたね。1年秋の関東大会で2試合とも先発させて打たれて負け投手になり、次の春怪我をして、2年夏も棒に振って、秋も結果が出ないという状況の中でほとんど投げていません。ですが、4月から6月にかけて一生懸命やってきたことによって、これだけ成長できた訳です。寛人には昨日、「夏は寛人が中心でいくからな。これだけ成長できたのだから自信を持って存分にやってくれよ」と話したところです。

―これまでエースナンバーを背負ってきた福浦太陽投手はどうですか。

福浦は背番号1にあぐらをかいた状況で、寛人に抜かれることに焦りも感じたと思いますが、やっておかないといけないストレッチをおろそかにして体が鉄のように硬くなってしまいました。柔軟性の数値が1カ月前に比べて驚くほどで悪くなってしまい、こんなに硬くなるかと。胸が張れない。えび反り、いわゆるブリッジができないくらい胸郭が詰まってしまっています。あまりにもひどい状態で今は最速125キロくらいしかで出ません。肩肘はどこも痛くない。でも肘に張りがある。当然ですよ、もともとそんな投げ方はしていましたが、胸を張れないから体を開いて腕を引っ張り上げるしかないので。エースとしての自覚が足りない。昨日は「もしも寛人の成長がなくて山本もいなかったらお前はエースとしてどんな責任をとるんだ」という話をして自覚を促しました。

―それでは春の明秀学園日立戦で先発した左腕の山本雄大投手(2年)が2番手格になるのでしょうか。

福浦のことは突き放してはいますけれど、そうはいってもエースとして今まで君臨してきたわけですから、何とかはい上がって欲しいと期待しています。ただ、今は一切ボールを投げさせていません。ストレッチの数値が元に戻るまでは投げられないことにしているので、1日に3~4時間をストレッチに費やしています。どこまで戻るかは分かりませんが、戻らなければ、寛人と山本、それにもう一人3年生ピッチャーがいるので、この子とうまくつないでいければと考えています。もうトーナメントの組み合わせが分かりましたし、このカードは誰が投げるというのは全試合で想定しています。そうは言ってもやられるときはあっさりとやられますから。(続く)

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塗装完了、ライトアップ再開 つくばエキスポセンター H2ロケット

40周年、エメラルドグリーンに つくば駅近くの科学館、つくばエキスポセンター(同市吾妻)のシンボルであるH2ロケット実物大模型の全面塗装工事が25日完了し、約4カ月間の工事を経て、一新された姿が披露された。同日夜にはライトアップも再開され、エメラルドグリーンの光が高さ約50メートルのロケットを照らし出した(25年12月11日付)。 今回の全面塗装は2014年以来、11年ぶり。昨年11月25日から足場の組み立て作業が始まった。1990年に同所にH2ロケット模型が設置されて以来、おおむね10年ごとに、基部から先端部分まで全面的に塗り替えが行われてきた。 ライトアップは工事完了に伴い、25日夜から再開された。今年エキスポセンターは、1986年4月の開館から40周年を迎えることから、ライトの色を、ロゴや看板、横断幕などに使用される40周年記念イメージカラーのエメラルドグリーンとした。これまでも、乳がん啓発月間にはピンク、世界糖尿病デーには青など、イベントに合わせてテーマカラーに変えながら常時、ライトアップを行ってきた。 館内では40周年を記念して、来場者用の記念スタンプや、館内限定で利用できる特設オンラインフォトフレームなどが用意されている。 今回の塗り替えについて、エキスポセンターの中原徹館長は「つくばエキスポセンターのH2ロケットの再塗装が無事終了した。つくばのランドマークであるロケットをきれいな姿で皆様に披露できることをうれしく思っている。是非、新品のようになったロケットを見にきていただけたら」と語った。 エキスポセンターは、1985年に開かれた「科学万博つくば’ 85」の第2会場として建てられ、万博閉幕翌年の1986年に科学館として再オープンした。当時、世界最大だったプラネタリウムをはじめ、万博関連資料が展示されているほか、最先端の科学技術をわかりやすく紹介している。 今回、お色直しされるH2ロケットの模型は、初の純国産大型ロケットとして1994年に1号機が打ち上げられた「H2」を模したもので、1989年の横浜博覧会で展示された模型を1990年6月にエキスポセンター屋外展示場に移設した。(柴田大輔)

J:COM茨城が「JCOMマーケティング茨城支社」に 4月から

茨城県南を中心に事業展開するJ:COM茨城(登記名は土浦ケーブルテレビ、本社土浦市真鍋)の名称が4月から「JCOMマーケティング茨城支社」に変わる。親会社JCOM(本社東京千代田区)のグループ組織再編に伴うもので、J:COM茨城は存続会社ジェイコム東京(4月からJCOMマーケティング)の地方部門になる。サービス内容は変わらないという。 土浦ケーブルテレビは1983年、土浦市や地元有力者の出資で設立された。元々は有線によるテレビ番組を提供する会社だったが、現在では、通信ケーブルや光ファイバーケーブルを使い、多チャンネルテレビ、インターネット接続、固定電話サービスのほか、ネット防犯カメラ、太陽光発電パネル設置なども扱う会社になった。 事業拡大の過程で、住友商事が出資するJCOMの傘下に入ったが、登記上の社名は「土浦ケーブルテレビ」を維持してきた。ところが親会社のJCOM(現在はKDDIも折半出資)が大規模な組織再編を実施。全国展開するケーブルテレビ子会社9社のうち、ジェイコム東京が存続会社になり、J:COM茨城など残り8社を吸収合併することになった。 県央にも進出へ J:COM茨城の海老澤孝一社長(4月から支社長)は再編の利点について ①契約者が東京などに引っ越した場合、そのエリアに支社(3月までは系列会社)があれば契約が社内の手続きで済むので、契約者には便利になる ②現在のサービス地域を広げる場合、同じ社内の人事で要員確保が可能になるので、スムーズに事業展開ができる―などを挙げた。 J:COM茨城の現サービ地域は、かすみがうら、つくばみらい、つくば市の一部(茎崎地域など)、阿見町、美浦村、牛久、取手、守谷、常総、石岡、土浦市、利根町、龍ケ崎市。2月末の加入世帯は、ケーブルテレビ5万3000件、インターネット5万900件、固定電話4万5400件、モバイル8638件。 同社は「茨城はケーブル事業者が少なく、県庁所在地に事業者がない唯一の県。すでに事業者が存在する日立、県西、つくばの各エリアには出ないが、今後、県央、県北、鹿行には、他社ケーブルを借りる形で出て行く」(海老澤氏)と話す。特に水戸エリアを重視している。(坂本栄)

友達を定義できるか《土浦一高哲学部「放課後の哲学」》5

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