日曜日, 4月 18, 2021
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店頭に菊の花とひな人形飾る 土浦駅周辺90店

【伊藤悦子】土浦市の中心市街地などで9日から、市民手作りの催し「重陽(ちょうよう)いばらきの菊の節句」が始まった。土浦駅周辺の商店や銀行、公共施設など約90カ所の店頭に、菊の花と、ハスの花托(かたく)で作られたひな人形「霞連雛(かれんびな)」が飾られている。 五節句のひとつ「重陽の節句」=メモ=にちなんだ健康長寿を願う行事で、同市の同好会「菊被綿(きくのきせわた)文化を守る会」(木村恵子会長)が2014年から毎年、店頭に飾っている。今年は展示場所に市立博物館、市立図書館も加わった。 例年なら、赤、白、黄の綿を菊の花の上にかぶせて展示するが、今年は綿をかぶせていない。守る会会長の木村さんによると「綿は体につけて長寿を願うという意味があるため、不特定多数の人が触る恐れがある。今年は新型コロナウイルス感染拡大予防に考慮した。菊の花そのものを見て楽しんで」と話す。 菊の花と併せて霞連雛が飾られているのは、重陽の節句では、3月3日に飾ったひな人形を再び飾る「後(のち)の雛」という江戸時代から伝わる風習があるため。 霞連雛は、守る会のメンバーや市内商店街のおかみさんたちが、日本一のレンコンの産地をPRして土浦を盛り上げたいという思いを込めて一つひとつていねいに手作りした。 木村さんは「健康や長寿、若返りを祈る重陽の節句は、個々人はもちろん、企業や社会にも通じる。コロナウイルス感染拡大で大変な今だからこそ大切にしたい」と語った。

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正岡子規『水戸紀行』追歩(6) 《沃野一望》26

【コラム・広田文世】灯火(ともしび)のもとに夜な夜な来たれ鬼我(わが)ひめ歌の限りきかせむ とて 明治22年(1889)、東京から水戸へ友人を訪ねて歩き出した正岡子規は、土浦市内をぬけ真鍋の急な石段を上がる。高台より霞ケ浦を俯瞰(ふかん)する。令和の時代の土浦市民としては、霞ケ浦を眺望していただいたことが、悪印象を残してしまった土浦の、せめてもの救いになる。 「この断崖に立ちて南の方を見れば果して広き湖あり。向ひの岸などは雨にて見えず。されど霞浦とは問わでも知られたり」 真鍋あたりの旧水戸街道は真鍋の町なかから急坂をあがり、土浦一高の手前で旧6号国道に合流する。子規は、石段を上がったとあり、善応寺の裏手あたりの道かとも推察されるが、判然としない。現在残されている旧水戸街道とは、いくぶん異なっているようだ。 土浦一高は、旧制土浦中学校。本館は明治37年竣工の重厚な建物で、重要文化財に指定されているが、子規が真鍋へ来訪した時点では、この本館はまだ建設されていない。子規が『水戸紀行』を歩いた時代は、それほど古い過去の出来事。 ところで文化財の旧本館、われわれの年代は卒業年度に実際に校舎として使用させてもらった。夏になると高い天井からダニが降ってきたり、冬は床板の隙間から寒風が吹きあげたりしたが、やはり味わいのある校舎だった。

土浦市消防団に「通訳隊」発足 県内初

大規模災害時、外国人に対応 大規模災害が発生した際、日本語が話せない被災者に通訳をする機能別消防団「通訳隊」の発足式が17日、同市田中の土浦市消防本部で開かれ、日本人5人、中国人2人の計7人が団員の辞令を受けた。 安藤真理子市長は「通訳隊は茨城県初であり、全国的にも数少ない。市内には約4400人もの外国人が住んでいる。皆様の通訳で土浦市の安心安全が守られる」とあいさつした。 辞令を受け、川﨑団長(左)に宣誓をするリ・ヨウさん 通訳隊は避難所で通訳をしたり、り災証明書などの申請の際、窓口などで通訳を行う。英語、中国語、スペイン語、タイ語の4カ国語に対応できる。

巨人3軍と交流戦 茨城アストロプラネッツが「土浦デー」 

プロ野球独立リーグ、BCリーグの茨城アストロプラネッツ(本拠地・ひたちなか市)と読売巨人3軍の交流戦が16日、土浦市川口のJ:COMスタジアム土浦で開催された。土浦市と茨城アストロプラネッツは2月からフレンドリータウン協定を結んでおり、今回は締結後初の当地でのホームゲーム。「土浦デー」と称し、市内在住・在勤・在学者を無料招待した。入場者数は681人、ネット中継でも250人が試合を見守った。結果は1-2で茨城が惜敗した。 試合に先立って土浦出身の野木和馬、井上真幸の両選手があいさつ。井上は「小学生のときからこのグラウンドには愛着ある。戻って来られてうれしい」、野木は「井上や大場(駿太)は少年野球からの仲間。一緒に野球ができてうれしい。市の代表のつもりで頑張りたい」と話した。また安藤真理子土浦市長は「野球を愛する子どもたちも、この1年はコロナで苦労してきた。プロの試合を間近で見られ、こんなにうれしいことはないと思う」と、試合に寄せる感謝の思いを述べた。 試合前に挨拶する野木(右)と井上(撮影/高橋浩一) 茨城はこの試合7人の投手を起用し、短いイニングでつなぐ作戦に出た。「初球から自分のベストのボールを投げ、早め早めに抑えよう」というジョニー・セリス監督の策だ。結果は1試合を通して2失点、懸案だった四死球は4つとまずまずの成績。「バッテリーの息も合い、皆さんへのいいアピールになった」と監督。 野木は2人目として2・3回を担当。立ち上がりは「初球の入りと決め球が甘くなった」と2安打を浴び1点を失うが、3回は2死二・三塁の場面で、相手の4番を三振に取る堂々たるピッチング。「自分の良さはピンチに動じないこと。低めの変化球でスイングアウトを取れ、次につながるいいピッチングができた」と振り返った。

良い天気 悪い天気 《続・気軽にSOS》83

【コラム・浅井和幸】Aさん「子どもに勉強しろと言っているのに、勉強しないので困っています」。浅井「では、しばらくの間、勉強しろと言わずに様子を見てみましょうか」。Aさん「それは私が、悪いというのですか? 私は間違ったことは言っていません」。 このような典型的なやり取りが、相談の中では起こります。双方の前提条件が食い違っているのです。Aさんは、正しい自分は変わる必要なく、勉強をしない悪い子どもの行動を変えてほしいので相談しているのです。行動を変えるのは間違ったことをしている人間で、正しいことをしている人間は行動を変える必要はないと考えます。この考え方は、むしろ常識的ですし、良識的です。 浅井は常識的な考えすべてをよしとは考えられない、ひねくれ者です。そのひねくれ者の考えは、一つ目:あまり物事を良いことと悪いことの二つに線引きしない。二つ目:物事を変えたいのであれば、何か現状と違う何かをする。三つ目:物事を変えたいと希望し、行動を変えられる人から変えて試してみる。ざっと挙げると、こんな感じです。 二つ目と三つ目は、ある程度の賛同を得られると思います。しかし、一つ目は、なかなか受け入れがたい考えかも知れません。悪いことをした人が行動を変えるべきで、罪を犯している人間が罰を与えられるのは当たり前である、悪が罰を受けることで、世の中は良くなっていくだろう—という考えが一般的だからです。 「正義や愛」にはちょっと警戒 そのすべてが間違いだとは言いませんが、良い方向に持っていきたいのであれば、良い材料を集めることの大切さも知って欲しいと常々考えています。悪者さえたたきつぶせばこの世は良くなるという「正義や愛」が、どれぐらいの悪を作り出しているかを想像すると、とても、怖いことだと私は感じています。(余談ですが、私は、「正義や愛」を掲げて寄ってくる人を、ちょっと警戒する癖があります)