日曜日, 7月 3, 2022
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つくば並木中等5年生コンビ全国大会へ 金融経済クイズ「エコノミクス甲子園」

大学入学共通テストを横目に、第16回全国高校生金融経済クイズ選手権「エコノミクス甲子園」茨城大会で優勝した県立並木中等教育学校(つくば市)の5年生コンビが2月の全国大会に向け、1年早い猛勉強に励んでいる。 茨城大会は高校生への金融経済教育の普及のため、筑波銀行(本店・土浦市、生田雅彦頭取)が開催した。県内の高等学校10校から33チーム66人が出場し、並木中教校5年の河合舞音さんと腰塚茉莉子さんのチーム「金木犀」が優勝。2月27日にオンライン開催される全国大会に出場する。 同級チームで1~4位独占 河合さんと腰塚さんは2020年開催の第15回茨城大会にも出場した仲良しコンビ。前回は入賞を逃したが、出場した同校の4年生チームの中で最高点を獲得したという。この大会で2人が所属するハンドボール部の先輩が優勝したことから「来年は私たちも必ず優勝したい」と決意を固めていた。 全国大会に向け、腰塚さんは「茨城予選では早押しで他チームに競り負けていたので、知識を身に付けるだけではなく反応速度も上げていきたい」と話す。河合さんは「4択問題なので知識を詰め込めばなんとなく解答できるのではないかと思っていたが、茨城予選でそれだけでは正解できないと感じた。知識を深めて全国大会に臨み、優勝を目指したい」とへの意気込みを語った。 金融経済の知識でなく、新聞やニュースを元にした時事問題や、より生活に根ざした家庭科など、幅広く「お金」に関する知識が問われる。茨城大会では並木中教校5年生のチームが1位から4位までを独占した。同校社会科の石本由布子教諭が、クイズ形式で楽しみながら勉強することで経済への興味を持つきっかけにしてほしいと大会参加を呼びかけた。今回は原侑生さんと鈴木ヴィセット健太さんが準優勝、関杏純さんと河野由依さんが3位、枝川龍之介さんと渡辺大晃さんが4位に入った。

洛北高(京都)が初優勝 科学の甲子園つくば開催

4年ぶりのつくば開催となった第10回「科学の甲子園全国大会」(科学技術振興機構主催)は21日までに全競技を終了し、京都府立洛北高校が初優勝した。茨城代表、並木中等教育学校(つくば市並木)は入賞ならなかった。 並木中等は入賞ならず 大会には47都道府県の代表校が出場。1、2年生の6~8人から成るチームで、科学に関する知識とその活用能力を駆使してさまざまな課題に挑戦し、総合点を競った。従来4日間の競技日程で行われてきたが、昨年は新型コロナ感染症の影響で中止。今年も開催が危ぶまれたが、日程を3日間に短縮、同市竹園のつくば国際会議場、つくばカピオの両会場では無観客での催行となった。 理科4科目(物理、化学、生物、地学)と数学、情報にまたがる複数分野からの課題をチームワークでこなす。大会2日目の20日は、実技競技が行われたが、最終種目のシャトルウインドカーを製作して往復走行させる競技が午後6時過ぎ、宮城県で震度5強の揺れを観測した地震の揺れで中断。2回目の試技がキャンセルとなって、勝敗の綾となった。 筆記競技、実技競技3種目の得点を合計した総合成績により、洛北高が優勝、渋谷教育学園幕張高(千葉)が2位、浜松北高(静岡)が3位となった。表彰式で洛北高の関子龍君は「集まることも難しく実技の練習など苦しみながら、大会が開催できるのかずっと気懸かりだった。開催してもらえたことに感謝したい。このメンバーで優勝できてうれしい」と喜びを語った。

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斎藤さだむさんのつくばセンタービル地肌空間など 3年ぶり「写真工房」写真展

つくば市を拠点に活動する写真サークル「写真工房」(藤澤宏会長)の「2022写真工房写真展vol.19+(プラス)」が、同市吾妻のつくば市民ギャラリーで開かれている。 顧問を務める同市在住の写真家、斎藤さだむさん(73)が、つくばセンタービル1階改修工事の過程で露わになった地肌空間を撮影した写真15点を展示するなど、会員ら11人が思い思いのテーマで撮影した写真計約110点が展示されている。新型コロナの影響で3年ぶりの開催となった。 写真工房は、同市主催の写真講座に参加した有志が2002年に結成し、20年になる。会員は約15人で、毎月1回例会を開いているほか、年2回撮影会に出掛けるなどしている。 斎藤さんのつくばセンタービル地肌空間は「史(ふみ)のあかし」と題した作品だ。第3セクター「つくばまちなかデザイン」による改修過程で、骨組みの状態に戻ったつくばセンタービルの、曲線を描く天井のコンクリート地肌や、象形文字が記されているのかと見まごう太い円柱の柱の地肌などを撮影している。「地肌空間を行き来し、40年という時間に思いをはせながら撮影した」という。 写真工房の写真展の様子 会員の藤澤裕子さんは、自宅の庭に咲くヒルザキツキミソウの花や、セミの抜け殻、カブトムシの幼虫などを撮影し、写真を重ねたり、反転させたりした作品10点を展示している。「日常見る庭の植物や昆虫を、非日常的な植物や昆虫として作品化した」。

ウクライナのニュース 《くずかごの唄》111

【コラム・奥井登美子】 「毎日、ウクライナのニュースを見ていると、僕はどういうわけか、丸木さんがあのニュースを見て何を言われるか、知りたいと痛切に思うようになってしまった」 「ご夫婦で原発の絵を担いで、世界中を行脚して回っていらしたわね。ウクライナはいらしたのかしら?」 「さあわからない…。2人とも、人類の悲劇を実際に見て、絵にしたんだもの、すごい人だよ。昔、位里さんと俊さんが、2人でうちへ来てくれた日のことも、つい、昨日のように思い出してしまう」 土浦市の奥井薬局の2階で、「丸木位里(いり)・俊(とし)展」をやったことがあった。250人もの人が駆けつけてくれて、盛況だった。お2人は我が家に泊まって、おしゃべりして、家のふすまが白いのを見て、刷毛(はけ)と墨汁(ぼくじゅう)を使って、大きな絵を描いてくださった。 生前葬やったの、覚えている?

臭いやアルコール対策示すも反発の声相次ぐ つくば洞峰公園事業で県の説明会

つくば市二の宮にある茨城県営の都市公園、洞峰公園(約20ヘクタール)で進められるリニューアル計画で、県は2日、同市竹園のつくば国際会議場で説明会を開いた。県と事業者による初の説明会。つくば市から懸念の声が出ていたグランピング施設とバーベキュー(BBQ)施設の臭いやアルコール対策について、県と事業者から対策が示されたが、参加した市民からは「洞峰公園を変える必要はない」など反発の声が相次いだ。つくば市民を中心に約150人が詰めかけ、県の説明に対し、会場からは厳しい反応が相次いだ。 臭いやアルコール対策について、パークPFI事業者「洞峰わくわく創造グループ」代表の長大が計画の一部見直し案を示した。①BBQ施設を当初計画していた冒険広場から、グランピング施設を整備する野球場中央に移す②炭焼きBBQは取り止め、煙が出ないガスグリルに変更する③深夜は管理人がおらず無人になる計画だったが、グランピングエリアの管理棟に24時間、管理人を常駐させる④夜9時以降はサイレントタイムとし騒いでいる人がいたら管理人が対応する⑤グランピング施設の周囲に目隠しとなる木製の柵を設け、景観に配慮する⑥南側駐車場の拡張(127台分)は、駐車台数を減らすことも含め、樹木をなるべく伐採しないよう計画を再検討するーなど。 一方、県は、公園全体が変わってしまうわけではないこと、パークPFI事業によって県が支出している指定管理料を年間6000万円削減でき、年平均8000万円かかる体育館やプールの大規模修繕を計画的に行える見通しが立ことなどを強調した。 収支計画の開示要求に答えず これに対し参加した市民からは、グランピング施設を収益事業の柱と位置付ける計画について、収支計画の開示を要求する意見が複数出された。長大が「民間事業者として、ノウハウも含めて収支計画は出すことができない」と答えると、会場から「これでは市民は計画の妥当性を判断できないではないか」など非難の声が投げかけられた。今回の目的の一つである、老朽化する体育館やプールの改修計画についても、収支計画を公開するよう求める声が出た。これに対し、県が公開時期を明確にできなかったことから、怒声が飛び交った。 絶滅危惧種など希少動植物が生息していることが市民から指摘された問題について県は、市民の意見を踏まえつつ、今後の対応を検討したいと答えるにとどまった。

挫折経験を強みに活躍するチームリーダー 土浦市 池田あゆみさん【ウーマン】3

土浦市田村町在住、池田あゆみさん(42)は、明治安田生命保険(本社・東京)つくば支社土浦南営業部に勤務して8年目の支部マネジャー。チームリーダーとしての仕事に「楽しくてやりがいがある」と笑顔で話す。余裕を感じさせる姿勢は、食いぶちを稼ぐための水商売を振り出しに、幾多の失敗や困難で得た経験によって培われた。 16歳で家出して水商売に 陸上自衛隊の自衛官だった父親の霞ケ浦駐屯地への異動で、小学6年のときに阿見町中央に引っ越してきた。4人きょうだいの末っ子。しつけが厳しく過干渉な母親から逃げたくて、中学3年になるとプチ家出を繰り返すようになった。 「夕方家に帰りたくなくて公園にいることが多かった。お腹が空いて、公園に隣接したコンビニが食べ残しの弁当を裏手の物置に入れるのを見ていたので、こっそり持ち出して食べました。(人の食べ残しに)抵抗はなかった。冬は学校のジャージだけで寒くて辛かった。行く当てはなくて翌朝には家に帰りました」 高校生になっても家は息が詰まり、週末は友だちと土浦の中心街に出かけるのが常だった。当時は駅前通りに大型店の小網屋や西友、丸井があって賑わい、路上でワゴン車に積んだ倒産品などを売る30代の男性、ノリさんと顔なじみになった。 何度もノリさんに「自分で稼いで食べていきたい」と訴え、夏休みが終わる頃、家出してノリさんの住む東京・小岩の高級クラブで働き始めた。クラブを経営していたママはノリさんの知人で、ママが衣装を貸してくれた。年齢は4歳サバを読んで20歳で通した。