土曜日, 1月 23, 2021
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山口絹記

《ことばのおはなし》24 私のおはなし⑬

【コラム・山口絹記】開頭手術は9時から始まった。手術室の前まで見送りに来た母と妻と娘に何か声をかけようとしたが、直後娘が転んで泣き出してしまった。少し迷ったが、娘をあやす妻を見ながら、手を振って手術室へ入った。 こたつのように温かい手術台の上に横たわり、麻酔を投与される。「よろしくおねがいします」と言い終わる前に気を失った。掴めそうなほど濃い闇に包まれる。水の中をとてつもない速さで移動しているように感じた。それでも抵抗はほとんど感じない。まるで自分の身体が流線型になってしまったようだ。気まぐれに差し込むビロードのようなコバルトブルーの光に、やはりここは水の中なのだと確信する。 遠くから、何かが近づいてくるのが見えた。おびただしい量の巨大で直方体の黒い柱がクジラの群れのように通り過ぎていく。私の身体は、音もなく柱の隙間を縫いながら浮上し始めた。水面から飛び出すと同時に眩しさに目を細める。 足元を見ると、妻と母と目があった。なるほど、とりあえず生きているらしい。右手をあげようとしたが動かない。覚悟はしていたことだ。何か、2人を安心させられるようなことばを探した。酸素マスクが邪魔だが話せそうだ。 「…脂っこいラーメンが食べたい」 2人は少し笑ってくれたが、言い終わらないうちに肩から頭にかけて痛みが走った。頭が痛いのは当然だが、肩の痛みもただごとではない。それも、ラーメンどころか12時間は水すら飲めないらしい。

《ことばのおはなし》23 私のおはなし⑫

【コラム・山口絹記】血管造影検査から2日後。 眠気でリハビリに集中できない。夜通し本を音読していたせいで寝不足である。2週間後に開頭手術が決まったことで、私は焦りを感じていた。というのも、手術で命を落とす可能性は低いらしいが、脳の出血している部分を摘出するため、失語や右半身の機能障害が再発する恐れがあるからだ。 明日手術です、と言われれば諦めがつくが、2週間時間があると言われると、いろいろやっておきたいと思ってしまうのが人情というものである。朝食後からノートに色々書いては悶々としていると、母からメールが届いた。「色々と考えておこうと思っているとおもいますが、窓辺で陽の光を浴びながら考えてごらん」。 やっと点滴も外れたため、メールを読み返しながら、病棟の廊下を歩いて日の差し込むベンチに座った。外はきっと寒いのだろうが、ガラス越しの日差しは優しく気持ちよかった。 欲をかけばすべて中途半端になるのは目に見えている。想定する状況は、術後2年間、失語症状と右腕の失行が続くこととしよう。それから、自分の口から今の状況を伝えたいと思う人を選定し、術前にリハビリも兼ねて会って話しておくこと。娘のために、できる限り本の朗読を録音しておくこと。自身のためのリハビリ教材の選定と作成、それを妻に託すこと。 手術は10時間近くかかることがあるというから、その間待ちぼうけになるであろう妻と母のレクリエーションも考えねばなるまい。せっかくだから長めの落語でも録音しようか。こんなときだから古典の「死神」なんてどうだろう。すんなり考えがまとまった。なるほど、陽の光というのは大切らしい。

《ことばのおはなし》22 私のおはなし⑪

【コラム・山口絹記】入院3日目。 病室には相変わらず理学療法士、作業療法士、言語聴覚士が代わる代わる訪れ、バランス感覚を調べたり、普段の生活サイクルや仕事などに関する質問に答えられるかを検査した。右半身が思ったように動かなかったり、前を見ずに横見をすると転んでしまったりといった症状はあったが、一度失語になってから、短期間でここまで話せるようになることは珍しいらしい。 話せると言っても、頭の中では一度英語で考えたことを日本語に翻訳して話しているような感覚が強く、読解力も大幅に低下していた。そもそも読解力とは何かという話だが、私は、文章を読みながら、どれだけの内容を留保できるか、ということだと思っている。 前の文章を踏まえて次の文章を予測、理解するということ。長い文章、例えば論文や小説ならば、前の段落、全体を踏まえながら読み進めなければならない。もっと言えば、今まで読んだあらゆる文章を踏まえて、目の前の文章に対する理解を深められるかが問題なのだ。 どうやら、頭の中でことばを一時的に記憶、処理しておくような能力が著しく衰えているらしく、自分で文章を書いていても、読み返してみると誤字脱字が異常に多い(救急を急救、脱字を肌字と書いていたり、送り仮名や助詞の誤りが極端に多い。単語に関しては2文字の漢字で構成されるものに誤りが多かった。“癲癇”や“鬱”などの漢字が書ける一方で、“肌”、“脳”、“臓”などの同じ部首の漢字に混同が多く見られた)。 午後には、担当医より脳血管造影検査の説明がされた。私の脳内の影の正体を探るため、腕か脚の動脈からカテーテルを入れ、脳の血管を流れる造影剤を撮影して皆で観よう、ということらしい。つまり脳版バリウム検査。シンプルな発想かつ物騒な話である。

《ことばのおはなし》21 私のおはなし⑩

【コラム・山口絹記】何度かの試行錯誤の末、娘と妻の名、短いメッセージを書くことができた。これが、私が書きたかったことばだ。時計を見ると朝の6時半だった。 まだ「あ」から順に五十音を口にすると、何故か、さ行までしか言えないし、2文字以上の漢字からなる単語は書けなかったりと問題は多い。それでも6時間前に比べたら見違えるような改善だ。 目が覚めて、またことばが話せなくなっていたら…。丸暗記でテストに臨む前夜のような不安にかられながら目を閉じると、カーテンが開いて妻が現れた。 (えぇ…こんな早い時間から面会できるの?) 少しでいいから寝たい。しかし、泣き腫らした顔の妻に、「眠い」とは言えない。もう話せるけれど、言えない。すっかり忘れていたが、昨夜の私は脳腫瘍の疑いと診断され、妻はその説明を受けてから帰ったに違いない。 メッセージを書いたメモを見せつつ、ぽつりぽつりと話をした。乳幼児は入室禁止らしく、娘とは会えない、ついでに朝食も出ない、とのこと。残念である。

《ことばのおはなし》20 私のおはなし⑨

【コラム・山口絹記】サイドテーブルに妻の電波時計と、私のメモ帳とペンケースが置かれていた。寝ている間に妻が届けてくれたのだろう。 深夜0時。失語発症から約7時間。文庫本に書かれた文字は全く認識できない。とにかく、今は勉強だ。寝ている場合ではない。 左手人差し指を挟んでいた脈拍測定器を右手に付けかえ、左手で鉛筆を持ち、少し考えて文字を書いた。 “Cogito ergo sum. I think therefore I am.”

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タブレット、PC寄付を つくばの無料塾 発達障害児支援やオンライン授業に

【川端舞】生活困窮世帯の子どもに学習支援を行う「無料塾」を運営するNPO法人「居場所サポートクラブロベ」(つくば市島名)が、不要になったパソコンやタブレット端末の寄付を募っている。発達障害などがある子どもたちに貸し出すほか、今後新設する障害児向け放課後デイサービスでも、パソコンやタブレットを使った学習支援を行う。 現在、無料塾に通っている子どもは3教室併せて小学生から高校生までの85人。そのうち、発達障害や外国人児童など読み書きに難しさを抱える子どもは45名程度いるという。 タブレット教材に集中 無料塾ではタブレットを1台、ノートパソコンを5台保有しており、読み書きが難しい子どもたちのうち、小学生にはタブレットを、中高生にはパソコンを貸し出している。理事長の森美智子さん(54)は「通常の教材だと興味を持てず、すぐに遊んでしまうが、タブレットの教材だと集中力が続く」と話す。 タブレットの台数を増やしたいと思い、民間の助成金事業に応募し、パソコンのみ寄付を受けた。それでも不足するため、一般家庭から寄付を募ることができないかと考えた。パソコンとタブレット、それぞれ10台追加できれば、必要な子どもに貸し出せるという。寄付されたタブレット等には、ゲーム感覚で学べる教材ソフトを入れる予定だ。

《宍塚の里山》73 謎の広場に2匹のタヌキを発見!

【コラム・及川ひろみ】宍塚には不思議な広場がある。雑草がなぎ倒され、ぽっかりと空いた広さ20畳ほどの広場。谷津のくぼ地で、日当たりがよく、周囲は背の高い雑草に覆われ、人が近寄った形跡は全くない。しかも、謎の広場は展望台と呼ばれる高台から丸見え。何のための広場なのか不思議でならなかった。 謎の広場 1月3日の午後3時過ぎ、1匹の丸々と太ったタヌキが広場の隅で寝入る姿があった。日が落ち、寒くなってきたなと思った4時少し前、眠っていたタヌキがやおら起き上がり、広場の縁を歩き始めた。間もなく、草むらから呼び出されたかのように、もう1匹のタヌキが現れた。2匹はしばらくじゃれ合っていた。その後、1匹が近くの穴に入ると、残された1匹も同じ穴に勢いよく飛び込み姿を消した。 2匹は同じような大きさ。番(つがい)のようだ。それにしてもこんな広場、どうやって作ったのだろうか。展望台は五斗蒔谷津(ごとまきやつ)と呼ばれる宍塚大池の南側の先端にあり、散策路から少し入ったところ。ここは谷津が広く見下ろせる見晴らし抜群なことから、野鳥観察のポイント。これまで何度となく訪れた所だが、これまで広場が作られたことはなかった。 それにしても、この広場は日当たりがよく、北側は小高く、北風が遮られ、昼寝には気持ちよさそうなところ。宍塚にはタヌキの成獣を襲う動物がいないからか、その無防備さにちょっと驚く。この時期のタヌキは、疥癬(かいせん、皮膚病)に侵され、やせ細るものも多いが、今回見た2匹のタヌキはとも丸々と太り、色つやもよく元気そうだった。 アライグマ、ハクビシン、キツネもいる

コロナ禍 学生4000人が行列 筑波大が食料20トンを無料配布

【山口和紀】筑波大学(つくば市天王台)は22日、学生に食料の無料配布を実施した。地元企業などから約20トンの支援物資が集まり、学生約4000人が列をつくった。一方、想定を大幅に超える学生が集まったことから4時間以上並んだ学生もおり、午後4時ごろには物資が底をついた。 学生生活課の担当職員は「自粛期間に入ってから、こんなに多くの学生を見たのは初めて。午後2時時点で1000人が受け取ったが、今3000人ほどの列ができている」と語った。当初、受け取りにくる学生は「200人から1000人ほど」と考えていたという。 7割が「アルバイト減った」 同大では新型コロナ第3波が到来した昨年12月半ば、生活への影響について学生にアンケート調査を実施した。回答があった学生の7割が「アルバイトが減った」と答えた。 こうした状況を受け学生を支援しようと、今月5日から、教職員のほか、JAやロータリークラブなどの地元企業や卒業生などに支援を呼び掛けた。わずか3日間ほどで地元企業や卒業生が経営する企業などから20トン近い食料が届いた。 コメ7トン、カップ麺2万4000食、レトルトカレー2000食、缶詰2300個、チョコ菓子1万6000個、飲料水1万1000本、キャベツ・ハクサイ各500個、卵1200パックなどだ。

既存校の努力評価を 県議会 筑波高が「魅力ある高校づくり」 

【山崎実】県議会の論戦で、魅力ある高校づくりが取り上げられ、現実的課題解決に取り組む努力に対する評価を求める声が上がっている。 県立筑波高校(つくば市北条)の支援策に、県は「学校支援プロジェクト」を立ち上げ、大学進学のための指導を強化するため、進学対応コースを編成した。今年度は総合選抜で国立大学への合格者が出ているという。 さらに現在の高校2年生からは進学対応コースをアカデミックコースの文系と理系に変更し、個人の学力に応じたきめ細かな対応に努めていくとしている。 また、地域の「人財」として社会性を育むため、学校が独自に「つくばね学」を設け、筑波山麓の製麺所などで1年間にわたる実習を行い「人間力」の向上にチャレンジしている。 2018年度には、筑波学院大学と協定を締結し、「地域デザイン」や「ビジネスマネジメント」など大学で学んだ内容を高校の単位に認定するなど、「高大連携」にも積極的に取り組んでいる。 今後は、「学校と一体となって地域との連携・協働体制の充実に向け、コミュニティ・スクールに導入などについて検討し、地域の声をこれまで以上に反映できる体制づくりに努めていく」(県教育庁)と答弁している。