日曜日, 11月 27, 2022
ホーム コラム 山口絹記

山口絹記

こどもと一緒に本を読むということ③ 《ことばのおはなし》46

【コラム・山口絹記】娘とふたりで山を登っていた時のことだ。娘に昔のことを聞かれ、「うーん、なんだっけ。思い出せないな」と答えると、「パパは何か望みをかなえちゃったのかもしれないね」と言われてハッとしたことがある。 この、「何か望むものを得た代わりに、大切な記憶を失くす」という設定は、ミヒャエル・エンデの『はてしない物語』で主人公のバスチアンが体験するものなのだ。 娘と私の会話には、一緒に読んだ物語の登場人物がたびたび現れる。彼らは私たちにとって、よく知る共通の知り合いや友人のようなものなのだ。 そして彼らが会話に登場するたびに、私と娘の間で彼ら自身やその背景にある物語に対する印象が大きく異なっていることに驚かされる。 ひとつの物語でも、それを受け取った人によって抱く感情や印象が異なるのは、なぜなのだろう。質量のないことばが、私たち一人ひとりに届いたとき、それぞれに違った影響を与えるというのは、当然のことのようで、とても不思議な現象ではないだろうか。 私にもたれかかりながら、私の読む物語に耳を傾ける娘の身体からは、自然と感情が伝わってくる。緊張してこわばったり、笑ったり、身体が熱くなったり。私が気にもとめなかった場面に喜んだり、悲しんだり。私はそんな娘の変化にいちいち驚きながら本を読む。

こどもと一緒に本を読むということ② 《ことばのおはなし》45

【コラム・山口絹記】一緒に本を読む、というのは不思議な行為で、即興演奏のようなところがある。基本は私が朗読しているわけだが、娘も慣れたもので文章の途中でも平気で飛び込んでくるのだ。 7年も一緒に本を読んでいれば、なんとなくお互いの呼吸がわかるものだ。「つまりこういうことだよね」と、娘の解釈&要約が始まれば、「パパはこう思うんだけども」と議論になる。話が終われば、何事もなかったかのように朗読に戻るのだが、先ほどの会話も踏まえた適切な位置から文章を継ぎはぎして、なおかつ議論の要約や確認を織り交ぜながら再開する。 「さぁ、読み始めようか」といった掛け声はいらない。2人の会話と物語は地続きで、現実の世界に物語があるとも言えるし、物語の中に2人がいるとも言える。シームレスにつながっているのだ。 もちろん、読んでいて「あー、コレは理解できてないだろうな」という瞬間もたびたび訪れる。しかし、娘も一時的にわからないことには慣れているので、そうそう待ったはかけない。娘の中でも、話の途中でいちいち止めていたらきりがない、という一線があるようなのだ。とはいえ、何度も同じ単語が出てくれば諦めて聞いてくる。 例えば、「猫又(ねこまた)って何?」と聞かれれば、私も「あぁ、猫って長生きすると妖(あやかし)になるんだよ。実家で一緒に暮らしてた猫も20年くらい生きていなくなっちゃったから、たぶん妖になってどこかで暮らしてるんだろぁなぁ。パパが通っていた大学の近くで、昔、猫又が集まって踊ってたって場所もあったよ」といった感じで説明をする。 「忠臣蔵って何?」と聞かれれば、その日のお風呂は忠臣蔵談義になり、孫悟空がわからなければ「じゃあ『西遊記』読んでみようか」というおはなしになるのだ。

こどもと一緒に本を読むということ 《ことばのおはなし》44

【コラム・山口絹記】娘と一緒に本を読むようになって、かれこれ7年近くになる。ゼロ歳の頃から読み聞かせを始めて、一体何冊読んだだろうか。我が家には娘の本が200~300冊あるのだが、図書館からも2週間ごとに20冊借りている。本によっては同じものを何百回と読み返すから、単純に何冊という話でもなさそうだ。 こう書くと、育児や教育に熱心という印象を抱かれそうだが、私はお世辞にも良い父親ではない。娘に「公園に行こうよ」と言われても、「えー、ヤダ!」なんて言う親だ。私は出不精だけど本ならいくらでも読んでくれる、ということを、2歳の頃には娘なりに認識し、本の束を抱えて私のところに持ってくるようになった、というだけのおはなしだ。 7年間。ずいぶんと、いろいろなことがあった。 母親がいないと常に泣いていた娘が、いつしか『くつしたくん』や『バスなのね』を読めば泣き止むようになった。上野公園で買ってもらった『よるくま』のぬいぐるみとはいつも一緒だったし、『あいうえお でんしゃ じてん』は一緒に暗記するまで読み込んだ。 『くまたくんシリーズ』や『リサとガスパールシリーズ』は私が好きで一人で読んでしまい、娘に見つかってよく怒られた。私が脳内出血で失語になったときは、娘が『だいすき ぎゅっ ぎゅっ』を代わりに読み聞かせてくれた。

事故物件でもかまわない 《ことばのおはなし》43

【コラム・山口 絹記】よく、「事故物件」という単語を耳にする。 前居住者が亡くなった物件には安く住めるらしいが、私は実際にそういった賃貸情報を目にしたことがない。この事故物件という用語は定義が少し曖昧らしく、科学的根拠がなくとも場合によっては該当してしまうらしいのだ。興味深い単語である。 個人的には、そこで過去に凄惨(せいさん)な事件が起こって今も地元で有名であるとか、テレビ画面から時折人が出てくるため視聴に著しい問題があるとか、夜ごと枕もとで落ち武者が金打(かねうち)していてうるさく眠れないとかでなければ、私は気にしない。 私は特に信心深いわけでもなく、どちらかと言うと「信心浅い」のだが、自宅に霊や妖(あやかし)が出るとて、今はもう気にすることはないと思っている。 夜中にトイレに行くのを怖がる娘にも、「賃貸だし、本質的に私の所有物ではないから、邪魔でなければ許してあげなさい」と言い聞かせている。夏は暑く冬は寒いし、なにぶん狭い家だが、それでもよろしければ、といったところ。 おはなしがだいぶ脇道にそれてしまった。

真夜中の高速を走る 《ことばのおはなし》42

【コラム・山口絹記】これは、昨年、真夜中の東北自動車道での出来事。 この日、私は、大学時代の同期2人と、自分の娘を車にのせ、4人で岩手山のふもとを目指していた。岩手山を登ろうというわけではない。世の中も少し落ち着いてきたということで、そこに住む旧友を訪ねようという、かねてからの計画を実行に移したのだ。 同行したのは、大学の経済学部非常勤講師とプログラマー兼フリージャズドラマー。向かう先に待っているのは、元パン屋さんで現役大工さんという、共通項といえば、今でも変わらず好きなことをやって生きているくらいの面々だ。 興奮のせいか、なかなか寝付かない娘もようやく寝静まった深夜3時ごろ。後部座席からも豪快ないびきが聞こえるので、ミラーに目をやると、講師の彼のほうは静かに景色を眺めている。 「あら、起きてたの?」 「いや、山口くんひとりじゃ寂しいかと思って」

外国語を学ぶコツ⑦ 《ことばのおはなし》41

【コラム・山口 絹記】外国語学習について、約半年間。やや長い連載になった。ここで書いた内容が少しでも誰かの役に立てていたら幸いである。 最後に、せっかくこういった場で語学学習について書く機会を得たのだから、純粋な営利目的ではなかなか書けないことについて書いて終わりにしようと思う。 最後の最後にこのようなことを書くのも気が引けるが、英語を習得する『利益』があるのか、ということについてだ。これに関してはいくつかの仮定を想定しなくてはならないだろう。 まずあなたが、義務教育や高等教育課程の途中ならば、悪いことは言わないから励んでおいた方がよい。ここでサボったツケは大きく、後で取り返すのは至難だ。もっと言えば、自分にとって必要になる瞬間というのは、学んでいた者にしかわからないことだってあるのだ。 問題は、学校教育を終えてから、自発的に英語を学ぶ場合である。例えば「英語ができると仕事に役に立つかも」というような漠然とした目的で学ぶ場合だ。 正直、厳しいと思う。無理やりやらされている者が、好きでやっている者にかなうことはまれだ。もしも他に身に着けたいと思っていることがあるのならば、素直にそちらに力を注いだ方が、毎日が豊かになるのではないだろうか。

外国語を学ぶコツ⑥ 《ことばのおはなし》40

【コラム・山口絹記】「ところで、前回予告した通り、今回は発話における言語的な正しさ、なんてものについて話すていくンですが。まずはぢめに、あんた、この記事読んでンじゃん、今。それ、日本語を使用すること、可能ってことっしょ。ま、ネイティブなンだから全然すごいもなーんともないですネ」 コラム記事としては不適切な文章を書いてみたのだが、いかがだろう。国語学や日本語学の知識を動員するまでもない。おかしな日本語だ。文法的におかしい、語彙(ごい)の使い方が誤っている。TPOを考慮すればありえない言葉遣いだ。しかし、大まかな意味と意図は伝わってしまっているのではないだろうか。 さて、前置きが長くなったが本題に入る。 私を含めた多くの言語学習者にとって、正しい文法、正しい発音、というあいまいな概念は、発話する勇気をそぐ大きな要因になっている。しかし、上にも書いた通り、かなりおかしな言葉遣いでも相手に大まかな意味と意図を伝えるのには十分であることが多い。 今回の連載における目標はあくまで英語の上達だ。だからあえて言い切ろう。言語における「正しさ」という基準がもしも存在するとしたら、それは唯一「意図が伝わるかどうか」だけだ。 念のため断っておくが、「意味」が伝われば何でもよい、ということではない。先に書いた「意図」には、表面上の「意味」だけでなく、仲良くなりたい、理解しあいたい、などの意思も含まれるととらえていただきたい。

外国語を学ぶコツ⑤ 《ことばのおはなし》39

【コラム・山口 絹記】前回までの4回にわたる記事で、外国語を学ぶコツについて書いてきたわけだが、実のところ、誰にでも共通してやるべきことはもう他にはないと思っている。つまり、語彙(ごい)やまとまった文章、表現を徹底的に覚えること、そしてそれを実際に会話の中や文章を書くときに使っていくこと。方法論としてはいろいろな手法があるのだろうが、本質的には「覚えて使う」「使って身につける」。これ以上でも以下でもない。 そう。こんなことは、この記事を今読んでいるあなたもわかっていると思う。わかっているし、学習しているのに話せない。だから困っている。違うだろうか? ここから先は、メンタリティー、マインド、気の持ちよう、気合い、何でもよいのだが、心の問題になるだろう。つまり精神論だ。私は抽象的な精神論があまり好きではないので、できる限り具体的、実際的におはなしを進めよう。 よく映画で、拳銃を目の前に置かれた主人公が「撃ってみろ」と言われても引き金を引けない、というシーンがある。話せない、声が出ない、というのは、実際のところアレとほとんど同じだ。自分が引き金を引けば、銃弾が飛び出し、相手を殺してしまうかもしれない。拳銃を手に取った時点で襲われるかもしれない。そう考えると、普通は怖くて撃てない。 何を大げさな、と言われるかもしれないが、質量のないことばだって急所に当たれば人は死ぬ。必死に放った自分のことばが相手に届かなければ、首を傾げられたり、笑われたりすれば、自分の心が傷つく。それを想像しただけで怖くなる。だから、ノドがグッと締まって声が出ないのだ。

外国語を学ぶコツ④ 《ことばのおはなし》38

【コラム・山口絹記】 「英会話スクールって、どうなんですか?」。周囲からこんな質問を受けることがある。漠然と訊(き)かれても困ってしまうのだが、すでにある程度英語を話すことができるのであれば、発音や語彙(ごい)表現力の向上には役に立つというのが私の意見だ。少なくとも、0から1を作るには効率の悪い場だ。 また、普段から英語で話す機会があっても、友人知人から会話表現の不自然な部分をいちいち訂正されることもあまりないので、講師と生徒という関係、レッスンという形には意義があるだろう。 実際に会話の中で「困る」という体験を繰り返すことで、今の自分に何が足りないかを効率よく知ることもできる。 私も2年ほど、毎日25分のオンラインレッスンを受けていた時期がある。英会話のレッスンといっても、英語で書いた論文の文章チェックをしてもらいながら議論したり、退官した哲学の教授に英語で講義をしてもらったりといった活用方法だった。 要は、英語で英語を教えてもらうだけではもったいないということだ。必要なこと、興味のあることを、英語を使って学んでしまえば一石二鳥である。

外国語を学ぶコツ③ 《ことばのおはなし》37

【コラム・山口絹記】「あいつのこと、好きなの?」というセリフがあったとする。特に違和感はない。しかし「トマトのこと、好きなの?」とは言わないだろう。 理由を説明できるだろうか? 説明できなくてもよいのだ。経験上おかしいと感じられるのが多くの日本人の言語感覚であり、これこそが大量の文章を丸暗記する価値だ。 今回は、語彙(ごい)力をつけるための、次のステップについて述べていこうと思う。 あなたが仮に「鯔」という漢字が読めなくても、魚だろうと推測ができるように、英語にも知らない単語を推測する手がかりが存在する。 それは、ラテン語由来の接頭辞+語幹+接尾辞で構成される「語源」というものだ。英単語は日本語訳で多くの意味を持つことが多い。詳しい解説は割愛するが、これは英語がラテン語、ギリシャ語を語源とする語が数多く存在することによるものだ。 例えばastronaut「宇宙飛行士」、astronomy「天文学」、disaster「天災」。これらはast(e)r-「星」という語幹によるものである。

外国語を学ぶコツ② 《ことばのおはなし》36

【コラム・山口絹記】英語の習得に必要なものとは何か。私はこう考える。必要性+緊急性。あるいは(他者からは理解されない類の)情熱。この記事を読んでいるあなたは、誠に残念なことに、今のところ両者を持ち合わせていない可能性が非常に高い。 現実問題として我々日本に暮らす日本人は、今のところ英語ができなくとも不自由なく生きていける。おそらく「英語ができる」というのは、「ギターが弾ける」とか「料理がうまい」程度の価値なのではないだろうか。いや、もっと低いかもしれない。 それでもせっかく読んでいただくのだから、私としては後者の“情熱”というものに、かすかな明かりをつけられるような記事を書いていきたいと考えている。お付き合いいただければ幸いだ。 4つの目標を設定 まずは目標設定をしてみよう。高すぎる目標では、やる気にならないので、こういうのはいかがだろうか。 ①大まかなストーリーを知っている小説などをほぼ理解できる程度

外国語を学ぶコツ① 《ことばのおはなし》35

【コラム・山口絹記】今年になってから、本格的にドイツ語の学習を始めた。言語学を学んでいると言うと、様々な言語に明るいと思われがちだが、言語学というのは母語以外の言語を学ぶ学問ではない。私もある程度扱えるのは母語である日本語と英語、米語のみで、辞書があればある程度スペイン語を読み書き発音できる程度だ。 「またどうしてドイツ語を?」と訊かれるのだが、残念ながら自分でも理由をうまく説明できない。親の影響で小さいころから目や耳にすることが多かったから。大好きな本を原書で読みたいから。本当は学んでみたかったのに、第2外国語の履修でスペイン語に逃げたから。一度は逃げたのに何度も何度も目の前にきっかけが現れるから。 詳しく書き始めると自分語りの連載になってしまうので今は避けることにするが、私の中でwant(欲求)がwill(強い意思)になり、いつしかbe going to(決定された未来)になっていくには、多くの欲求と、やってもないのに諦めた経験が必要ということがここ数年わかってきた。経験上、もう逃げるべきでないことがわかってしまう。 こうして始めた何かは、いつか自分自身の核なるものに近づく一つの要素になっていく。 心を無にして徹底的に丸暗記

Most Read

ふるさと納税の顛末記 ① 《文京町便り》10

【コラム・原田博夫】年末になると、ふるさと納税でソワソワするお宅もあるかも知れない。魅力的な返礼品をめぐる話題である。しかし、これは、制度導入の経緯からすると、妙な話である。今回は、その顛末(てんまつ)を取り上げたい。 そもそも、高校まで地方圏で教育を受けた若者の相当数が、大学入学や会社就職で都会に出て、その後の社会人生活や結婚後もそこで過ごすのは、20世紀後半の日本社会では(都市部と農村地域の間で教育や就業のチャンスに濃淡がある以上)当然だった。 この若者には財政の観点からは、高校卒業までは地元自治体の教育支出が投入されていた。勤務先の企業は、法人税(国税)および法人住民税を(企業の所在地へ)納めている。会社員としては、給与・報酬から所得税(国税)と個人住民税を(居住地の県・市町村へ)納めている。この会社員も企業も、当該年度に関しては立派な納税者である。 しかし、この会社員を高校時代まで成育させた出身地では、この財政収支の流れはやや釈然としない。少なくとも、地方出身者の高校卒業までに投じた財政資金のある部分は、出身の市町村・県に戻してもらいたい。とりわけ、都市部に出た地方出身者が地元に残った同世代よりも高所得者になっている場合には、そうした矛盾を感じる。 故郷へ還元できる制度はないか? 地方交付税制度は、こうした気分を一部解消する制度でもある。主要な国税5税(所得税・法人税・酒税・消費税・地方法人税)の一部(3割強)を地方の固有財源とみなして、全国の地方自治体を対象に、一定の意基準に従って(地方自治体ごとに基準財政需要額と基準財政収入額を算定し、前者が後者を上回っている場合はその差額を財源不足とみて)財源保障のために一般財源として配分する、という制度である(うち、94%は普通交付税、6%は特別交付税)。

ウクライナ避難民支援募金を大使館に寄付 日本つくば国際語学院

学校法人つくば文化学院(東郷治久理事長)が運営する日本語学校「日本つくば国際語学院」(同市松代)が、4月からつくば市内で呼び掛けていたウクライナ避難民支援募金(4月13日付)が9月末までに計24万5000円集まり、10月26日、東京都港区の駐日ウクライナ大使館に寄付した。 募金箱はグループ企業のサンスイグループ(東郷理事長)が運営する市内計8カ所に設置した。当初6月末までの予定だったが延長し、9月末まで寄付を募った。 8カ所は同校のほか、つくばグランドホテル(同市筑波)▽つくばわんわんランド(同市沼田)▽つくば国際ペット専門学校(同市沼田)▽つくば山水亭(同市松代)▽つくば山水亭別亭(同市吾妻、ホテル日航つくば2階)▽KEY’S CAFE(キーズカフェ)ララガーデンつくば店(同市小野崎、10月16日閉店)▽ミスタードーナッツ イーアスつくばショップ(同市研究学園)。特にKEY’S CAFEとつくば国際ペット専門学校に設置した募金箱には多くの寄付が集まったという。 今回の募金活動は「ウクライナ避難民の支援はまず日本語学校から手を挙げてやるべきではないか」という東郷理事長の言葉がきっかけとなった。寄付金を受け取ったウクライナ大使館の担当者からは感謝の言葉が述べられたという。 同校の森山英熙本部長は「みなさんに関心を持って寄付をしていただき、本当に感謝しています。寄付金が避難民の方々のお役に少しでも立てれば」と話し、「これからもウクライナ避難民で日本語を学びたいという人がいたら積極的に受け入れていきたい」と語る。

百年亭再生プロジェクトが進行中 《宍塚の里山》95

【コラム・佐々木哲美】宍塚の自然と歴史の会では、2019年7月に里山に隣接した築100年以上の住宅を購入し、「百年亭」と名付け、修復作業に取り組んでいます。その資金集めに、クラウドファンディング(CF)を使いました。期間は9月5日~10月21日、目標額は300万円としました。 建物の完成には800万円程度が必要ですが、CFに並行して、助成金申込みや様々な手法で、宍塚の里山の重要性を伝えながら資金を集めます。 CFの結果、223名の方から317万5000円の寄付をいただき、目標を達成することができました。どんな方から寄付があったかまとめたところ、会員から27%、非会員から73%と、非会員の寄付が多くを占めました。居住地別では、つくば市32%、土浦市15%など、県内で62%を占めました。 県外では東京都が14%と多く、関東全体では28%を占め、関東以外は9%でした。宍塚から離れると人数は減少しますが、県外からの寄付者が全体の37%にもなり、宍塚の里山保全への支持が全国に広がったことを示しています。 寄付額は1万円が119名(59%)と最も多く、次いで5000円が65名(29%)と続きます。10万円という高額寄付者が4名もいました。今回の成功のカギは、もちろん、寄付していただいた方、知人・友人に働きかけていただいた方、プロジェクトメンバーの努力ですが、ホームページ(HP)の役割も少なくありません。仲介業者READYFORの方々の親身なサポートもありました。 百年亭の創建年と大工名が判明

空気汚染の健康被害を知ってほしい 市民科学者、故 津谷裕子さんの著書を公開

有害化学物質による空気汚染の被害者で、2021年2月に92歳で死去した土浦市の市民科学者、津谷裕子さんが、化学物質による健康被害について知ってほしいと09年に執筆した著書「絵でとく健康への環境対策ープラスチックからの新しいVOC空気汚染」(A5判、98ページ、社会評論社)が、「忘れるな 杉並病・寝屋川病~プラスチックリサイクルで生活を奪われないために」と題したウェブサイト内でこのほど全面公開された。 公開したのは東京都千代田区の市民団体「化学物質による環境汚染を考える会」代表の森上展安さんだ。森上さんは1990年代後半、当時住んでいた東京都杉並区で津谷さんと共に、プラスチックなどの不燃ごみ圧縮・詰め替え施設で健康被害を受けた周辺住民の実態調査や原因究明に取り組んだ。「杉並病」と呼ばれた健康被害だ。 公開された著書は、アレルギーやアトピーなどの患者が増える中、身の回りのさまざまなところから、これまで無かった、ごく微量の揮発性有機化合物(VOC)が発生し、新たな空気汚染が広がっている実態を知ってほしいと執筆された。 東京都杉並区の施設周辺住民の健康被害の調査結果や、プラスチックごみの圧縮や詰め替えで揮発性化学物質がなぜ発生するかをまとめている。その上で「プラスチックは不完全な加熱や機械的処理では、多種類で多様のVOCが発生し、毒性がごく強いものに変質することもある」などと指摘し、今日推進されているプラスチックのリサイクルについても疑問を投げ掛けている。 予防、救済、解明へ