【鈴木宏子】霞ケ浦(西浦)のアサザ群落が今年、消滅してしまったことが分かった。1990年代に10カ所あった群落のうち、最後に残った行方市富田湖岸の群落が消えたことが、認定NPO法人アサザ基金(牛久市、飯島博代表)が8月に実施した調査で確認された。
アサザは水面に黄色い花を咲かせる水草で、準絶滅危惧種。霞ケ浦は北浦と併せて日本最大の生育地だった。例年なら6月ごろ開花し、8月から9月までのほぼ2カ月間満開となって群落一面にかれんな黄色い花を咲かせる。北浦は現在1カ所だけ群落が残っている。
1996年には霞ケ浦で10カ所の群落が確認されていた。2000年には4カ所に減少、その後一時的に回復したが再び減少し、昨年は行方市湖岸の群落が唯一残った。
特に最後の生育地、行方市湖岸の群落は、めしべとおしべの長さが異なる花のタイプがあって、全国で唯一、種子をつくることができる2タイプの遺伝子がある貴重な群落だったという。
「原因は水位操作」
消滅の原因について、アサザ基金の飯島代表は、水資源を確保するため国交省霞ケ浦河川事務所が実施している水位を上昇させる操作だと指摘する。水位操作は1996年から実施され、その後アサザ群落は徐々に減少、2000年には群落が4カ所のみに減った。2000~03年の3年間、国交省は水位操作を中断、その間アサザは回復したが、再び水位を上げ、アサザ群落は再び減り始めたという。
水位が上昇したことで湖岸に寄せる打ち返しの波が強くなり湖岸の植生帯がすでに削られてしまったこと、もともと自然のサイクルは、春先に水位が低くなってアサザが陸上で芽を出し、水位が上昇する夏場に水中で枝を広げるが、自然サイクルと異なる水位操作によりアサザが成長できなくなったためとみられているという。
こうした中、アサザ基金は1995年から、流域の小中学校や市民団体、企業、農林水産業者などに呼び掛け、アサザの苗を学校の池やバケツなどで育て、湖に返すプロジェクトなどを展開、これまで延べ20万人以上が関わってきた。
飯島代表は「水位操作は60年以上前に作られた計画にもとづくもの。その後人口は予想より増えず、産業構造の変化などによる水余りが生じており、水位を上げる必要はない。アサザが絶滅することが分かっていながら水利権が設定されているために水位を上昇させている」と指摘。「国は霞ケ浦の自然環境を保全する意識が希薄で、責任は重大。最大の水利権者である県の責任も問われる」と強調する。
その上で「諦めずに水位操作の見直しを国に求め続けたい。国が水位操作を見直した時には、保存しているアサザの株を再び湖に戻せるようにしたい」と話す。