【ノベル・伊東葎花】
ずっとずっと未来の話です。
「定年退職したら、旅行でもしようか」
「いいわね。宇宙旅行がいいわ。私、行きたい星があるの」
「うーん、宇宙か。この前、宇宙船がブラックホールに吸い込まれる事件があったな」
「あんなのまれよ。100年に1回の大惨事だわ」
「それもそうだな。地球にいても危険なことはあるしな」
「そうよ。この前、宇宙生物にかまれて入院した人がいたわ」
「簡単にペットを捨てる時代だからな」
「ねえ、いっそどこかの星に移住しない? 地球は暑すぎるわ」
「それもいいな。人工じゃなくて、本物の海がある星がいいな」
「高いわよ。退職金、たくさん出るの?」
「そりゃあ出るだろう。98年も働いているんだぞ」
「昔は定年が60歳だって聞いたけど、早いわよね。残りの100年、どうやって過ごしたのかしら」
「寿命が違うだろう。そのころは100年生きれば長寿って言われた時代だ」
「100歳なんて、働き盛りよね」
「おっと、ボスから呼び出しだ。出かけてくる」
「気を付けてね。スカイハイウエイ、事故渋滞みたいよ」
「AIの誤作動によるあおり運転だろう。迷惑なことだ」
「行ってらっしゃい」
*
「ボス、お呼びですか?」
「ああ、君、すまんが来月からポンコツ星の工場に出向してくれんか」
「え? 私、もうすぐ定年ですが」
「それなんだが、定年を120歳から130歳に引き上げることにした」
「えええ~」
「政府からの要請だ。人生150年と言われて久しいが、今や160歳、170歳はザラにいる。どうせなら働いて、税金を納めてもらおうというわけだ」
*
「ええ! ポンコツ星に単身赴任?」
「そうなんだ。家族は連れていけないんだ。体制が整ってないらしい」
「わかったわ。寂しいけど待ってる」
「10年もすれば帰れるさ」
「10年後か。まあ、そのぶん退職金も増えるし、定年後の計画を考えておくわね」
「うん。よろしく頼むよ」
〈10年後〉
「ただいま。単身赴任がやっと終わった」
「あなた、おかえりなさい」
「ようやく定年だ。旅行の計画を立てよう」
「それがね、あなたがポンコツ星に行っている間に法律が変わってね、定年制度が無くなったのよ。生きている間はずっと働くことになったのよ」
「そ、そんな! じゃあ、退職金はどうなるんだ」
「あなたが死んだ後に出るらしいわ。遺族がいない場合は国の物になるらしいの。だから私あなたより10年以上は長生きするわ。アンチエイジングジムと、若さを保つサプリメント。元気で長生きして、絶対に宇宙旅行に行くわ」
死ぬまで働きたくは…ない。
(作家)