【コラム・原田博夫】昨年10月から政権の座にある石破首相は、今年元日、年頭所感を初めて発出した。そこには、複数の歴代首相の名前と主要な政策テーマが言及されていた。石橋湛山の施政方針演説、田中角栄の「日本列島改造論」、大平正芳の「田園都市構想」、竹下登の「ふるさと創生」などである。要するに、こうした歴代政権の施策の方向性を引き継ぐ、という意図の表明である。
もちろん、それ以外にも、資源エネルギー問題、AI(人工知能)、DX(デジタル・トランスフォーメーション)、GX(グリーン・トランスフォーメーション)や、災害対策のレベルアップ、地域のバランス・オブ・パワーを踏まえた安全保障政策のブラッシュアップなどにも、記者との質疑応答などの場で言及している。
こうした政策体系をより明確に表明しているのが、施政方針演説(1月24日)である。石破首相は「国づくりの基本軸」の箇所で、近代以降の日本が目指してきた課題を、明治時代は「強い日本」、戦後は「豊かな日本」と総括し、これからは「楽しい日本」を目指す、と言明した。しかもこの発想とワーデフィング(言葉遣い)は、故・堺屋太一氏の最後の著書『三度目の日本:幕末、敗戦、平成を超えて』(祥伝社新書、2019年4月刊)に由来することも、明らかにしている。
「楽しい日本」?
しかし、この「楽しい日本」を目指すという施政方針には、私だけでなく大方の国民は、相当な違和感を持ったのではないか。現代日本の社会の停滞、経済の不振、政治の混迷に困惑している大方の国民は、とても同調できないのではないか。石破首相の意図と政策の方向性を最大限に忖度(そんたく)しても、このワーディング(言葉遣い)はいただけない。せめて、「日本のウェルビーイングを引き上げる」とでも表明してほしかった。
コラム34(2014年11月24日掲載)で紹介した拙編著「Social Well-Being, Development, and Multiple Modernities in Asia 」(Springer Nature Singapore社、2024年10月刊)を出したことでもあり、ウェルビーイングという用語を活用してほしかった。衆院予算委員会(委員長は立憲民主党の安住淳氏)での質疑応答では、丁寧な石破構文で煙に巻きながら進行している感のある石破首相だが、事前にワーディングに関して相談でもあればアドバイスもできたのに、と思うばかりである。(専修大学名誉教授)