木曜日, 6月 4, 2026
ホームつくば元イスラエル兵ネフセタイさん つくばで平和への思い講演へ

元イスラエル兵ネフセタイさん つくばで平和への思い講演へ

7月7日 尾崎秀子さん企画

イスラエル出身で埼玉県在住のダニー・ネフセタイさんが平和への思いを語る講演会「争いの絶えない国から来た私が今、日本で言えること」が7月7日、つくば市高野、市民ホールとよさとで開かれる。つくばの市民団体「平和を願う市民の集い」(尾崎秀子代表)が主催する。

3年間空軍に所属

ネフセタイさんは1957年生まれの木製家具作家。高校を卒業後、徴兵制でイスラエル空軍に入り、3年間兵役を務めた。退役後、バックパッカーとしてアジア諸国を放浪し79年に日本を訪れた。以来45年間日本で生活している。88年に都内から埼玉県に引っ越し、家具を製造する木工房ナガリ家を立ち上げ、注文家具や遊具、小物などの創作に従事している。平和のための講演活動も行い、2016年にはイスラエルの社会通念を批判した「国のために死ぬのはすばらしい?」(高文研)を出版、昨年12月には「イスラエル軍元兵士が語る非戦論 」(集英社新書)を出している。

講演に感銘

講演会を主催する「市民の集い」代表の尾崎さん(75)は、平和を願う思いから、市内で22年よりウクライナ出身のカテリーナさんによる民族楽器バンドゥーラのコンサートを開催してきた(23年7月11日付)。昨年7月にはノバホール(同市吾妻)でコンサートを開き約570人が来場した。今年3月、尾崎さんは前橋市で開かれたネフセタイさんの講演会を訪れて感銘を受け、つくばでも講演会を実施したいと企画。ネフセタイさん宅を訪れて依頼し、実現した。

「戦争が起こるとしたら絶対に反対しよう」

尾崎さんは1948年大阪生まれ。大阪府立大学を卒業後、塗料会社の研究所に勤務した。84年につくば市に移り住み、2000年まで市内の研究所に勤務。その後秋田県に住み、15年に再びつくばに戻った。つくば市では中央図書館協議会委員を12年務めるほか、「絵と歌と語りの集い」開催や「つくば自然農を学ぶ会」を立ち上げるなど市民活動にまい進する。

直接戦争を知らないが、両親や兄、姉から、大阪大空襲や学童疎開での苦労についてよく聞かされていたと話す尾崎さん。「小さい頃から『そんなに大変な思いをしたのになぜ戦争を止められなかったのか』と親に聞くと、親は苦い顔で『仕方なかったんや、止められなかったんや』と。父は町内会の会長で出征兵士を見送っていた側。辛い思いがあったと思う。自分は戦争が起こるとしたら絶対に反対しようと思って生きてきた」と語る。

「戦争で人を傷つける時、相手は自分と同じ人間だという意識がかき消されている。それが戦争というもので、ダニーさんは、誰の命も大切で、尊重される人権があると教える教育が必要だと訴えている。お金や権力より、人の命が一番大切なもの。生きていく上で何を一番大事にして暮らしていくか、考えるきっかけになれば」と話し、来場を呼びかける。(田中めぐみ)

◆ダニー・ネフセタイさん講演会「子ども達へ残そう 悲しみのない未来を~争いの絶えない国から来た私が今、日本で言えること」は7月7日(日)午後1時30分開場、午後2時開演。会場はつくば市高野1197-20 市民ホールとよさと。入場無料。定員250人。当日は寄付を募り、集まった寄付金を国境なき医師団と日本ユニセフ協会に送る。申し込みは専用フォーム、または同会のEメール、電話080-1118-0289(尾崎さん)へ。申し込みの際は①参加者(代表者)氏名➁連絡先電話番号➂参加人数④駐車場利用の場合は車の台数を明記する。

➡NEWSつくばが取材活動を継続するためには皆様のご支援が必要です。NEWSつくばの賛助会員になって活動を支援してください。詳しくはこちら

スポンサー
一誠商事
tlc
sekisho




spot_img

最近のコメント

最新記事

道路冠水や倒木被害相次ぐ つくば、土浦 台風6号

大型の台風6号の接近に伴い、つくば、土浦市では3日、激しい雨と強風の影響で道路冠水や倒木などの被害が相次いだ。小中学校や幼稚園は休校となった。 26カ所で道路冠水や倒木など つくば つくば市では24時間で126.5ミリの降水量があり、午後1時に最大風速6.3メートルを観測した。この影響で、市内26カ所の道路で冠水や倒木などの被害が発生し、約1680軒で停電が発生した。 道路冠水は市内14カ所で発生、このうち今鹿島、水堀、下広岡、森の里、下広岡、春日4丁目など7カ所が一時通行止めになった。桜川に架かる同市小田、小田橋は水位上昇により通行止めになっている。 ほかに強風の影響で、面野井、天久保3丁目、桜2丁目、花畑1丁目など5カ所で倒木の被害があったほか、観音台1丁目で標識破損、上河原崎で木板の飛散、田中で照明破損などの被害があった。 このうち同市花畑1丁目では午後2時前、強風によりNTT筑波研究開発センタ敷地内の高さ20メートルほどの松が根っこから道路に倒れて、向かい側の集合住宅の駐車場上の電線に引っ掛かり、道路が通行止めになった。近くで犬のトリミングサロンを経営する30代女性は「トリミングでドライヤーを使っていたので大きな音は聞こえなかったが、バサッという音がして窓の外を見ると、松の木が倒れていた。ここに10年住んでいるがこんなことは初めて。(筑波研究開発センターの敷地境界には松並木があるので)ほかの松の木が倒れないか心配」などと話していた。 市は自主避難所を、市北部の働く婦人の家と、市南部の茎崎交流センターに2カ所開設、3人が一時的に茎崎交流センターを利用した。 民家1軒が床下浸水 土浦 土浦市では24時間で112.5ミリの降水量があり、午後1時40分、最大風速10.4メートルを観測した。この影響で、床下浸水が1軒、道路冠水や倒木による通行止めが4件、停電が522軒で発生した。 床下浸水は荒川沖東3丁目の民家1軒で発生。中貫、神立町、白鳥町では冠水により道路が一時通行止めになった。常名では倒木により通行止めが発生した。 同市では大雨警報と高齢者等避難が発令されたことにより、午前11時44分に災害対策本部を設置、土浦三中、土浦四中、都和南小、新治義務教育学校4カ所に避難所を開設した。2人が土浦四中の避難所を一時利用したという。

バイシクル・ダイアリーズ(2)《ことばのおはなし》93

【コラム・山口絹記】前回の記事(5月1日付)では、突然譲り受けたロードバイクについて書いた。そして、この記事を書いている少し前、「ツール・ド・つくば」というイベント(7年ぶりに開催された筑波山を自転車で登るイベント)から帰ってきたところだ。観戦ではない。参戦である。 いわゆるヒルクライムと呼ばれるレースで、他の参加者の動機は私にもよくわからないが、自転車にまたがって峠をひたすら登る。自分で書いていても正気の沙汰とは思えないのだが、とにかく私も完走してきた。なかなかの地獄だったが、実際のところ思ってもないほど楽しい地獄だった。 どうしてそうなったと疑問に感じる方もおられるだろう。私も同感だ。つくづく人生はままならない。現実ではいつだって小説のような文脈はどこかに忘れ去られ、側溝に落ちて朽ちてゆく。 レースで痛めた膝をかばいながら家に帰ってきて、少し頭も冷えてきたので、この1カ月の出来事について、徒然(つれづれ)なるままに書いていこうと思う。 ロードバイクにちゃんと乗る? 繰り返しになってしまうが、このロードバイクは私が大切な人から譲り受けたものだ。私はその人に「ちゃんと乗るから安心してくれ」と約束をした。しかし、家に帰る道すがら、「ロードバイクにちゃんと乗る」ってどういうことだろう、とわからなくなってしまった。 ママチャリくらいしか乗ったことのない私には、ロードバイクにちゃんと乗ることの定義がわからなかったのだ。毎日乗ることか? 遠くに行くことか? 速く走れるようになることだろうか? そこまで考えて、筑波山の山道をかっこいい自転車がいつも登り降りしていることを思い出した。アレはしっかり乗っていることになるのではないだろうか。 週末に本屋に行くようなノリで、筑波山をロードバイクで走っている人は、「ちゃんとロードバイクに乗っている」気がする。コレだ、コレしかない、と脳みそのゆるい私は考えたのだ。これは、自転車のことなど何も知らない中年が、いきなり降って湧いたロードバイクにまたがってレースに出ることになるまでのおはなし。(言語研究者)

天理ギャラリーを訪ねて《ふるほんや見聞記》17

【コラム・岡田富朗】世界最大の古書店街がある神田神保町から程近い神田錦町に位置する東京天理ビル9階に、天理ギャラリーは1962(昭和37)年、東京天理教館が竣工すると時を同じくして開設されました。 開設にあたった経緯の中では、1960(昭和35)年から1990(平成2)年まで、天理大学で古代オリエント宗教史の集中講義を非常勤講師として受け持たれた三笠宮崇仁親王殿下(三笠宮さま)から、「東京でも天理大学の収蔵品を皆様にご覧いただきたい」というお声をいただいたこともあったそうです。 近年は年に2回、5月ごろに天理図書館収蔵品、10月ごろに天理参考館収蔵品からテーマを定め展示を開催しているそうです。 天理図書館 1924(大正13)年10月、当時旧制大阪高等学校に在学中の中山正善天理教二代真柱が天理教青年会長に就任し、図書館の設置と、図書の収集・整理の方針を打ち出しました。中山正善は稀代の蒐集家としても知られており、善本稀本が多く収蔵されています。 1926(大正15)年、約2万6000冊(うち洋書5000冊)の蔵書をもって閲覧を開始しました。戦後は、天理外国語学校の大学昇格に伴い、大学附属図書館として一層大きな役割も与えられ、蔵書も増加し、その名は海外にも広く知られるようになりました。現在では蔵書数は約150万冊に及び、その中には国宝6点、重要文化財88点が含まれています。 「古今和歌集と伊勢物語」展 6月14日(日)まで天理ギャラリーで開催されている第185回「古今和歌集と伊勢物語」展では、「古今和歌集」や「伊勢物語」を中心に、重要文化財4点、重要美術品8点を含む主要な写本や自筆注釈書など計41点が展示されています。展示資料の中には、近年の専門家による調査で、藤原俊成(1114~1204)筆「古今和歌集」昭和切の一部と確認された、天理図書館所蔵の「古今和歌集両序」が含まれています。 昭和切は、1928(昭和3)年に巻1~10の上帖が分割されたことで生じた名物切であり、現在に至るまで700年以上にわたり流布本の地位を占めてきたいわゆる定家本の底本と目される重要な資料です。平安末期から鎌倉初期を代表する大歌人・俊成の、極めて貴重な直筆を今に伝える至宝です。 本展を担当された天理図書館 稀書目録室の司書研究員・博士である髙橋諒さんは「天理図書館は、一人でも多くの方に利用していただきたいと考えております。そのため、大学附属図書館ではありますが、開館当初より広く一般にも開放しており、15歳以上(中学生を除く)の方であればどなたでも利用できます」。 また「天理ギャラリーなどでの展示においても、普段は遠方の方々にも貴重な文化財である原本をご覧いただき、多くの方に原本のもつ魅力を直接感じていただきたいと考えています」と話してくださいました。(ブックセンター・キャンパス店主)

大和ハウスが開発 つくば駅近くの公務員宿舎跡地

TXつくば駅から西へ徒歩3分の「つくば市吾妻地区」開発を大和ハウス工業(本社大阪市)が担当することになった。「70街区」とも呼ばれる同地区は約5.7ヘクタールの広さがあり、国家公務員宿舎が建っていた。つくば駅近くにある一等地の開発主体が決まったことで、数年先、同地域の風景は大きく変わることになる。 70街区の面積は国有地5.4ヘクタールと市有地0.3ヘクタール。財務省関東財務局とつくば市は数年前から民間への売却手続きを進めていたが、5月末、関東財務局が大和ハウスに売却することになったと発表した。開発提案を審査して購入先を絞り、最高値を提示した企業に売却する「二段階一般競争入札」方式を採用したものの、跡地取得に応募したのは大和ハウスだけだったという。 施設完成は2033年半ば 大和ハウスの提案概要によると、公務員宿舎跡地には①スーパーシティ実装センター(1.1ヘクタール)②分譲マンション(2.1ヘクタール)③戸建住宅(0.6ヘクタール)④賃貸マンション(1.5ヘクタール)―などが建ち並ぶ。実装センターはつくば市の都市構想を取り入れた2階建ての施設で、「(物販店など)生活利便施設、研究機関、スタートアップ企業、ベンチャー企業、その他業務施設などを誘導する」という。 居住区は、15階建て分譲マンション(570戸)、3階建て賃貸マンション12棟(200戸)、戸建て住宅(27戸)から成り、約800戸の住宅が供給される。提案概要には「マンション敷地内に新しく広場と交流拠点を設け、住民や市民の憩いの場だけでなく、街区単位で表現できる社会実装の場とする」と記載されている。 関東財務局は落札価格について「6月19日までに正式な売買契約を結ぶ。それまでは公表できない」とし、現時点では明らかにしていない。大和ハウスによると、公務員宿舎取り壊しや開発用地整備などに時間がかかり、全施設が完成するのは7年先の2033年半ばになる。総事業費については、今後建築資材や人件費の上昇が予想されることから、概数を開示することも避けている。 存在感増す大和ハウス 大和ハウスは2025年4月、「研究学園駅南の大規模開発」(4月2日付)を開始、TX駅から徒歩9分の大区画(15.5ヘクタール)に、高層マンション、商業施設、研究機関、教育施設などを整備する事業に着手した。また、2025年3月には「つくば駅前の複合施設が完成」(3月27日付)、オフィスと各種店舗が入る商業棟をオープンさせた。これらに加え、つくば駅近くの「70街区」開発も担当することになり、つくば市内における同社の存在感が増している。(坂本栄) ➡吾妻70街区の過去記事はこちら▽吾妻70街区にイノベーション拠点など誘導(21年10月26日付)▽7事業者が提案、イノベーション拠点誘導に厳しい意見も(22年3月22日付)▽吾妻70街区に近未来都市?スーパーシティって何(22年8月4日付)▽都市計画変更手続き始まる(22年10月11日付)▽スーパーシティ実証街区へ 開発事業者を公募(25年7月22日)