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「花火の原理がわかる手持ち花火」販売 火薬研究の第一人者が開発

発光の原理学び興味持って

火薬研究の第一人者で、つくば市在住の松永猛裕さん(62)が、手持ち花火と分光シートをセットにした「花火の原理がわかる手持ち花火Ⅰ 色火剤(いろびざい)」を開発した。分光シートをスマートフォンのカメラに貼り撮影することで、花火がどのような光を発しているか分解して観察できる。夏休みの自由研究や科学実験での活用を想定しているという。7月1日から販売を開始する。

「花火の原理がわかる手持ち花火Ⅰ 色火剤」のセット内容(松永さん提供)

松永さんは産業技術総合研究所の元研究者で、現在も招聘(しょうへい)研究員として研究を続けている。2011年1月に花火研究のベンチャー企業「グリーン・パイロラント」をつくば市東の産総研内に設立した。火薬研究の第一人者としての知見を生かし、同社ではテーマパークで用いる安全性の高い花火の受注開発や、火薬を扱うメーカーでの事故の現象解明などを手掛けてきた。コロナ禍でテーマパークからの注文が減ったことから、一般向けの手持ち花火の開発を始めた。分光シートと花火を組み合わせて観察できるようにした商品は他になく、特許庁に実用新案登録を受けている。

「手持ち花火Ⅰ 色火剤」は、黄、赤、緑、青、紫、ピンクの6色と炎色反応がある元素を入れない花火を加えた7本組が2セット(合計14本)と、分光シート、解説書が入っている。色火剤は、火炎に色を付ける金属化合物のこと。花火には基本的にナトリウム(Na)、ストロンチウム(Sr)、バリウム(Ba)、銅(Cu)が使われ、それらが炎色反応によって黄、赤、緑、青の4色に発光する。他の色はこの4色を混ぜ合わせて作り出している。

分光シートで観察すると、ナトリウムを使った黄色の花火は一つの波長の光しか出ない。ストロンチウムやバリウム、銅の炎色反応では複数の光が観測され、すべての花火でナトリウムに由来する黄色の波長が観測される。いろいろな物質の中にナトリウムが微量に混入しているためだという。

スマホで観察する様子(左)と、観察できるスペクトル(松永さん提供)

火薬の研究、危険と敬遠

現在は、ナトリウムと、ストロンチウムやバリウム、銅の炎色反応の原理の違いについて、大学院レベルでも学ぶことがなく、知る人が少なくなっていると松永さんは話す。研究者も火薬の研究は危険と敬遠しがちで、知識を持つ人が少なくなっている現状があるという。「高校生くらいの方に使ってほしい。花火にはいろんな原理が詰め込まれている。原理を知って花火を見ると、見る目が変わってくる。ワクワク感を大切にしてほしい」と松永さん。手持ち花火で発光の原理を学び、興味を持ってほしいと、教育現場での活用も見込んでいる。

今回発売するのはシリーズ第1弾で、商品名を「手持ち花火Ⅰ」とした。第2弾、第3弾の構想もある。第2弾は花火の輝きを観察するセットで、中に入れる金属粉をアルミ、チタンなど変化させ、その違いを見る。第3弾は酸化剤を変えた花火でどのくらい見え方が変わるか観察するセットだという。

松永さんは1960年、静岡県浜松市生まれ。中学生の頃、東京の大気汚染を目の当たりにし、光化学スモッグの研究をしたいと志を立て、東京大学工学部の反応化学科に入った。しかし、当時研究室に入った3人のうち、光化学スモッグについて研究できるのは1人だけ。1枠を賭けてじゃんけんをしたところ負けてしまい、火薬の研究をすることになった。この研究室は伝統ある火薬研究室で、教えを受けながら爆発性物質の研究を続け、1988年に通産省工業技術院化学技術研究所(現在の産総研)に入所した。高校時代に化学を教わった恩師が旧日本軍の研究所で火薬と毒ガス弾の研究をしており、2000年頃には、毒ガス弾の安全な処理方法の開発研究にも携わったことから、火薬や爆発の研究は導かれた天命と思うようになったという。火薬などの安全研究に携わる国内で数少ない専門家で、著書に『火薬のはなし』(講談社ブルーバックス)などがある。

◆「花火の原理がわかる手持ち花火Ⅰ 色火剤(いろびざい)」はインターネットで販売。価格は2980円(消費税込)。グリーン・パイロラントの公式オンラインストアはこちら

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