日常会話がなく気持ちを共有できない夫と離婚を考えた石井みちよさん(53)=つくば市大角豆=は、経済的理由から踏み切れずに苦しみ、呼吸困難で救急搬送されたりもした。その後、思いのたけをブログにつづることで凍った心が解け始め、経済的自立に向けて昨年10月、「もむらく整体院」を開業した。
夫は研究者。31歳で結婚し、横浜市と同市並木の公務員宿舎で暮らしてきた。結婚から3年、一人娘が誕生したころから傷つくことが多くなった。
夫は娘には関心を示したが、みちよさんとは必要最低限の会話だけで食事中はテレビに釘付け。ある日、夕食後に自室にこもって研究のためにパソコンを打つ夫の背に声をかけると、邪魔だと言わんばかりに「シッ、シッ」と手で追い払われた。
無視されることが辛くて心が休まらず、いつも頭の中は「離婚」でいっぱいだった。離婚後の生活を支えるために時給の高い訪問ヘルパーの職を選んで働き始めたが、計画通りに収入を得るのは難しかった。
夫の仕打ちはなぜなのか、自分に原因があるのかと本で調べたことがある。話し合いが苦手、家族との時間より仕事に没頭する、みちよさんの気持ちが理解できないなど、夫の症状は発達障害の一つ、アスペルガー症候群の傾向がある状態だと分かった。が、夫を受け入れる気にはなれなかった。
5年前、並木の公務員宿舎にほど近い大角豆地区の集落に建つ店舗付き中古住宅を購入した。「庭が広く、店舗部分で何か楽しいことができそう」と想像がふくらんだ。夫の反対はなかった。
新居購入当時も夫と顔を合わせる休日は気分が落ち込むなど、不穏な毎日で不眠に悩んでいた。そこに新居のリフォームと中学2年の娘の登校行き渋りのストレスが重なった。息ができなくなって救急病院に搬送され、その後は心療内科で処方された精神安定剤を飲むようになった。ホームヘルパーの仕事は辞めた。
落ち着きを取り戻すとブログを開設し、3日に1度の頻度で夫との葛藤をつづった。書くことでいやされ、客観的に自分を見ることができるようになった。「初めは主人への雑言でしたが、次第に都合の悪いことは隠そうとする身勝手さに気づき、(私に)苦手なことを要求された夫も被害者だったと思うようになりました」
そして「お金の苦労を知らず、結婚すれば楽に暮らせると思っていたのは間違いだった。夫に依存せず、経済的に自立しよう」と心が定まった。
新居の店舗部分に整体院を開業する青写真を描き、東京・世田谷の整体学校で基本的な施術を学んだ。さらに東洋医学のエビデンス(治療法の根拠)に基づき施術する、東京・神楽坂のアラウンドセラピーのスタジオに通って「ボディケアセラピスト」の資格を取得した。
準備が整い、昨年10月「もむらく整体院」を開業した。リフォームを施した広さ約70平方メートルの空間の和室が整体院で、洋室はレンタルスペース「スペース田楽」として貸し出している。もむらく整体院の施術対象は女性のみで、全身フルコースは1日1人限定。
発達障害などで共感性に乏しいパートナーにストレスをため、体調を崩したり、精神疾患にかかる状態を「カサンドラ症候群」という。みちよさんは、自分と同じように夫との関係に悩む人に寄り添い、前向きになるための「カサンドラ自助会つくば~エトワール」を主宰。毎月会員がスペース田楽に集っている。
中学で登校をしぶった愛娘は今春県外の大学に入学して1人暮らしを始めた。みちよさんは「主人と2人だけなら振り出しに戻ったかも。今はスペース田楽に来てくださる人や仲間がいて、穏やかな毎日を送っています」とした上で、「整体院の収益を上げていきたい」と明るく前を向く。(橋立多美)