サーキットのモータースポーツでもオフロードのクロスカントリーでもなく、日常にある自動車と向き合う人々は数多く存在する。ニッチ(すきま市場)とも、趣味の世界ともいえる、つくば、土浦のクルマのある風景をたずねた。
ノスタルヂ屋 松浦正弘さん つくば
つくば市花畑に所在する「ノスタルヂ屋」は、一見すると昔ながらのレコード店のように見える店内だが、ここで取り扱われているのは音盤ではない。ジャンル別、メーカー別、車種別に分類された、1950年代くらいから現代に至る、内外各自動車メーカーが販売した自動車、オートバイのカタログや自動車雑誌が商品、まさしく趣味の世界だ。
そんな品物に商品価値があるのかと言えば、興味のない人には古本以下だが、かつて乗ったことのあるクルマ、昔からほしかったクルマを手に入れた、そのような人々には至高の宝物がカタログなのだ。
店主の松浦正弘さん(69)は、20代の頃に東京・中野区で「ブックガレージ」という名の店を起こし、40年を超えてこの商売を続けている。自動車雑誌がオールドカーの特集を組み、特定車種のヒストリー記事をまとめる際、自動車会社にさえ現存しないカタログなら編集者は松浦さんのもとを訪ねる。

「つくば市に移転してきたのは1996年のことです。僕は静岡県の浜育ちだったので、年をとったら山が近くにあって、そこへドライブできるところに住みたいなと思って」
つくば市にはかつて日本自動車研究所の谷田部テストコースがあった。近隣には筑波サーキットがあり、筑波山にはツーリングのメッカとも言うべき筑波スカイラインがある。筑波研究学園都市の成熟も見据えると、松浦さんにとって東京に次いで居を構える理想の地だった。
松浦さんはインターネットもSNSも利用しない。カタログの問い合わせは電話対応のみだ。さもなければ直接来店するしかないという、売り手市場にも見える商売を続けている。「掘り出し物という言葉があるでしょう。それは、自ら見つけ出してこその価値なんですよ。お暇なときに何度か来店していただいて、目当てのカタログを見つけ出せたら、きっとうれしいはずです」
お客を突き放しているわけではない。かかってくる電話には時間をかけて丁寧に要望を聞き、在庫の有無を伝え、取り置きする。開店休業のように見えてもそこそこの来客がある。そうなると店舗を離れるわけにも行かず、ずっと執務デスクで店番をするしかない。
「最近、寂しいと感じるのは、大量のカタログを売りに来るお客さんの傾向が変わったこと。聞けば断捨離なんです。あれほど焦がれてコレクションしていたものと離別する思いを聞くと、僕もつらいですね」
それでも人から人へ、1冊のカタログが品質を保持された状態で渡り歩いていく。それが松浦さんの密かな楽しみでもある。

ノスタルヂ屋には、もうひとつの貴重な商品がある。70年代以前のカタログから起こされたクルマやオートバイのポストカードだ。著作権や版権に縛られた現在では、このような企画を立てることは困難だ。商品と言いながら、一定額以上の買い物をしてくれたお客にはサービスで提供してしまう。「各メーカーともおおらかな時代があったんです。私のような個人経営者でも信頼を得られて、二つ返事で使用許諾がとれましたから」
いま、店内には何冊くらいのカタログ在庫があるのかを聞いてみた。松浦さんはにこにこしながら「さて、全車種合わせて1000冊ほどはあるんじゃないでしょうか。私にも分かりません」と話す。掘り出し物を見つけるコツは、毎月企画している、特定車種や年代に限定したフェアだそうだ。普段は倉庫入りしているとっておきのカタログが、そのときだけ並んでいる。(鴨志田隆之 4回シリーズ)
■ノスタルヂ屋 つくば市花畑1-12-17 営業時間:正午~午後8時 定休日:毎週木曜