【谷島英里子】土浦市立博物館(同市中央1丁目)で7日、「戦争体験のお話をきく会」が開かれた。1945年3月10日の東京大空襲で凄惨(せいさん)な体験をした市内在住の野田信次さん(90)が講話し「過去の教訓を学ばぬものは再び同じ過ちを繰り返す。今後(戦争が)起きないように願っている」と力強く語った。
野田さんは現在の東京都墨田区に生まれ、旧制中等教育学校のころ空襲に遭った。焼夷(しょうい)弾で一面火の海で逃げ場がなくなり、自宅も燃えてしまった。食糧のコメを防空壕に入れ、火に追われながら父親らと風上に走って隅田公園に避難した。そこには火の粉が浅草からも飛んできており、避難してきた人たちと叱咤(しった)激励して消火にあたったと生き延びた当時を振り返った。
この辺りでは「熱さで隅田川に飛び込む人、電柱につかまりながらセミのような状態で焼死した人、死体がゴロゴロ転がっていた」と悲惨な光景を話した。野田さんはその後何日か過ぎてから汽車で両親の実家がある土浦に疎開した。試験に合格し、土浦海軍航空隊の適性部(土浦市大岩田)に従事したという。
会場には国民服や当時の写真などが展示され、参加した30人を超える市民らは平和への思いを新たにした。戦時中、土浦に疎開していたという参加者の森玲子さん(84)=牛久市在住=は「戦争は心も体も食べ物も全てを失う。何が何でも戦争だけは食い止めないといけない」と話していた。
