戦前の記憶の糸をたぐる手札玩具がある。「陣中占ひ」という30枚組のカードだ。戦後80年の夏、その復刻版制作と普及活動に取り組む土浦市在住の女性が「現物以外なんの記録もないのでご存じの方がいたら情報を寄せてほしい」と呼び掛けている。
関係資料探しあぐねて
女性は、茨城県を中心に戦没者の慰霊顕彰活動を行う任意団体「ENISHIWORK(エニシワーク)」の代表を務める石田和美さん(47)。インターネットで資料収集中、偶然に目に留めた「陣中占ひ」を入手した。縦長の紙製小箱には筮竹(ぜいちく)を構えた易者(えきしゃ)のイラストが描かれ、日の丸のような図案をはさんで左から右へ「ひ占中陣」の文字がある。

小箱の中には、色刷りの絵札5枚とモノクロの文字札25枚が入っていた。絵札には穴あきの小窓が複数箇所にあり、文字札には全体として意味をなさない縦組みの文字列が印刷されていた。文字組といい絵柄といい、ほぼ戦前のものに違いないが、転売を経て入手した出品者は元の出どころがわからないという。
「陣中占ひ」でネット検索してもヒットはせず、各地の戦争資料館やおもちゃミュージアムなどに問い合わせても関係資料は残っていない。立命館大学国際平和ミュージアム(京都市)が現物を所蔵していたが、聞き取りをした戦争体験者から受け取った学芸員によれば「慰問袋に入っていた」という話だった。
戦前、1937(昭和12)年ごろ、日本玩具統制協会がおもちゃに合格証を与える登録制度を設けており、「断易」ということばから、1940(同15)年ごろに作られたという見方が出来たものの、制作者や発行元までは突き止められなかった。
戦争の要素一切なく
その遊び方ー。25枚の文字札から1枚を選んで上に5枚の絵札を順番に乗せていく。すると絵札の穴あき部分から下の文字列が現われる仕掛けになっていて、運勢、願望、待人、縁談、身の上の展望を読み取れる。
「金銭入り易き日なりむだせぬ様心掛けべし」(運勢)、「女には吉なれども男には凶となるべき縁」(縁談)等々。「陣中」とあっても、「占い」に戦争の要素は一切ない。箱には「兵隊さんのマスコット」とあった。
入手した石田さんは「すごい。面白い。至極の極みだと感動を通り越し、すっかりほれ込んでしまった」そう。普及に向けて復刻版を制作しようと、一昨年から権利関係の調査を始めたが素性は分からず仕舞い。商標権、著作権の扱いについて弁護士と相談するなどして、作業を進めた。
世代つなぐコミュニケーションツール
石田さんは重巡洋艦「羽黒」の副長を務めていた大叔父が1945(昭和20)年5月16日のペナン沖海戦で撃沈され、艦と運命を共にしたと聞かされ育った。戦後30年たち生まれた「戦後30年世代がつなぐ慰霊顕彰活動」を掲げ、同世代の仲間らと軍関係者や遺族に話を聞くなどの体験を共有し、軍跡ガイドや慰霊祭ボランティアを務めてきた。
その活動の中、復刻版「陣中占ひ」を制作した。昨年2月、ENISHIWORK名義で商標登録を行い、販売を開始した。絵札は絵柄をそのままに彩色のトーンを変え、文字札はフォントを見やすくしたが、旧仮名遣い、文語調は原典のままにした。
左から右への文字組みを含め、今の若い人に見せても「苦情あるべし」とか「来ることかなはず」とかの言い回しが伝わらないことにもどかしさを感じている。石田さんは普及活動を通じ、「伝えていくことの意味を感じるコミュニケーションツールにしていきたい」というのだ。
「戦後80年、占いを作った人も、慰問袋に詰めた家族も、遊んだ兵隊さんも多くが亡くなって、記録ばかりか記憶まで消えかかっている。私たち世代が伝えることで、昔の漢字を読めない若い人たちにも忘れられないようにしたい」と石田さん。「陣中占ひ」について「ご存じのことがあれば、ぜひ連絡をしてほしい」と呼び掛けている。(相澤冬樹)
◆制作した復刻版「陣中占ひ」はオンライン販売のほか、予科練平和記念館(阿見町)、筑波海軍航空隊記念館(笠間市)、鹿島海軍航空隊跡地(美浦村)の各ミュージアムショップで取り扱い中。価格は4400円(税込み)。今年になってお守りとして携帯できるクリアカード製のバージョンも制作した。同2200円。販売サイトはこちら。問い合わせは電話080-1018-1124(ENISHIWORK事務局)へ。