土曜日, 8月 2, 2025
ホームコラム「普通」が壊れたとき 彼は希望の光に《看取り医者は見た!》43

「普通」が壊れたとき 彼は希望の光に《看取り医者は見た!》43

【コラム・平野国美】大震災で崩壊した図書館で「いつも通り」に行動し、パニックに陥った周囲を動かしたKさん(7月4日掲載)。彼の不可解にも見えた行動は、実は人類がその内に秘めた「多様性」という希望の光だったのかもしれません。

その行動を理解する鍵は「神経多様性(ニューロダイバーシティ)」という考え方にあります。脳や神経の働き方は人それぞれに異なり、それを優劣や正常・異常で分けるのではなく、一つの「個性」として捉える視点です。私たちが「発達障害」と呼ぶものも、その多様性の一つの現れとされています。

Kさんの行動は、自閉症スペクトラム(ASD)の特性と重ねてみると、深く理解できます。一つは「ルーティンへの強いこだわり」です。ASDの特性を持つ人の中には、決まった手順や日課を厳密に守ることで心の安定を保つ人が多くいます。震災という非日常において、彼が「定時出勤・定時退勤」というルーティンを崩さなかったのは、それが彼の世界を支える柱だったからです。

そして、その「変わらない姿」が、結果的に日常を失った人々の心の拠(よ)り所となりました。

もう一つは「シングルフォーカス(一点集中)」という才能です。周りの混乱した「空気」や人々の感情といった、曖昧で複雑な情報を処理するのは苦手かもしれません。しかし、その分、目の前の「本を分類し棚に戻す」という明確なタスクに対しては、驚異的な集中力を発揮します。誰もが途方に暮れる中で、この才能が復旧への一歩を踏み出す力になったのです。

平時であれば、彼の「空気が読めない」「融通が利かない」といった特性は、社会生活を送る上での「弱み」や「困難さ」として映ったかもしれません。しかし、震災という危機的状況において、それらは「パニックに動じない冷静さ」や「秩序を回復させる実行力」という「強み」へと劇的に反転したのです。

「みんなと違う」ことが存在意義

これは、人類の生存戦略そのものとも言えます。考えてみれば、私たちの祖先が厳しい自然界を生き抜いてこられたのは、集団の中に多様な個性が存在したからではないでしょうか。

危険をいち早く察知し、衝動的に行動する多動(ADHD)的な人がいたから、捕食者から逃げ延びることができたのではないでしょうか。Kさんのように、どんな時も変わらぬ手順を貫き、集団の知恵や技術を安定して維持する自閉(ASD)的な人がいたから、コミュニティは崩壊を免れ、文化を次世代へとつなぐことができたのかもしれません。

「普通」という型に全員を押し込める社会は、想定外の出来事に対して非常にもろい可能性があります。Kさんの物語は、神経の多様性は決して欠点ではなく、予測不能な世界を生き抜くために人類が進化の過程で手に入れた「才能の宝庫」ということを教えてくれます。こう考えると、Kさんの存在意義は、彼が「みんなと違う」ことにあったと考えられないでしょうか。(訪問診療医師)

➡NEWSつくばが取材活動を継続するためには皆様のご支援が必要です。NEWSつくばの賛助会員になって活動を支援してください。詳しくはこちら

1コメント

コメントをメールに通知
次のコメントを通知:
guest
最近NEWSつくばのコメント欄が荒れていると指摘を受けます。NEWSつくばはプライバシーポリシーで基準を明示した上で、誹謗中傷によって個人の名誉を侵害したり、営業を妨害したり、差別を助長する投稿を削除して参りました。
今回、削除機能をより強化するため、誹謗中傷等を繰り返した投稿者に対しては、NEWSつくばにコメントを投稿できないようにします。さらにコメント欄が荒れるのを防ぐため、1つの記事に投稿できる回数を1人3回までに制限します。ご協力をお願いします。

NEWSつくばは誹謗中傷等を防ぐためコメント投稿を1記事当たり3回までに制限して参りましたが、2月1日から新たに「認定コメンテーター」制度を創設し、登録者を募集します。認定コメンテーターには氏名と顔写真を表示してコメントしていただき、投稿の回数制限は設けません。希望者は氏名、住所を記載し、顔写真を添付の上、info@newstsukuba.jp宛て登録をお願いします。

1 Comment
フィードバック
すべてのコメントを見る
スポンサー
一誠商事
tlc
sekisho




spot_img

最近のコメント

最新記事

当事者家族の写真提供を知人に依頼 つくば市消防長を訓告処分

救急車不搬送事案で 高熱を出したつくば市の3歳男児(当時)が2023年4月、救急車を呼んだが病院に搬送されず、その後、重い障害を負った事案で(3月26日付)、つくば市は1日、市消防本部トップの青木孝徳消防長が当時、男児の家族の顔写真の提供を個人的に第3者の知人に求めていたことが分かったと発表した。 実際には写真を入手しなかったが、青木消防長の行為は公務員としての自覚を欠き、消防本部の長として不適切なものだったとして、市は7月28日付で消防長を訓告処分とした。訓告は懲戒処分ではなく厳重注意に当たる。 市消防本部によると青木消防長は、不搬送事案発生から約1カ月後の2023年5月中旬ごろ、男児の家族を知る知人に、家族の写真があったら送ってほしいと求めた。当時、不搬送案事案について家族から市消防本部に問題提起があり、家族と意見の食い違いがあったことから、どのような人物像か個人的に知りたかったためだと青木消防長は釈明しているという。 今年4月、男児の家族から、写真を入手しようとし、公務員及び消防長としてふさわしくない、などの申し出があり発覚した。 申し出を受け市人事課は青木消防長に聞き取りを実施、7月7日、市職員分限懲戒委員会を開催し、同28日、訓告処分とすることを決定した。市消防本部によると青木消防長は、軽率だったと反省しているという。 五十嵐立青市長は「今回発覚した行為は誠に不適切なもの。ご家族に対し心からお詫びすると共に、消防長の任命者としての責任を痛感している。消防長に対しては職責を再認識し、日ごろの業務を通じて市民及び職員からの信頼回復に努めるよう強く指導した」などとするコメントを発表した。

誤った宛名で21人に発送 つくば市 県戦没者追悼式の案内文書

つくば市が、県戦没者追悼式に参列予定の市民50人に7月25日発送した案内文書について、同市は31日、21人の封筒に記載された宛名に誤りがあり、11人に郵送されたと発表した。10人は「宛所に尋ねあたりません」として郵便局から市に返送された。 文書は参列予定者の送迎バスの集合時間や場所を案内する内容。29日午前9時ごろ、通知を受け取った市民から、名前が誤った封筒で届いている旨の問い合わせがあり、分かった。29人の封筒に誤りは無かった。 市社会福祉課によると、担当職員が名簿から封筒に印字する宛名データを作成した際、欠席者の氏名のみを削除してしまったため、氏名と連動していた住所がずれたことが原因という。さらに複数でチェックをしていなかった。 同課は7月29日と30日、対象者宅を訪問して謝罪し封筒を回収した。まだ連絡がとれてない市民については謝罪の文書を送付し、引き続き封筒の回収を行うとしている。 再発防止策として同課は、文書を発送する際には封筒に記載の住所、氏名について名簿と相違ないかを複数でチェックするとしている。

物理法則や数式が芸術に 1日からつくばメディアアート・フェス

芸術とテクノロジーが融合した作品の数々を展示する「つくばメディアアート・フェスティバル」が1日から、県つくば美術館(つくば市吾妻)で始まった。この中で、つくば市からの委嘱を受けたアートユニット片岡純也さんと岩竹理恵さんの2人が、同市大穂の高エネルギー加速器研究機構(KEK)に滞在して想を練った作品が「つくばサイエンスハッカソン」の取り組みとして初披露されている(4月24日付)。 運動する展示 作品は「KEK曲解模型群」のタイトルで一括展示されている。いずれも回転したり弾き飛ばしたり、波の伝わる運作を繰り返す4つの運動群からなる。個々の作品名はなく、展示期間中、作家による説明や解説もないことから、見るものが思い思いに受け止めてくれればいいという構成だ。 2人は共に筑波大学出身。世界各地をめぐって「アーティスト・イン・レジデンス」の取り組みによる作品を発表してきた。今回は、つくば市の委嘱を受け4月18日から5月16日までの約1カ月間KEKに滞在し、28人もの研究者らに取材し14の施設を見学した。 KEKの細山謙二名誉教授には電気が鉄球を弾き飛ばす実験を見せてもらい、触発された片岡さんがエナメル線を巻いて「フレミング左手の法則」を実地になぞるような作品に仕上げた。岩竹さんは、松原隆彦教授の記した「回転の対称性を扱った数式」を板書のようにトレースして回転するボード上に貼り付け、飛翔する紙飛行機の回転と組み合わせてみせた。 https://www.youtube.com/watch?v=C8_mahbkLSE 「KEK曲解模型群」は10日まで公開された後、14日から20日まで、大阪・関西万博の内閣府・文部科学省主催の企画展「エンタングル・モーメント[量子・海・宇宙]×芸術」に展示される。 過去最大の出展数 つくばメディアアート・フェスティバルは筑波大学の工学・芸術連携リサーチグループの協力のもと展示する。2014年度にスタートし、隔年開催で7回目を迎える。学内公募により選ばれた学生や大学院生ら若手クリエイターたち20組の作品が展示され、過去最大規模の出展数となった。 そのうちの一人、稲田和巳さんの「観測の部屋」は、つくば駅周辺の音を拾ったり、地図上に移動をトレースしたりして24時間を5分間で再現してみせるアートに仕上げた。 ◆つくばメディアアート・フェスティバルは8月1日(金)~11日(月・祝)つくば市吾妻2-8、県つくば美術館で開催。開館時間は午前9時30分から午後5時。最終日は午後1時閉館。4日(月)は休館。入場無料。つくば市主催、筑波大学工学・芸術連携リサーチグループ共催。3日(日)午後には美術館2F講座室で「やってみよう!アートプログラミング」と題して、夏祭りをテーマに4つのワークショップを開催する。詳しくはこちら。

TX東京駅延伸 機運醸成へ、効果を調査 首都圏新都市鉄道 

つくばエクスプレス(TX)を運行する首都圏新都市鉄道の渡辺良社長は31日、つくば市内で記者会見し、沿線自治体などから要望がある東京駅と土浦駅の南北二つの延伸のうち東京駅延伸について、秋以降、東京駅延伸がもつ社会・経済的意義について調査を実施し、機運醸成を図る一助としたいと話した。一方、土浦駅延伸についてはコメントする立場ではないとした。 今年8月に開業20周年を迎えるにあたり策定した「長期ビジョン2050」発表の記者会見の中で明らかにした。東京駅延伸については昨年12月、茨城、千葉、埼玉、東京の沿線11市区による「期成同盟会」(会長・松丸修久守谷市長)が発足し、今年6月、延伸効果の調査などを求める要望が出されたことを受けて、調査を実施するという。 調査内容については①鉄道整備による沿線の地価上昇効果が、東京駅延伸によりさらにどれだけ増えていくのか②東京と交流が増えることで、柏の葉やつくばなど産官学の研究機能がさらにどのような効果をもたらすのか③沿線で進められている持続可能なまちづくりに、さらにどのような効果が出てくるのか④首都直下型地震や自然災害が発生した時、防災機能をもつつくばと直結することで大きな効果を発揮するのかーなどを挙げる。 渡辺社長は「若い世代が、割と短時間で通勤できる沿線に住宅を確保できることによって、首都圏全体の労働環境が整備されることがもつ社会・経済的意義が議論される中で、機運の醸成を図る一助になれば」とし、「東京駅延伸の建設主体、運行主体がどこになるのか何も決まってないが、期成同盟会からの要望に対する答えとして調査を実施したい。鉄道会社としても調査研究は意味のあることで、東京駅延伸の社会・経済的評価を把握したいとする」とする。秋以降、民間シンクタンクなどに委託し、1年ほどかけて調査を実施する方針だ。 土浦駅延伸に対して「コメントする立場にない」としたのに対し、東京駅延伸については延伸効果の調査を実施するとしたことについて渡辺社長は、東京駅延伸は交通政策審議会で位置付けられ、さらに審議会で採算性の評価がされていて、1を超えると費用対効果が得られるとされる費用便益分析(B/C)が1を超えていること、期成同盟会を構成する沿線11市区がもつ同社の株式が5割を超えていることなどを挙げた。 東京駅延伸をめぐっては、国の交通政策審議会が2021年7月、東京駅と臨海副都心を結ぶ「都心部・臨海地域地下鉄構想」を、TXとの接続も含め事業化に向けて検討の深度化を図るべきだとする答申を出し、22年11月には東京都が、同地下鉄構想の事業計画案の発表で、TX延伸との接続を今後検討するとした。 コラボで何世代も住んでもらえるまちづくりへ 首都圏新都市鉄道の「長期ビジョン2050」は、TX20駅の鉄道ネットワークを基盤に、首都圏新都市鉄道と企業、住民、自治体、教育研究機関などが連携を強化して、技術革新を先導したり社会課題を解決するなど社会をリードしていこうという構想。渡辺社長は「沿線の人口は2045年まで増えるといわれているが、成長している時こそ次の手が打てる。沿線では流山市などで何世代にもわたって住んでいただけるような持続可能なまちづくりがされており、一緒にコラボし、沿線全体に広がっていくお手伝いができれば」と語る。(鈴木宏子)