木曜日, 6月 18, 2026
ホームコラムつくば市に欠ける地域アイデンティティ《水戸っぽの眼》1

つくば市に欠ける地域アイデンティティ《水戸っぽの眼》1

沼田誠さん

【コラム・沼田誠】新しくコラムを担当することになりました、元水戸市職員の沼田と申します。タイトルは「水戸っぽの眼」となっていますが、これは私が名付けたものではありません。そもそも県外出身者である私が水戸に関わるようになったのは2000年からで、まだ四半世紀。私のような「ヨソ者」が「水戸っぽ」を名乗っては、「何言ってんだおめ~」と水戸人に怒られてしまいます。

皆さん、「水戸っぽ」の意味をご存知でしょうか? 「水戸っぽ」という言葉は、義理人情に厚く、頑固で一本気な水戸人の気質を指すとされ、水戸藩以来の歴史の中で醸成されてきた地域アイデンティティを示す言葉です。このような人物像は、体感では以前よりかなり弱くなってきていますが、それでも水戸市民の中に底流としてあり、良くも悪くも、地域に対する愛着や誇りを形成する要素として機能しています。

では、つくば市はどうでしょう。住み始めて4年ほど経ちましたが、「つくば人」やそれに類する表現はまだ聞いたことがありません。一方で、「つくばスタイル」という言葉があり、こちらは、先端技術を活用した利便性の高い生活や、豊かな自然との共生を強調していて、人ではなく暮らしや環境に焦点を当てています。

ただし、「つくばスタイル」はいわゆる「中心地区」やTX沿線を外向けにアピールするためのもので、市全体を包括したものとは言えないでしょう。このように、つくば市という地域全体をわかりやすく象徴するものがないことの背景には、つくば市が研究学園都市という国策から出発していることや、「中心地区」が多様な地域や文化から集まった住民の集合体として発展してきたことがあるものと想像しています。

また、行政の側も、市制施行からすでに38年もの時間が経過した今でも旧町村の枠組を意識せざるをえないことも、そうした傾向に拍車をかけているのかもしれません。(例えば、市の「周辺市街地の振興に向けた取組方針」でも「旧町村時代」という文言が使われています。それは使う必要があると行政が判断しているからです)

人口増加=住みやすい市ではない

国立社会保障・人口問題研究所が2023年にまとめた地域別将来推計人口調査によると、つくば市は10年後の2035年に水戸市の人口を抜き、茨城県内で最も人口が多い都市になるそうです(気にしている水戸人は結構います)。

しかし、地域アイデンティティが十分に形成されていなければ、地域への帰属意識や一体感は希薄なままです。それでは、つくば市がいくら人口を増やしたとしても、地域のことに主体的に参画する住民は増えず、住みやすい地域にはなっていかないでしょう。つくば市が今後さらに成熟した地域として発展するためには、「つくばスタイル」からもう一歩踏み込み、どこに居住していようとも市民誰もが感じることができる地域アイデンティティを育むことが意識される必要があるのではないでしょうか。

今年3月に発表された「第3期つくば市戦略プラン」では、「2030年の未来像」の一つとして「性別、国籍、年齢等を問わず、自身や他者の選択を尊重し合い多様性をいかす文化が地域に根付いています」ということが示され、基本施策でも「多様性が尊重された、包摂的な社会をつくる」(Ⅲ-3)ということが位置付けられています。

個人的には、「多様性の尊重」や「包摂性」が、国籍・性別・障がいの有無といったジャンルを超えて展開され、地域アイデンティティとして根付いていけば、つくば市は全体として、住む人にとって、よい地域として感じられるのではないでしょうか。(元水戸市みとの魅力発信課長)

【ぬまた・まこと】一橋大社会学部卒。民間企業を経て、2000年、水戸市役所入庁。12年、庁内公募で「みとの魅力発信課」に移り、広報・シティセールス・フィルムコミッションなどを9年間担当。同課課長、文化交流課長を経て、22年退職。飲み歩きイベント「水戸バー・バル・バール」実行委員、街歩きサークル「水戸との遭遇」を主宰。1971年、京都生まれ。つくば市在住。

➡NEWSつくばが取材活動を継続するためには皆様のご支援が必要です。NEWSつくばの賛助会員になって活動を支援してください。詳しくはこちら

28 コメント

28 Comments
フィードバック
すべてのコメントを見る
スポンサー
一誠商事
tlc
sekisho




spot_img

最近のコメント

最新記事

かすみがうら市、土浦市に合併協議・検討の場設置を要請

土浦市長「内容を精査し検討」 土浦市との合併に向けた協議・検討の場の設置を求める決議が16日、かすみがうら市議会で全会一致で可決されたのを受けて(6月11日付)、かすみがうら市の宮嶋謙市長と来栖丈治市議会議長が17日、土浦市役所を訪れ、土浦市の安藤真理子市長と勝田達也市議会議長にそれぞれ、合併協議・検討の場の設置を求める要請書と要望書を手渡した。 宮嶋市長の要請書は「土浦市との合併は長年の悲願で(2003年の)任意合併協議会が、議論の入り口である合併方式をめぐって対立し、協議が途絶えてしまったことは大変残念」だとし、両市は「単に行政境界が接しているばかりでなく、歴史的にも生活圏域でも一体的で、これまでの経緯を踏まえるなら市議会の要望書は、市全体の要望」だとした上で、「現在政治に携わっている者は、若い世代や新しく生まれてくる命に重い責任を負っている」「(両市が)抱えるまちづくりなどの共通の行政課題の解決に向けては合併協議が極めて有効な解決の処方箋」で「将来的には県南の50万人の中核拠点都市の実現を目標とし、2市合併に向けた協議・検討の場を設置」するよう要請している。 来栖市議会議長の要望書は「急激な少子高齢化を伴った人口減少が社会経済や行政運営に及ぼす影響が懸念される」とした上で、両市は「神立駅西口の土地区画整理事業などを共に推進してきたほか、通勤・通学、買い物、医療など住民の生活圏域も一体化が進んでいる」とし、さらに「つくばエクスプレスの県内延伸では、(両市は)延伸構想を実現し、整備効果を県内全域に波及させていく上で鍵となる重要な地域」で、「厳しい財政状況下にあって将来を展望した時、今この時期を逃さず、共通する行政課題や一体的なまちづくりを検討することが不可欠で、合併協議・検討を抜きに語ることはできない」などとしている。 要望書を受け取った後、記者団の取材に応じた土浦市の安藤市長は、今後の対応や進行について「内容を精査し検討したい」を述べ、その上で「広域連携は今後も進めていきたい。将来的には合併が必要になるかも知れないが、両市民の生活に影響を与える大きなテーマであり、大事なのは市民生活を低下させないこと」だなどと語った。市議会の勝田議長は「明日議会があるので、議会運営委員会に諮問し、検討したい」とした。 一方、かすみがうら市の宮嶋市長は、要請書としたことについて「要望書から要請書に変えたのは、一方的なものから協力関係にあるものにしたいと思いから」だとし「規模からいっても土浦市に編入という形になると思うが、これがスタートであり、つくば市まで含めた広域的なものになっていくのが良いのではないか」と語った。 昨年10月時点の国勢調査人口速報によると、かすみがうら市の人口は3万8413人で減少傾向が続く。一方土浦市は14万1588人で微減となっているが、かすみがうら市の3.7倍の人口規模がある。面積は、かすみがうら市が約156平方キロメートル、土浦市が約123平方キロメートルで、かすみがうら市の方が1.27倍広い。(榎田智司)

野菜の地産地消《ご飯は世界を救う》73

【コラム・川浪せつ子】今回は飲食店ではなく、野菜販売のお話です。1日の野菜摂取量は、緑黄色野菜120グラム+淡色野菜230グラムで、合計350グラムといわれています。多いかな?とも思いますが、茨城県は農業大国。つくば市は、研究学園都市ですが、農業都市といってもいいほど、JAの直売所などが多いところです。 私が都内から茨城県に移って来たとき、初めてニンジンの葉っぱを見て、感動したことを覚えています。それまでは野菜の全容を知らずに食していました。 直売所は、朝採りの新鮮さ、お手頃価格だけではありません。直売所によって、置いてあるものの種類が違います。スーパーでは見かけない野菜にも、出合うことがあります。驚いたのが「そうめんカボチャ」。見た目は普通のやや細長いカボチャですが、皮をむいてゆでると、そうめん!になっちゃっています。 また、形の不ぞろいな野菜は、土がついたままひと山=ワンコイン。出合ったときは、どうやって食べようかと楽しみです。お花やお米、それらに関連した加工食品も。今、道の駅が人気ですが、もう一つ、身近な感じのお店がJAなどの直売店ですね。 週1回の青空市 今、私の大のお気に入りは、週1回開かれる青空市です。始まってから40年以上になるそうです。開始時間前には行列! 並ぶのは嫌いなのですが、この場所だけは「今日は何があるかな?」と楽しみです。そこでは、農家の方々とのコミュニケーションと、列をつくるお客さんと野菜料理の話もできます。 最近、農家の方からのレシピは「新玉ねぎのレンチン」。新玉ネギを縦に切り、バター、だし醤油をかけて、ラップして電子レンジでチン。仕上げにカツオ節を。直売所は、地域の台所だけではなく、交流の場。そして、血液サラサラ。また、野菜から季節感を感じることができ、大好きな場所です。(イラストレーター)

砲丸投 森下大地選手が日本選手権2連覇 関彰商事で祝勝会

筑波大出身 関彰商事(本社 筑西市・つくば市)のアスリート社員で男子砲丸投の森下大地選手(31)が、6月12~14日、パロマ瑞穂スタジアム(愛知県名古屋市)で開催された「第110回日本陸上競技選手権大会」で昨年に続き優勝し、2連覇を達成した。16日、所属する関彰商事つくば本社で祝勝会と報告会が催され、社員らが健闘を称えた。 森下選手は、自己記録を2センチ更新する18メートル69を投げ、日本歴代4位となる記録をつくった。祝勝会で森下選手は「昨年は優勝したが記録があまり良くなかった。今回は自己記録を出すことができて、満足するものとなった。この競技のピークは30歳から35歳。今週末は韓国オープンに日本代表として出場する。19メートル台、さらには日本新記録を目指して頑張っていきたい」と抱負を語った。日本選手権はアジア大会の予選も兼ねていたが、アジア大会に名を連ねることはできなかった。 森下選手は兵庫県出身、中学生で砲丸上げを始めた。神戸市の進学校、私立滝川高校(神戸市)から筑波大学に進学した。大学では、同じ兵庫県出身で、砲丸投げで実績のある大山圭悟・同大陸上競技部部長の指導を受け、記録を伸ばしてきた。一時期、拠点を出身地の兵庫県に移したが、今季からつくばに戻り、大山部長の指導を受けながら競技を続けている。関彰商事には今年4月に入社、広報部広報課に所属している。 16日の祝勝会と報告会は、つくば市二の宮、関彰商事つくば本社で催され、森下選手のほか、同じアスリート社員で男子100メートルの東田旺洋選手、先本貴一朗選手、女子やり投の兵藤秋穂選手、弓道の菊地凜選手も参加した。同社スポーツアドバイザーでサッカー男子日本代表(U-23)の大岩剛監督も同席、会場には関正樹社長ほか社員約100人が集まった。それぞれのあいさつのほか、同社の部活動の野球、サッカー、弓道の紹介も行われた。 関彰商事の関社長は「当社は様々な部門がある。それぞれが頑張ることも大事だが、交流することに価値があると思う」と述べ、「アスリートの活躍について、当社に所属してから記録が伸びているという話を聞く。職場環境の問題からもうれしい」と付け加えた。(榎田智司)

マリリン・モンロ一は生きている《映画探偵団》101

【コラム・冠木新市】つくば駅のバス停留所ベンチから見上げるセンタービルの景色が好きだ。正確にはホテル日航つくばだが、ここにはマリリン・モンロ一が生きている。設計者の磯崎新は、モンロ一の身体をかたどったモンロ一定規を作り、このビルにモンロ一の身体の曲線(モンロ一カ一ブ)を組み込んだ。だからセンタービルは、マリリン・モンロ一の象徴ともいえる。 モンロ一が好きな人は、センタービルが好きだと思う。だが、ここで問題がある。映画の金髪で少しおバカさんのキャラクタ一が好きか?女優モンロ一の生き方が好きか?で分かれると思う。私はどちらも好きなのだが、映画のキャラクタ一が嫌いな人は、センタービルは苦手なのではなかろうか。 今年6月1日、モンロ一は生誕100周年を迎えた。1月に「北条芸者ロマンの唄が聞こえる」を公演したあと、モンロ一のイベントを予定していたが、急きょサンフランシスコ講和条約75周年記念の詩劇コンサート「憎しみは愛によって止む」が飛び込んで来て、企画を延期することにした。 私がモンロ一を評価するのは、演技は別にして、原水爆を嫌悪した女優だからだ。また、同じ役どころしか与えない映画会社に抵抗して、モンロ一プロダクションを作り、独自に映画製作に乗り出したことだ。「モンロ一は戦う芸術家」なのである。 1954年、新婚旅行で来日した際、広島で原爆ドームから原爆記念館、原爆傷害調査委員会を訪れ、何度もため息をついたという。米国が落とした原爆の現実を知り、反対の思いを抱いたと思われる。 M・モンローの「バス停留所」 モンロ一プロダクションの第1作は「バス停留所」(1956)だ。クラブ歌手シェリーが酒場で唄う場面があるが、ヘタクソなのだ。いや、ヘタに唄っているのだ。ヘタクソに唄うことがどれほど難しいことか。モンロ一の演技力に驚かされる。 また、作品中に自分の人生を暗示してもいる。シェリーは同僚に1枚の地図を見せる。そこには赤い一本の線が引かれ、生まれた場所から、ハリウッドまで一直線で結ばれている。シェリーはハリウッドの女優を目指していた。しかし、ラストではその路線を拒否し、牧童の妻になる道を選ぶ。 もう一つ語っておこう。「バス停留所」は、山田洋次監督の「男はつらいよ」シリーズに強く影響を与えている。第1作で、おいちゃん(森川信)が寅さん(渥美清)にげんこつを加える場面が出てくる。これの元ネタと思える場面が「バス停留所」にある。さらに、寅さんと恋仲になるクラブ歌手リリー(浅丘ルリ子)の元ネタは「バス停留所」のシェリーではないのか。 磯崎新と山田洋次は東大同級生 となると、日本的なものは排除して造られたセンタービルには、寅さんの影がほのめく。磯崎新と山田洋次は東大で同級生だった。センタービルのモンロ一と寅さんはオーバーラップしている。 渥美清は浅草六区の小屋出身の芸人。浅草六区の礎を作った根岸浜吉は旧筑波町の小田出身。筑波と浅草は歴史的に縁がある。つくばエクスプレスで浅草と結ばれている。35年近くセンタービル付近を観察していると、つくばは浅草化して庶民的な雰囲気になってきているように感じてならない。 つくば駅バス停留所で待ち合わせしていて、そんな妄想が次々と湧いてきた。これから、「世界のつくばセンタービル物語/マリリン・モンロ一は生きている」(仮)の打ち合わせがある。サイコドン ハ トコヤンサノセ。(脚本家) <映画とお話:つくばセンタービルについて>・日時:6月27日(土)午後1時〜3時、参加費無料・場所:つくばカピオ小会議室2・主催:一般社団法人スマイルアップ推進委員会・次回作のスタッフ・キャスト募集中