【ノベル・伊東葎花】
パパと会うのは、いつも同じレストラン。
ピンクのテーブルクロスの真ん中に、可愛いキャンドル。
パパとママが仲良しだったころに、3人で行ったレストラン。
わたしはいつもお子様ランチを注文した。
小さなハンバーグとエビフライ。ニンジンは星の形で、ハートの容器に入ったコーンサラダとリンゴのゼリー。
プレートには夢がいっぱいで、パパとママも笑顔がいっぱいだった。
パパとママが離婚して、4年が過ぎた。
ママと暮らすことになったわたしは、月に一度パパと会う。
いつも同じレストランなのは、わたしがこの店のお子様ランチが好きだから。
……と、パパが思い込んでいるから。
正直もう、お子様ランチを食べるほど子供じゃない。
焼肉やお寿司の方がずっと好き。
だけどパパがうれしそうにお子様ランチを注文するから、言えずにいる。
「ユイ、学校はどうだ」
「ふつう」
「ふつうってなんだよ。いろいろ教えてくれよ」
パパの話はいつも同じ。ちょっとうんざりする。
「好きな男の子はいないのか」
うざい。いたとしても、言うわけないじゃん。
そろそろ月に一度じゃなくて、3カ月に一度、もしくは半年に一度くらいでいいかな……と思う。
食事のあと、パパが急に神妙な顔をした。
「ユイ、じつは今日、ちょっと話があってさ」
「なに?」
「うん、実はパパ、再婚することになって」
「えっ?」
「もちろん、再婚してもパパはユイのパパだ。何も変わらない。だけど、再婚相手の女性には、8歳の女の子がいてね」
「8歳…」
パパとママが離婚したときの、わたしの年齢。
「うん。だから、パパはその子の父親になる」
「ふうん」
「ちょっと体の弱い子でね、空気がきれいな田舎に引っ越して、一緒に暮らすことになったんだ」
「ふうん」
「だから、その…、今までのように、ユイに会えなくなる。もちろん、ユイが望むなら、パパはいつでもユイの力になるよ。でも、月に一度の面会は、ちょっと無理だな」
ふうん…。
「いいよ。わたしも中学受験で忙しくなるし、ちょうどよかった」
「中学受験するのか。大変だな」
「べつに、ふつうだし」
「またふつうか。今どきの子はふつうが好きだな」
パパが、拍子抜けしたような声で言った。わたしが泣くとでも思っていたのかな。
「デザート食べるか?」
「いらない。わたし、コーヒーがいい」
「コーヒーなんか飲むの?」
「うん。家でママと飲んでるよ。甘いジュースより、ずっと好き」
「そうか。もう、お子様ランチも卒業だな」
パパは、少し寂しそうに笑った。
強がって飲んだコーヒーは、やっぱり苦かった。
それでも精一杯大人のふりをした12歳のわたし。
何となく寂しくて、何となく悔しくて、「おいしかった」と言えなかった。
最後のお子様ランチだったのに。
街は鮮やかな緑であふれ、手作りのこいのぼりをかざした子供が通り過ぎた。
迎えに来たママに見られないように、帽子でそっと涙を隠した。
パパと過ごした最後の日、わたしはお子様ランチを卒業した。
(作家)