【コラム・坂本栄】米国は20日昼(米東部時間)からトランプさんの時代に入る。絵に描いたような保護主義(自国経済・産業優先)と孤立主義(自国第一・他国軽視)になりそうだから、世界の政治・経済システムは100年前(第1次大戦と第2次大戦の間)の状態に戻りそうだ。日本としても相当な覚悟が必要だろう。
バイデンの「嫌がらせ」
新年早々、日米間にトラブルが発生した。日本製鉄によるUSスチール買収計画について、退任直前のバイデンさんがNOと言ったからだ。日鉄はもちろん日本政府もこれに猛反発、おかしな雲行きになってきた。大統領選で負けた民主党・バイデンさんの「嫌がらせ」の感もするが、これをトランプさんが追認すれば、反米感情が高まるだろう。
日鉄とUSスチールにとっても、日本経済と米国経済にとっても、この買収案件は合理的と私は考えている。米国にとってはUSスチール・米経済の再生につながり、日本からすれば製造プラントの分散=海外投資の拡大を意味するからだ。
NOの理由として、米政府は安全保障上の理由を挙げている。日系の米社だと非常時の鋼材手当てが危うくなるという理屈だが、いざとなれば日鉄傘下のUSスチールを接収すればよい。NOは最近はやりの経済安全保障レトリックであり、本音は「大統領選時の民主党公約を破るのはまずい」ということだろう。
賢さに欠けていた日鉄
45年前、米市場で日本車が増え、米メーカーを保護するために日本車を閉め出す騒動が起きた。保護派議員や自動車労組は、高関税や輸入台数制限を打ち出したが、日本側が米政府の(見える形での保護貿易に走りたくない)立場に配慮し、対米輸出台数を抑えることで事態を沈静化させた。その後、日本メーカーは米国内に工場を次々建て、ウイン・ウインの関係を構築した。日米とも賢かったといえる。
バイデンさんとトランプさんの言動からも明らかなように、米国は自国の力に自信を失いつつあり、ストレートな方策で国益を守ろうとしている。大統領選中(経営が悪化したUSスチールにせっつかれたとしても)国名を冠した米社の買収に動き、組合員の敗北感を刺激した日鉄は賢さに欠けていた。米国の経済は読めても(国民の愛国感情に左右される)政治・選挙が読めなかったようだ。
沖縄を返せと言われる?
(以前米国が領有していた)パナマ運河を返せ、(デンマーク自治領の)グリーンランドが欲しい、と叫ぶトランプさんの言動には唖(あ)然としている。
こういった他国軽視が通用するならば、自国の安全保障のためにNATOの欧州圏との間に緩衝地帯を設けたい(ウクライナを支配したい)と考えるプーチンさんの行動を否定できないし、内戦に負けた中華民国の末裔(まつえい)が支配する台湾は中国の一部だと主張する習さんの言い分も説得力を持つ。
プーチンさんのウクライナ侵攻、習さんの台湾戦略と同じように、トランプさんはデンマークとパナマに戦争を仕掛けているようなものだ。この伝で行くと、対中戦略上必要だから「沖縄を返せ」と言ってきても不思議でない。両大戦の間から100年になる今、世界は力が支配する時代に戻りつつある。(経済ジャーナリスト)