【コラム・田口哲郎】
前略
最近、スマホで雨雲レーダーというもの使っています。現在地に雨雲が近づくとアラームで知らせてくれるというアプリです。10分刻みで予測をするのでとても精度の高い予報を受け取ることができます。私はいつも出かけるときに、このスマホの雨雲レーダーを見るようになりました。
このごろ天気予報の精度が上がっていますが、ふと昔の天気予報はどうだったのかと思います。雨雲レーダーにしろ、精度の高い例えば線状降水帯などの予報は気象衛星があるから可能なのでしょう。昔は衛星などなかったのですから、予測が大変だったと思いますし、精度もそれほど高くなかったと思われます。
空模様を見て、あるいは気圧を感じて、風向きや気温で、天気予報をする人、猫の毛の感じを見て予報する人もいましたね。いずれにしても、地上にいる人が五感を駆使して空を見るよりも、宇宙を飛んでいる衛星画像を見て俯瞰(ふかん)したほうがよりよく天気を予測できるというのは、当たり前と言えば当たり前なのですが、やはり天気は天の領域のものなのだなあという気がします。
予報が進化しても天気は変えられない
ここまで予測ができるようになったとしても、人間が天気を瞬時に変えることはできません。地球温暖化など長期的な変動の原因が人間の活動であることはあっても、今から2時間は晴れて欲しいので晴れに、とか日照り続きなので雨が降を降らせる、なんてことは不可能です。ここにもやはり天気は天の領域のことなのだなあと思わせられます。
茨城県南は筑波山が突出して高いですが、山がちな土地はあまりなく、平坦な地域だと思います。比較的災害は少ない印象ですが、線状降水帯などが発生し、短時間に大雨が降ると、河川の氾濫や土地の浸水が起こりますし、低くても崖崩れなどがある場合があります。
天の気によって地上が変えられてしまうことからしても、天気は天の領域のことなのだなあと思わされます。ごきげんよう。
草々
(散歩好きの文明批評家)