土曜日, 2月 7, 2026
ホームコラムクウォーター《短いおはなし》32

クウォーター《短いおはなし》32

【ノベル・伊東葎花】

勉強に疲れて顔を上げると、少女がいた。
夕暮れの図書館は、静寂に包まれている。
少女は、ブラインドから差し込む西陽(び)を避けながら、ゆっくり近づいてきた。
空いている席などいくらでもあるのに、僕の前に座って静かに微笑んだ
つやのある黒い髪に透き通るような白い肌、瞳は深い海のような碧(あお)だ。
ハーフだろうか。

「クウォーターよ」

心を読んだように、少女が言った。

「陽が沈むわ」

窓の外が淡い藍色に染まると、閉館を告げるチャイムが鳴った。

それから少女は、決まって夕暮れに現れた。勉強をするでもなく、ただ座ってほほ笑む。
僕たちは、少しずつ話すようになった。
名前はエマ。僕と同じ17歳で学校へは行っていない。
多くを語らないが、いつもどこか寂しげだ。
僕は青い瞳に見つめられるたびに、エマに魅かれていった。
すっかり陽が落ちた帰り道、エマが言った。

「家まで送ってくれる?」

僕はもちろん「いいよ」と言った。

エマの家は、図書館から少し離れた森の中にあった。
太陽も届かないような深い森は、日が暮れるとまるで闇の世界だ。
黒い壁と蔦(つた)で覆われたエマの家は、ただひとつの灯(あか)りもついていなかった。
母親はいないのだろうか。

「いるわ」

また心を読まれた。エマは、僕を家の中に招き入れた。

家の中は暗く、エマは頼りないランプの明かりで進んでいく。

「電気はつけないの?」

「母が嫌うから」

奥の扉を開けると階段があった。しかも地下に続いている。

「地下室があるの?」

「ええ、母は光に当たるといけない病気なの」

「病気?」

肌寒い地下室には、黒い箱がひとつ。ちょうど人がひとり入れるくらいの箱。
映画で見た西洋の棺桶(おけ)のようだ。
エマがふたを開けると、そこにはミイラのように痩せ細った女が寝ていた。

「母よ」。エマが言った。

黒い服で全身を隠し、青白い顔をしている。しかも、棺桶のような箱で眠っている。
おまけに光を嫌うなんて、まるで…。

「そう、吸血鬼よ」

エマが、また心を読んだ。

「おじいさまが吸血鬼なの。母はハーフだから、半分は吸血鬼。定期的に生き血を飲まなければ死んでしまうわ。それなのに母は、それを拒んだ。あくまでも人間にこだわったのよ。それで、こんな姿になってしまったの」

ランプの光が妖しく揺れた。

いつの間にかエマが僕の背後にぴたりと寄り添っている。
声をあげる間も与えられないまま、エマが僕の首筋に歯をあてた。
血を吸われている。エマの喉がコクリと音を立てた。
痛みは感じない。むしろ不思議な心地よささえ感じた。

「母のようにはなりたくないの」。エマが唇を離した。

「心配しないで。私はクウォーターだから、多くの生き血は必要ないの。ときどきこうして血を吸わせてくれれば、きれいなまま生き延びることができるの」

エマはそう言って、唇についた血を細い指で拭った。
その仕草(しぐさ)はため息が出るほど美しい。エマのためなら血を吸われても構わない。

「ありがとう」

また心を読まれた。
赤い唇で、彼女が笑った。

(作家)

➡NEWSつくばが取材活動を継続するためには皆様のご支援が必要です。NEWSつくばの賛助会員になって活動を支援してください。詳しくはこちら

7 コメント

7 Comments
フィードバック
すべてのコメントを見る
スポンサー
一誠商事
tlc
sekisho




spot_img

最近のコメント

最新記事

王様のケーキ「ガレット・デ・ロワ」《続・平熱日記》189

【コラム・斉藤裕之】暮れにちょっと体調の不安を覚えたのが、正月にはとうとう喉が腫れだした。病院も閉まっているし、市販の薬を飲んでだましだまし過ごすしかない。朝、ふと昨年末に友人と長女から立て続けにギンナンをもらったのを思い出して、ストーブの上でいくつか焼いて食べてみたものの一向に数が減らないので、そうだ! ギンナンご飯を炊こう! 台所の二番目の引き出しに確かギンナン割りが…。 例年通り、元旦の朝には新しい牛乳パックのパレットに絵具を出して、イリコを描いた。2日目もこれといって描くものがなかったので、違うイリコを描いた。3日目も4日目もイリコを描いた。結局、6日の朝まで都合6匹のイリコが描けた。 やっと喉の腫れも取れて、鼻水は垂れるが(寒いと鼻水が垂れるのが動物の生理現象として当たり前だと思う)、久しぶりに益子の古物屋に向かった。道中、雪を頂いた日光の山々が見えるのがいい。特に欲しいものがあるわけでもないが、ここの御主人の集めてきたものにはエスプリがある。その日は小さな陶製の人形たちが目に留まった。 どれか一つお選びになって! フランスに留学した時に最初に住んだのは、国際学生都市の中にある日本館。そこにはいろんな国の学生寮があって、入居者の何割かを他の国の学生と交換する制度があるらしく、私と同じフロアにチュニジアの女性が住んでいた。 その女性の部屋でフランス語を教えてくれることになった女性を紹介されたときに、「どれか一つお選びになって!」といただいたのがガレット・デ・ロワ、王様のケーキだ。焼かれたパイがいくつかに切り分けられていて、その中の一切れにフェーブと呼ばれる小さな人形が入っている。それを引き当てた人は王様、すなわち大吉というわけだ。そうか、あれは1月だったか。 おいしく炊けたギンナンご飯 あのときは、確か金属製のものが入っていたような気がしたが、目の前には彩色された陶製のフェーブが何十種類と並んでいる。聖人や修道女、壺(つぼ)を持っている女性や羊、豚の動物もいて、恐らくキリスト教の寓話の登場人物だということは推察できるが、どなた?というキャラクターも多い。確かに作りの甘い、いわゆるゆるキャラなのだが、目やひげなどは極細の筆で描かれ、色も塗り分けられていて、なかなか凝っている。あれこれと迷って、その日はその中の二つを持ち帰って描くことにした。 数日後、私の姿は再び古物屋にあった。そう、私はこの小さな人形にヌマったのだ。そして今度は、10体のフェーブを選んで描くことにした。(カッパとか、ロケットとか、花火とか、ご当地フェーブ入りのガレットなんてどうだろう?) ところで、ギンナンご飯は我ながらおいしく炊けた。富山産のギンナンは小さめで、静岡産は大粒。「ギンナンは人間と同じ一科一属一種で世界中のギンナンは全部いっしょ…」。高校の生物の先生の言葉を思い出した。(画家)

デフサッカー銀メダルの社員 伊東美和さんを特別表彰 関彰商事

創業118周年式典 関彰商事(本社筑西市・つくば市、関正樹社長)は6日、つくば国際会議場(つくば市竹園)のLeo Esakiメインホールで創業118周年記念式典を開催した。式典終了後には特別企画として座談会「セキショウの挑戦者たち」を実施、ラジオのトーク番組のスタイルで、各支社で活躍する社員による地域の魅力や取り組みなども紹介された。 式典では永年勤続社員および優良社員の表彰と、昨年退職した社員への記念品贈呈が行われた。特別表彰にはセキショウグループのアドバンス・カーライフサービスに勤務する伊東美和さんが選出された。これは昨年11月に開催された東京デフリンピック2025にて、デフサッカー女子日本代表チームのキャプテンを務め、チームとして初の銀メダル獲得に貢献したことなどが評価された。 社長式辞では、関社長が同社の目指す姿や組織のあり方について「私たちの使命はお客様の課題を解決し、その先にある理想の将来を実現し、よりよい明日を共に創ること」だと述べた。さらに「それはまず、お客様の悩みを把握するところから始まる。その悩みや課題も今は複雑化しており、一人の社員や一つの部門で解決しきれるものではない。オールセクションで解決していく。お客様の持つ理想の将来を共有し、その目指すところを築き上げていく、それをグループ全体、オールセキショウで進めていこう」などと話した。その上で「私たちの強みは仲間同士の信頼。全員の顔と名前が分かり、同じ地域で仕事をしてきた。これが118年間磨き上げてきた強み。この強みを生かせるよう、2000人以上の社員がそれぞれ、その人の持つ力を100%引き出せるような働きやすい環境を作っていくことが社長としての役割だ」とした。 ラジオ形式で座談会 座談会「セキショウの挑戦者たち」は、1月からLucky FM茨城放送で同社提供のラジオ番組「茨城の挑戦者たち」の放送が始まったことを記念して実施された。第1部では関社長のほか、同番組で司会を務める常陸太田市出身の作曲家マシコタツロウさんと元Lucky FM社長でフリーアナウンサーの阿部重典さんが登壇、「社員からの質問にお答えします」と題し、人生の転機になった出来事や仕事とプライベートのバランスなどについて忌憚(きたん)なく話し合った。 第2部では水戸、いわき、古河、須賀川、つくばで活躍する5人の社員が、それぞれの地域の魅力や人とのつながり、仕事上の挑戦などについて話した。「今後の可能性、将来性」というテーマでは、第3地域支店の郡司剛宏支店長が、水戸ホーリーホックや茨城ロボッツの躍進など、水戸がいまスポーツで盛り上がっていることを挙げ、「茨城を元気づけるとともに、関彰のブランド力と存在価値を高める契機としたい」と話した。いわき地域支店の古和口佳幸支店長は、昨年8月の小名浜道路開通について、常磐道を通じた物流やビジネスの活性化のほか、海岸エリアの復興などまちづくりにも寄与していることをPRした。(池田充雄)

香りたつ物語《ことばのおはなし》90

【コラム・山口絹記】休日の昼下がり、私が自室で本を読んでいると、娘が「これ作ってみたい」とレシピ本を持ってきた。レシピと言っても、昔から娘と一緒に読んでいたファンタジー小説の再現レシピで、作りたいのは物語の中に出てくる肉と山菜の鍋らしい。 なかなか渋い選択だと思う。娘はあまり肉が得意ではないし、材料に書かれているラム肉にいたっては食べたことがないはずだが、せっかくなのでそのことには触れないでおくことにした。何事も経験である。 今回の私はあくまでサポート役である。材料をそろえ、火加減を見るのが私の役目で、具材の切り方や鍋に入れる順番は娘に任せる。公式の再現レシピとはいえ鍋物だ。細かいところまで書いてある通りに進める必要もないだろう。娘はページと鍋を交互に見ながら、立ち止まっては、しばらく考えている。 ラム肉と山菜の匂い 面白いのは、娘と私の間で共有されているのが、実際の味の記憶ではなく、物語の中にあるイメージだけということだ。当然、2人ともこの鍋を食べたことはない。そもそもファンタジーなので物語と全く同じ材料が手に入るわけではないのだ。「こういう鍋だろう」という輪郭だけのイメージと、寒い土地の情景や、登場人物たちが鍋を囲む場面だけが、共通の前提としてある。 煮えていく鍋から湯気が立ち、少し土っぽい匂いが台所に広がった。ラム肉の香りは思っていたより控えめで、山菜の匂いに溶けていく。これが正解なのかどうかは分からないし、物語と同じ味である必要もない。ただ、文字で読んだことのある一場面が、現実の鍋として再現されていく。 妻と弟も加わって鍋を囲む。案の定、こどもたちにはラム肉はやや不評だった(妻と私はおいしいと思ったけど)。それでもきちんと完食できるのは自分の手で調理したからだろう。これは料理という行為の魔法だ。洗い物をしながら、物語と現実がほんの一瞬だけ同じ鍋を囲んでいたことを思い返していた。(言語研究者)

もん泊実現へ情報共有 14日「第2回長屋門サミット」 NPOつくば建築研究会

長屋門の維持と活用について各地の関係者と議論する「第2回長屋門サミット」が14日、つくば駅前の同市吾妻、つくばセンタービル内 コリドイオで催される。NPO法人つくば建築研究会(坊垣和明理事長)が「長屋門の情報共有と維持継承活用に向けて」をテーマに開催する。 同市には200を超える長屋門が現存する。同研究会はこれまで、市内と周辺地域に残されている江戸時代から明治、昭和初期に建てられた長屋門を、建築文化として維持活用する研究を重ね、市民シンポジウムで意見交換したり、実際に長屋門を訪ねる「みち歩き」イベントを開いてきた。 目標は、長屋門に民泊機能を加味した「もん泊」の実現。しかし家主の理解を得ることが前提である上、長屋門の風情を損なわず宿泊性能や水回り設備などをどのように追加させるか、それらに必要な費用のねん出をどうするかなどの課題があり、市内ではまだ実例がない。 同研究会事務局の若柳綾子理事によると「4年ほどの研究活動は地元を主体に進めてきた。さらに全国に視野を広げて他地域の事例を調べてみると、やはり同様の悩みを抱えるところが多い中で、我々以上にテーマを絞って研究している具体例があった。それらをネットワーク化したいと考え、昨年2月につくばで第1回サミットを開き、東北や近畿地方で行われている長屋門の保存、活用研究について情報交換を行った」。第1回は、宮城県栗原地域をはじめ、栃木県宇都宮市、愛知県渥美半島に点在する長屋門の特徴を生かし維持保存活動に取り組むグループを招き、近世以降、各地域で長屋門を整備してきた武家勢力、地域ごとの自然環境に対応した家屋としての機能などを紹介した。 一方、つくば地域の長屋門は、歴史的成り立ちや自然の豊かさなどから、全国の他地域の長屋門よりも残存数、状態が良好だ。若柳理事は「その反面、注目されることもなく長い年月が経ち、所有者には代を重ねるごとに維持負担が重くのしかかっている。事業としてのもん泊をそれらの課題解決に役立てたいと考えている」とした上で、「今回の第2回サミットで画期的な事例を紹介できることとなった」と話す。 第2回は新たに、和歌山県紀の川市で具体化した全国初の長屋門での宿泊事業者となる「門リトリートサロン/門泊」を営む有薗光代さんを招く。さらに昨年に引き続き宮城県栗原地域と、茨城県桜川市で進む歴史的伝統建築物に関連した街づくり事例紹介を行う。 「有薗さんは陸上自衛隊にいらした方で、災害派遣や国際協力などを通じてインフラ整備に従事した経験を持つ。2023年から紀の川市を拠点に歴史的建築物と地域資源の活用をテーマに発信しているが、このスピード感に驚かされる」と若柳理事。 「つくばでの活動は、長屋門に宿泊するという『もん泊』構想から始まったが、紀の川市でついに具体例が実現した。多くの課題をどのようにクリアしてきたのか助言をいただけるのが今回のエポックとなる」と説明する。 紀の川市の事例におけるつくばとの違いは、事業化を念頭に置いた活動の一手だと考えられる。つくばが何もしていないわけではないが、これまでの活動は長屋門の周知というテーマを掲げながらも、文化研究色の強い集まりであり、事業化=ビジネスとして扱う段階には至っていない。先進事例を積極的に取り入れられるかどうかが今後の成果を左右するだけに、第2回サミットに期待が寄せられている。 今回登壇するのは▽桜川市の「ディスカバーまかべ」吾妻周一会長が「真壁地区-30年に及ぶ街並み保存・活用等の紹介」について話すほか▽同研究会の坊垣和明理事長が「つくば地区-つくばの長屋門の紹介、みちあるき報告」▽和歌山県紀の川市、門リトリートサロンの有薗光代さんが「もん泊構想、関連イベントの紹介」▽宮城県栗原市、くりはらツーリズムネットワークの大場寿樹代表理事が「栗原地域における取組の現状、課題等の紹介」をテーマに話す。その後、会場参加者などを加えて意見交換などする。(鴨志田隆之) ◆第2回長屋門サミットは14日(土)午後1時から、つくば市吾妻1-10-1 つくばセンタービル内 市民活動拠点コリドイオ3F大会議室で開催。定員100人。参加費は無料。参加申し込みは11日まで、つくば建築研究会ホームページの申込フォームで受付中(先着順)。