木曜日, 1月 15, 2026
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雨情とつくばセンタービル《映画探偵団》81

【コラム・冠木新市】2025年にやる『雨情からのメッセージⅢ』のイベントを準備中である。10月26日には、依頼を受け『つくつくつくばの七不思議/つくばセンタービルの事件簿』の講演をする。一見、雨情とつくばセンタービルとは関係ないようだが、私の中では七不思議とつながっている。

当初11月の開催予定が10月になった。26日は、つくば市長・市議選挙の前日に当たる。きっと各候補者がセンタービル付近に集まりにぎやかになることだろう。

1985年、つくば科学博覧会が開かれた年に、ロバート・ゼメキス監督のSF映画『バック・トゥ・ザ・フュ一チャ一』が公開された。時は1985年、所はカリフォルニア州ヒルバレー(架空の都市)。高校生のマ一ティは、ドク博士が全財産をつぎこみ製作した車型タイムマシーン・デロリアンで過去へとタイムスリップする。

その記念すべき日が10月26日なのだ。また着いた1955年の町では、市長選の真っ最中である。講演日と市長選の現実が映画の内容と偶然に重なる。

雨情との対話

そんなある日、夢を見た。センタービルでタバコをのむ小柄なちょびひげの壮年を見かけた。

「あのー、もしかして野口雨情さんではありませんか?」

「いやぁ、これは初めまして。野口雨情でやんす。『筑波節』を広める活動をしているあなたがセンタービルの話をすると聞き、あの世からやって来たのでやんすよ」

「恐縮です。でも雨情さん、ここは禁煙なんですが…」

「おや、これは失礼。水戸芸術館には喫煙場がありましたがな」

「水戸芸術館にも行かれたのですか」

「行きやした。私は建築の専門家ではありませんが、磯崎新さん設計のセンタービルと水戸芸術館は対の構造になっている感じがしましたな」

「センタービルの印象はいかがですか」

「見た目は西洋風ですが、中心の何も無い虚(うつ)ろな広場を見ていると、極めて日本的な建物だと思いやんした」

「実は4年前、広場に屋根やエスカレーターを付けたり、外壁を変えたり、階段を削ったり、10億円弱かけた改造計画がありました」(映画探偵団33参照

「えっ、少しも古くなってないじゃありませんか。で、どうなりました」

「市民の反対を受けて、改造計画は撤回され、内装のみとなりました」

「それはようござんした。用意された改造費用もだいぶ節約になったんでござんしょう」

「それが、屋根やエスカレーターがなくなっても、予算は変わらずでした」

「う一ん、しかし選挙があるみたいですから、改造計画を進めた議員さんは、市民から批判を浴びるのではありませんか」

「さぁー、どうでしょうか。日本人は忘れぽいですからね。『筑波節』を作曲した藤井清水さんは、『私は地味でも(略)どこまでも日本人の音楽を創っていく。百年後には理解する人も出てくるであろう』と言われましたが、筑波節はあと5年、センタービルはあと60年ぐらいかかるのではないでしょうか」

「私の歌を知る人も少なくなりましたか?」

「雨情さんの童謡は今でも歌われていますよ」

「だが私の民謡を知る人は少ない」

「でも雨情さん、歌も建物も愛する人が1人でもいれば、いつかきっと理解する人が現れてくると思います」

「ありがとうさん。ところでセンタービルを設計した磯崎さんは?」

「2年前に亡くなりました。亡くなる前に、センタービルを守ってくれてありがとう、との伝言がありました」

「それはようござんした。今度、磯崎さんと会って話をしてみましょう。サイコドンハ トコヤン サノセ」

「あ、先に言われちゃった」(脚本家)

講演『つくつくつくばの七不思議/つくばセンタービルの事件簿』
 日時:2024年10月26日(土)10時30分〜12時
 場所:つくば駅前コリドイオ大会議室
 参加費:1000円
 申込先:cocolabo.2024@gmail.com 090-8315-3775(町田)

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江戸時代後期につくばで活躍した発明家、飯塚伊賀七(いいづか・いがしち)が建てた「五角堂」のかやぶき屋根を修理する材料にしようと、ススキが自生する近隣の原っぱで12日、カヤ刈りイベントが開催され、地元の親子連れなど小学生から70代まで約70人が、刈り取ったススキを集めて束にするなどの作業を体験した。 伊賀七は当時の谷田部新町村の名主で、からくりの和時計、測量器具、地図、農業機械の自動脱穀機などを発明した。五角堂は伊賀七の生家に建てられた。何のために建てたのか分かってないが、床面が正五角形と当時は建築が難しく、独自の構造で建てられている。1958年に県指定史跡になり、89年に解体修理されたが、かやぶき屋根の傷みがひどくなり、五角堂を管理する同市が昨年、屋根の一部を修理した。残りの部分を、今回刈り取ったススキで修理する予定だ。 カヤ刈りイベントは、石岡市を拠点にかやぶき屋根の保存活動に取り組む市民団体「やさと茅葺き屋根保存会」(萩原寿盈会長)とつくば市教育委員会が共催した。場所はつくばエクスプレス(TX)みどりの駅近くの市立みどりの義務教育学校に隣接する未利用の原っぱの一部約200平方メートルで、市民ボランティアを募って実施した。 学校脇の原っぱにススキが茂っていることを知った市内に住む同保存会事務局の仲村健さん(44)が同校と市教委などに働き掛け、昨年、同保存会が同所でカヤ刈りを実施し、石岡市内のかやぶき屋根を修理する材料にした。その後、地元に住む谷田部地区活性化協議会の牧野秀宣会長(70)から「地元のカヤで五角堂を屋根を修理してはどうか」と提案があり、イベント開催に至ったという。 12日は午前中に同保存会が仮払い機でススキを刈り、午後に親子連れ約70人が刈り取られたススキを拾い集めて、ひもで縛り、束にした。2時間ほどの作業で121束が出来上がった。 刈り取ったカヤは、同保存会の会員が自宅の風通しのよい場所で保存する。さらにワークショップを開催し、屋根で作業しやすいようカヤの長さをそろえて束にする「かやごしらえ」を実施する予定だ。 母親と参加した近くに住む小学3年の戸田結斗さんは「学校でちらしをもらって参加した。カヤの束を積み上げた上に座って楽しかった」と話し、家族で参加した近くの会社員、藤尾友彦さん(42)は「毎日犬の散歩で通るところなので、普段できない経験をしたいと参加した」と語り、長女で小学3年の晴香さんは「ススキを束ねてぎゅっと結ぶのが難しかった」と話していた。 同保存会の仲村さんは「カヤ刈りを通して身近な歴史や文化を知り、それが現在や未来につながるものだということを感じてもらえたらうれしい」と話し、同活性化協議会の牧野会長は「地元のものを地元の材料で修理すると、親しみができる。小学生も参加し、自分たちが取り組んだもので修理できれば地元の歴史にもっと親しみがわくと思う。すごくありがたいし、子供たちがいっぱい参加してくれてよかった」と語っていた。 市文化財課によると、刈り取ったカヤは同保存会に約1年間保存してもらい、2027年度に五角堂の残りのかやぶき屋根の修理を実施する予定という。(鈴木宏子)