水曜日, 4月 22, 2026
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日本発の疾患概念「ひきこもり」《看取り医者は見た!》28

【コラム・平野国美】日本発の疾患概念として「ひきこもり」が米国精神医学会の診断基準DSM-5-TRに、2022年、「Hikikomori」と掲載されたという話を聞きました。DSMは精神科医にとって診断のためのバイブルのようなものです。そこに記載されたのは、名誉とか不名誉とかとの話を超えて驚きです。

調べると、確かに「Hikikomori」と記載されていますが、診断名としてではなく、「Cultural Concepts of Distress」(文化的苦痛の概念)の章で、日本特有の現象として説明されているのです。

厚生労働省などのガイドラインでは「ひきこもり」を様々な要因の結果として、社会参加(義務教育を含む就学、非常勤職を含む就労、家庭外の交遊など)を回避し、原則的に6カ月以上にわたっておおむね家庭内にとどまり続けている状態―と定義されています。あえて、日本特有と記載されるのはなぜでしょうか?

訪問診療していると、患者さんのご家族の中に「ひきこもり」の方が存在することをよく経験します。高齢の患者さんにとっては、同居する家族に介護的に経済的に頼りたいのだが頼れない状態なのです。これが8050(はちまる・ごうまる)問題と呼ばれるもので、50代の子どもたちが80代の親に経済的にも精神的にも依存しているという社会問題となっております。

50代の子供が自立した生活を送れないため、80代の親の年金に依存しているケースが多く、その資金を親の介護に使えない状態も多いのです。このまま親子ともども高齢化していくと、自動的に9060問題となっていくのです。このようなケースは、我々の仕事の現場で統計以上に出くわすものです。

日本の社会的・文化的病理

なぜ「ひきこもり」が増えてきたのか? よく考えることがあります。江戸時代には、こういったカテゴリーは存在したのか? 武士が罪を犯した際に蟄居(ちっきょ)という自宅に幽閉される刑罰はありました。また、隠遁(いんとん)と呼ばれ、俗世間を離れて静かに暮らすこともありました。これは、意図的に社会から距離を置き、精神的な修養や自己探求を行う意味などもあります。

「ひきこもり」は、いつ、どこから現れたのか? 他国にも存在するのか? 単なる個人の病的な資質なのか? 米国精神学会のDSMに「ひきこもり」が文化的苦痛の概念、日本特有の現象と書かれたのは、この現象が個人の資質によるだけの問題ではなく、日本の社会的・文化的背景が要因になっている社会病理と考えられているようです。

ちなみに、「ひきこもり」のような社会からの孤立は海外にも存在するようです。興味深いのは、家族主義がある韓国、イタリアでは「ひきこもり」の形態が多く、個人主義の米国、英国では子供が家から独立する傾向があるため、「ホームレス」の形態となるそうです。文化や生活習慣によって発症の形態が異なります。(訪問診療医師)

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