【コラム・斉藤裕之】夏の間過ごした弟の家の敷地には水の流れがある。ここより上にはもう民家はないので、いざという時には飲み水にもなるという。それとは別に水がしみだしている場所があって、そこにはふかふかのコケが一面に生えている。その中心に向かって飛び石が置いてあって、その先には小さな浅い池がある。
のぞいてみるとアカハライモリがいて、夏も後半だというのに小さなオタマジャクシが見える。「たぶんモリアオガエルだと思うよ」。この池を作って管理をしているのは義妹のユキちゃんだ。
夕食の時間には、食卓からちょうど山の端に沈む真っ赤な夕陽が見える。ユキちゃんはその夕焼けを見ると、居ても立ってもいられない様子でスマホを持って表に出ていく。「今日の空はきれいじゃった!」。次の日も同じように箸をおいて夕陽を見に行く。
そんなユキちゃんが去年の夏、たまたま寄った道の駅で見つけたメダカを古い石臼の中で飼い始めた。そして、今年の夏、百均で買ったという小さな金魚鉢には、もらってきたというメダカの子供が数匹泳いでいた。ユキちゃんはその金魚鉢を大事そうに抱えて、実に楽しそうにのぞいている。メダカの具合を確認したり、スポイトで汚れを吸い取ったり。
そして、たまたま寄った道の駅で、今度はメダカ用の水草と小さな巻貝を見つけた(最近道の駅でメダカは必須アイテム化しているようだ)。この巻貝は金魚鉢の汚れを食べてくれるらしい。
カタツムリと同じ雌雄同体で、2匹いれば増えるというのだ。茨城の私の家にもメダカがいるので、4匹いるうちの半分をもらって帰ろうと思っていたら、ある日、1つの殻が空っぽになって沈んでいるのにユキちゃんが気付いた。1匹だけ持って帰ってもしょうがないので、また増えたらもらうことにした。
夏の間、忙しい果樹園の仕事があるにもかかわらず、毎日おいしいごはんを作ってくれたユキちゃんに何かお礼をしよう。そう思っていたら、偶然、ピッタリのプレゼントを見つけた。淵が青くてひらひらした古い小さなガラスの金魚鉢。
アサギマダラが飛んでくるんよ!
茨城に戻って少しは涼しくなるかと思いきや、今年はいつまでも暑い。そこにユキちゃんから画像が届いた。プレゼントした金魚鉢が映っているようだが、よくわからない。「巻貝が1匹死んで2匹になったと思ったら、赤ちゃんがいっぱい生まれた!」とのコメント。
「秋になるとフジバカマが咲いて、そうしたらアサギマダラが飛んでくるんよ!」。ユキちゃんは、北から南へ千キロ以上も移動するというアサギマダラ蝶(チョウ)がもうすぐこの山の中の敷地に立ち寄るのを心待ちにしている。
画家、香月泰男(164話)は、生涯、山口県の三隅町を離れることなく画業に勤しんだ。そして、その小さな町が彼の空であり大地であり「私の地球」であると言った。まさに、この山の中の家はユキちゃんの地球だと思った。多分ユキちゃんは香月泰男の言葉を知らないと思うけど。(画家)