NGO組織、国境なき医師団(MSF)の一員として、アラビア半島の紛争地イエメンで3カ月間にわたり医療活動をしてきた医師が、勤務先の筑波メディカルセンター病院(つくば市天久保、河野元嗣院長)に戻って28日、職員向けに体験談を語った。同病院救急診療科の新垣かおる医師(42)。日中の診察時間の終わった午後6時過ぎから約1時間、医師や看護師、病院スタッフら約50人を前に、活動報告会で話した。
「手を洗おうキャンペーン」から
イエメンはアラビア半島の南端にあるアラブの貧困国。イスラム教シーア派の武装組織「フーシ」と、スンニ派が主導するサウジアラビア中心の「アラブ連合軍」の対立による紛争が10年近く続いている。新垣医師は4月から7月の3カ月間、フーシ派の支配域であるサナア近傍の2カ所の医療施設で、手術麻酔、手術室スタッフの教育・監督の業務、病棟や集中治療室などで重症患者治療などに従事した。
過去2度の空爆のあった地域で、「外国人はまずスパイとして見られるから移動が大幅に制限される。病院への出入りでも、現地スタッフの指示で周囲を確かめてから駆け込む」ほどの切迫した状況だった。そんななか病院は、待合室や病床がほぼ半屋外に置かれている。日中の最高気温45℃、コレラが流行するなど衛生的とはいえない劣悪な環境に加え、手で食事をとる状態だから「みんなで手を洗おうキャンペーン」から始めたという。
唯一エアコンが利いているのが手術室。現地のスタッフと協力して麻酔を行った。主に手掛けたのは産科での手術で、帝王切開は約80例に及んだ。「女性たちは現地の風習で手先にいれずみをしているから点滴がとれないこともあり慣れるまで大変だった」。日本では珍しい鎖状赤血球症(異常ヘモグロビン症)の妊婦にも遭遇したそうだ。
「輸血製剤には、大きく赤血球液製剤、新鮮凍結血漿(けっしょう)、濃厚血小板の3種あるのはご存じでしょうが、イエメンでは新鮮な全血と新鮮でない全血の2種類があるだけ。全血は採血して3つに分ける前の血液で、日本でも昔の病院では使われてた。新鮮な全血にはこれら3つ全部が入っているという理解で、血を止める目的などに使いました」
麻酔科医師として「ダメージコントロール」の経験は積んだつもりだが、麻酔できない症状に出くわしては「まず死なせない」ことを肝に銘じ治療戦略を立てたという。
次は「南極越冬隊員」
3カ月間の勤務で支えになったのは「帰る場所がある」という安心感。同病院は在勤2年目の新垣医師を長期研修の名目で快く送り出してくれ、帰国後の復職もあらかじめ認めてくれていた。「現地の同僚からもうらやましがられた。ありがたいこと」と新垣医師。
活動報告を聞いた筑波メディカルセンターの志真泰夫代表理事は「この経験は財産になる。病院にとってもこういう経験を積んだ若い医師が増えてくれればいいなと思う」と語る。
新垣医師は沖縄県の出身。もともとは医療スタッフとして南極越冬隊に参加したい意欲をもっており、こうしたミッションに協力的な医療機関を探して同病院に就職した経緯がある。「経験を積まなければならないことはもっと沢山ある。そのうえでチャンスがあれば、改めて南極をめざしたい」職場に戻った日々、救急医療の最前線で運ばれてくる患者の対応に当たっている。(相澤冬樹)