【コラム・松永悠】医療通訳の仕事をしていると、たくさんの疾患に悩む患者と出会うのはもちろんのこと、様々な治療法、その治療を担当する医師にも出会います。
少し前、心臓疾患の患者を担当しました。重度の狭心症だけでなく、大動脈弁の働きも悪くなっているため、一度の開胸手術でバイパス手術と大動脈弁置換をすることになりました。心臓を停止させて人工心肺につなげ、12時間以上かかるような大掛かりな手術です。
循環器の病気に関しては今までも何度も経験していて、私にとって決して初めて聞くものではないのですが、やはりご本人やご家族にとって大変驚く話だと、表情からもその緊張が伝わってきます。
しかし、命に関わる状況なので他の選択肢もありません。最短の日程で手術が決まり、いよいよ当日の朝。私は手術室への入室が許可され、患者さんと一緒に心臓オペが行われる手術室へ移動。これまでに経験したどの手術室よりもスペースが広く、機材の種類も豊富で、心臓オペはいかに大変なものなのかがわかります。
きっと、手術中に多くの方が人命を救うためにこの部屋に集まることでしょうね。
最高のご褒美 至福の瞬間
朝9時から夜9時までかかりましたが、手術が無事終了して予定通りICUに移り、ここで2泊して一般病棟に戻る流れです。翌日の午後、ご家族と一緒にお見舞いに行ったら、既に意識がはっきりしていて、手を握ったりもできました。思った以上にパワーがあってびっくり!
しかし、ここからは「奇跡と驚きの連続」です。なんと、手術の翌日からリハビリ開始です。心肺機能の回復に大事なのは、どんどん使ってあげることです。完全に横になっている患者が最初にするのは、体を起こすことです。胸に20センチほどの大きい傷を負った方にとって、決して簡単なことではありません。
上体起こし→立つ→歩くと、リハビリを重ねた結果、一般病棟に移った日、つまり大手術を終えた4日目に、患者は200歩ほど歩くことができたのです。
1カ月くらいの入院もあっという間に終わり、めでたくご退院。入院期間中、患者は毎日笑顔とジェスチャー、そして携帯の翻訳アプリを使ってコミュニケーションを取ったそうです。そして退院の日、ご自身の足でナースステーションまで行って、翻訳アプリを使って1人1人と「会話」。
携帯で見せたのは、「今までありがとうございます」とか「大変お世話になりました」とか、簡単な言葉ですが、この患者が心を込めて笑顔とともに看護師さんに送りました。そしてみんなからも大きな拍手をもらったそうです。
高度な技術を持つ日本の医師。きめ細かい看護技法を駆使する日本の看護師。常に感謝の気持ちを忘れず迷惑にならないように気を配る中国の患者。この光景を見るのは、医療通訳にとってまさに最高のご褒美で至福の瞬間です。(医療通訳)