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つくばの「日本茅葺き文化協会」 国選定保存技術の保存団体に認定へ

国の文化審議会(島谷弘幸会長)は19日、つくば市北条に事務局があり、茅葺き(かやぶき)に関わる文化と技術の継承と振興に取り組む「日本茅葺き文化協会」(代表・安藤邦廣筑波大名誉教授)を、国選定保存技術の一つである「茅葺」の保存団体に認定することを文科相に答申した。官報告示後に正式認定される。

同協会は、地域的にいくつかの技法が見られる「茅葺き」の地域性に配慮して技能の継承を図り、さらに同協会の茅葺き職人が全国の文化財の保存修理工事に従事するなどの実績が認められた。

茅葺きの保存団体の認定は全国社寺等屋根工事技術保存会(1980年認定)に次いで2団体目になる。一方、同協会は2018年にすでに「茅採取」の保存団体に認定されており、今回の認定で「茅採取」と「茅葺」の2件の技術の保存団体となる。またユネスコ無形文化遺産「伝統建築工匠の技・木造建造物を受け継ぐ伝統技術」団体にもなっている。

文化財保護法は、文化財の保存のために欠くことのできない伝統的な技術または技能のうち、保存の措置を講ずる必要があるものを「選定保存技術」として選定し、その技を保持している個人または技の保存事業を行う団体を保持者または保存団体として認定している。「茅葺」は1980年に選定保存技術に認定された。今回の認定により、選定保存技術は計89件、保持者は67人、保存団体は48団体(重複があるため実団体は40)になる。

安藤邦廣代表理事 (同)

新たに茅葺きの保存団体に認定された同協会は、日本ナショナルトラストの活動の中で1999年に設立された「全国茅葺き民家保存活用ネットワーク協議会」が前身。2010年に安藤代表(76)らの尽力により「日本茅葺き文化協会」として発足した。

茅葺きは、日本の多様な気候風土に適応し、地域性豊かな農村景観をつくり上げてきた一方、近代化、都市化が進み、その姿は失われ、伝統技能が失われつつあることから、茅葺きの文化と技術の継承と振興を図ろうと設立された。

活動は、茅葺き職人のほか一般会員も参加して、茅刈りや茅葺きなどの技能研修をしたり、全国の地域間の交流と連携を図る茅葺きフォーラムを開いたり、すそ野を広げる普及活動としてワークショップを開催している。海外とも、技術や文化の交流を図る国際交流などにも取り組んでいる。

具体的には2020年に熊本県高森町で茅刈り研修を開催、21年には静岡県御殿場市秩父宮記念公園で茅葺き研修、22年には沖縄県海洋博会場で茅葺き体験などを開催している。国際交流としては19年に欧州や南アフリカから茅葺き職人ら約120人を招いて岐阜県白川村で日本大会を開催している。

事務局があるつくば市北条の里山建築研究所

事務局は、安藤代表が主宰する同市北条の里山建築研究所内にある。会員は180人の個人と42の団体で構成し、122人の茅葺き職人がいる。年齢構成は50代以下が中心で、40代が最も多い。茅葺き職人は全国に200人ほどしかおらず、6割が同協会に所属する。80代以上の職人が全体の半数以上を占めるが、同協会に加盟していない人が多いという。

茅葺きの保存団体の認定について安藤代表は「茅刈りと茅葺きの一貫した、そして地域性に配慮した技能の継承と研修事業に取り組んできた。そのことが評価され、『茅採取」に加えて『茅葺』の追加認定を受けたことは大変うれしい」とし「今後は、技能の向上に努めると共に、若手の職人育成に力を入れ、そのためにも新しい茅葺きの技術開発やデザインにも取り組んでいきたい。また、茅場、草原の持つ生物多様性の維持や環境保全に果たす役割を広く啓発し、地域の茅葺き文化の継承と発展をはかりたい」と述べる。(榎田智司)

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