木曜日, 1月 15, 2026
ホームスポーツ守備からリズムつくる 優勝候補筆頭 常総学院 島田監督【高校野球展望’24】㊦

守備からリズムつくる 優勝候補筆頭 常総学院 島田監督【高校野球展望’24】㊦

県南強豪チームの名監督インタビュー最終回は常総学院の島田直也監督。常総学院は昨秋の県大会で優勝し関東大会では4強入りを果たした。センバツ甲子園では初戦を突破したが、のちに準優勝した報徳学園に2回戦で敗れた。今春の県大会でも優勝し、関東大会では準優勝と県外でも勝てるチームに仕上がっている。今夏の優勝候補筆頭に挙げられる常総学院はこの夏をどう戦うのか、心境を語ってもらった。

―春のセンバツは島田監督として2回目の出場になりました。今回も初戦を突破し、のちに準優勝した報徳学園に1対6と敗れました。センバツで2試合を経験した所感をお聞かせください。

島田 センバツは優勝を目指して戦っていました。1回戦は日本航空石川と1対0の良いゲームができました。2回戦は報徳学園と1対6で負けてしまいましたけど、点差ほど力の差はないと感じました。うちは守備からリズムをつくることを信条としていますが、守備にミスが出てしまいいつも通りにできなかったことが敗因です。逆に、報徳さんはやるべきことをきちんとできていました。この差だと思います。

島田直也監督

―春の県大会と関東大会を振り返っていかがですか。

島田 選手は大会ごとに成長しています。関東大会で準優勝できたことは本人たちも自信につながったのではないかと思います。センバツでできなかったことが関東大会ではしっかりできた。これが結果につながったのではないかと思います。

―関東大会ではセンバツ優勝校の健大高崎を破りました。これもかなり自信になったのではないですか

島田 去年から試合に出ている選手が多いので、大きい舞台に慣れているというのはあります。強豪校と大きな舞台で対戦できて、結果が出たということは自信になるのではないかと思います。

音の感覚変わる

―春のセンバツから新基準のバットに変わりましたが、戸惑いなどはありますか。

島田 僕は就任当初からセンター返しを意識して低く強い打球を打つように指導しています。バットが変わったからといってやることは変わらないので、戸惑いや違和感はありません。

―攻撃時は意識が変わらないのは分かりましたが、守備時はどうでしょうか。

島田 音の感覚が変わって戸惑うことはありました。飛距離については若干飛ばなくなったという気はしていますが、しっかり打てば打球は前と変わらず飛ぶので、守備位置を前にすることはしていません。選手達もちょっとずつ慣れています。

春の県大会で采配を振るう島田直也監督(ベンチ内右)=ノーブルホームスタジアム水戸

状況に応じたバッティング出来る選手ぞろい

―今年のチームはどのような特徴があるかご紹介をお願いします。

島田 今年のチームは守備力が高く守備からリズムを作ります。打線はしっかりと状況に応じたバッティングが出来る選手がそろっており、何とかつないでいこうというチームに仕上がっています。

―打撃の中心を担う武田勇哉選手は昨年から4番を打っていましたが、昨年は好不調の波が激しいと仰っていました。最上級生になってからの様子はどうですか。

島田 好不調の波がなくなりコンスタントに打ってくれています。春の大会でもチームで1番打った印象がありますね。かなりの成長を感じますし頼りにしています。

U-18日本代表候補として注目される武田選手

―ショートでキャプテンの若林選手はどうですか。

島田 僕の考えていることをしっかりと受け止めてチームに還元してくれています。

―キャッチャーの片岡選手は新チーム発足当初にキャプテンだったと記憶していますが、どういった経緯で若林選手にキャプテンが変わったのでしょうか。

島田 新チーム発足当初は片岡がキャプテンだったのですが、片岡自身はチームをまとめようと一生懸命やってくれていました。ですが、自分のプレーを見失っているところがあり、県南選抜大会終了後に片岡にはもう少し余裕を持って楽にプレーしてもらいたいという思いから、キャプテンは若林に交代しました。片岡自身はレギュラーキャッチャーなので、試合は片岡がまとめなくてはなりません。片岡だけに責任を負わせるのではなく、ショートで守備の要である若林にも分散させる目的でこの形を取りましたが、上手くことが運んでいます。

秋以降、強烈な自覚

―ピッチャー陣については小林芯汰投手を中心に今年もタレントぞろいです。エースの小林投手については、3年間どのような変遷をたどって現在に至っているでしょうか。

島田 入学当時から良いピッチャーなので大事に育てようと思って、小林とも育成方針について話し合いながらやってきました。下級生の頃から実戦経験を積ませて、最上学年になったらエースとして成長してもらいたいというプランのもとにここまで来ましたが、上手く成長していると思います。欲を言えば去年あたりから長いイニングをもっと経験させようと思っていたのですが、その経験は積めませんでした。入学当時から本人はストレートには自信があったのですが、それ以外のボールがまだ実戦で使えませんでした。ストレートを生かすための変化球を磨くという取り組みは最初からしてきたのですが、自分でももう一つ武器になるボールが欲しいという強烈な自覚が秋以降に芽生え、冬場は重点的に取り組んでいました。春にはこれが上手く出来るようになったのでピッチングの幅が広がり、本人としてもここでこれを投げれば抑えられるという感覚が生まれているようです。

エースとして期待がかかる小林芯汰投手

―ほかに大川慧投手や平、中村、鍛冶とタレントぞろいです。

島田 みんな一本立ちしてもらいたいと思っていますが、小林に続くピッチャーがなかなかね。それなりにはやってくれるのですが、僕が求めているレベルが高いというのもありますが、この選手に任せたら大丈夫というレベルには到達していません。

―昨夏は4回戦で茨城高校に敗れました。勝つことが宿命づけられている常総学院としては厳しい結果だったかと思います。この結果を受けて今年のチーム作りで特に力を入れたことはありますか。

島田 勝負ごとなので勝つこともあれば負けることもある。負けた時は相手が上だった、うちに力がなかったということなので、4回戦で負けたからといって次の世代のチームづくりを変えようという風にはなりませんでした。また原点から基本を大切に一からのやり直しという感じです。勝たせられなかったのは監督である僕の責任なので僕が未熟だったということに尽きます。そのほかに僕も2020年秋から高校野球の監督になってまだ4年目ですので勉強中の身です。こういう流れでやれば良いのかなという手応えはちょっとずつつかんできたように思います。

普段通りできれば結果付いてくる

ー今年の夏は優勝候補の筆頭に挙げられています。今年優勝すると常総学院として実に8年ぶりの夏の甲子園となり、島田監督としても就任以来初めての夏の甲子園です。夏の組み合わせをみると、結構手強そうなチームが同じゾーンに入っていているように思いますが、夏の大会に向けての意気込みをお聞かせ願います。

島田 3年生にとっては最後の大会であり、秋も春も公式戦で県内負けなしの代なので、なんとか夏も頂点に立ちたいという思いです。春のセンバツでの悔しい思いもありますので、甲子園の借りは甲子園で返すしかありませんので、どんな相手でも必死に食らいついていきたいと思います。また、このチームには秋の関東大会、センバツ、春の関東大会という上位大会に出場し、いずれも勝ちを収めた経験値がありますので、それが強みなのではないかと思います。

―夏に向けて選手にはどういう話をされていますか。

島田 特に大会前にこれといって話をするわけではないです。練習をしっかりやれば結果が付いてくると思っていますので、しっかり練習していく環境に気を遣っています。相手も打倒常総で来るかもしれませんが、うちは普段通りにできれば結果が付いてくると思います。

―お忙しい中、今年もお時間をいただきありがとうございました。(聞き手・伊達康)

終わり

➡NEWSつくばが取材活動を継続するためには皆様のご支援が必要です。NEWSつくばの賛助会員になって活動を支援してください。詳しくはこちら

スポンサー
一誠商事
tlc
sekisho




spot_img

最近のコメント

最新記事

ロウバイが満開 筑波山梅林 早春の訪れ告げる

つくば市沼田、筑波山中腹の梅林でロウバイが満開となり見頃を迎えている。1月中旬は暦の上では小寒から大寒に向かう冬のさなかだが、標高約250メートルにある筑波山梅林では、ろう細工のような、ロウバイの光沢のある黄色い花が甘い香りとともに早春の訪れを告げている。 ロウバイは梅林の筑波山おもてなし館付近の斜面に数十本が植えられている。つくば市観光コンベンション協会によると、正月過ぎから見頃となっている。開花状況は平年並み、見頃は2月初旬ごろまでという。 3連休初日の10日は筑波山神社の参拝客や登山客などで梅林の駐車場は満杯。ロウバイが咲く梅林では、家族連れや写真愛好家などが、青空と黄色のコントラストをカメラやスマートフォンなどで写真に納める姿が見られた。 石岡市から来た藤井浩一さん(63)は「毎年ロウバイを見るために梅林に来ている。これだけたくさんのロウバイが咲くところは貴重だ。今日は珍しいヤマホウジロの写真も撮れたのでうれしい。ロウバイの写真ももっと撮っていきたい」と話していた。 ロウバイは中国原産で、梅に似ているが、梅がバラ科なのに対し、ロウバイはロウバイ科に属する。 筑波山梅林は約4.5ヘクタールの広さがあり、中腹の斜面に約1000本の白梅や紅梅が植えられている。10日時点で、早咲きの紅梅はまだ開花していない。第53回目になる今年の筑波山梅まつりは2月7日から3月15日まで開催される。(榎田智司)

つくば文化会館アルス《ご近所スケッチ》21

【コラム・川浪せつ子】つくば駅近くの図書館と美術館から成る「つくば文化会館アルス」(つくば市吾妻)は、ステキな建物です。この分野では老舗の石本設計事務所(1927年創立)が設計しました。つくば市周辺には、同社のような日本を代表する事務所がいろいろな建物を設計しています。 近くにあるつくばセンタービルは、建築界のノーベル賞と言われる「プリツカー賞」を受賞した磯崎新さんが設計した作品。つくば市には後世に残したい素晴らしい建造物が多いですが、そのような歴史に残るような建物を「描く」のって、至難の業なのです。 私は若いころから、建築の完成予想図を作成する仕事をしてきましたが、今回はそれがアダになりました。上の絵は何度も描き直して、なんと4枚目です。悩みに悩んで、お正月明けにスケッチしました。どうも、面白くない絵になってしまうのですよね…。 ステキな建物とそこに憩う市民 創作活動は何でもそうだと思いますが、自分の表現したいもの、表現したいこと、表現したいテーマは何か―それが重要だと思うのです。創作活動とは、誰かに認めてもらいたいということでなく、自分の「思い」が込められたものを創ることではないでしょうか。そして、たどり着いたテーマは「ステキな建物とそこに憩う市民」です。 緑の季節には葉っぱが多くて建物が見えません。冬は落葉して見えますが、もうひとつインパクトが出ません。そんなジレンマの中、そこに憩う方々をたくさん配置したところ、どうにか納得するものに。「まだまだ」の自分ですが、悩みながら、さまよいながら、つくば市周辺の良さを表現できたらと思っています。(イラストレーター)

まさかの「第5回富士山景クラシック展」《続・平熱日記》188

【コラム・斉藤裕之】昨年秋、「第5回富士山景クラシック」展をやるぞ!と、突然メールが入った。この画展、上野谷中の居酒屋でフランスから帰国したばかりの私が、同級生を前に「みんなで富士山を描こう!」なんてノリで言っちゃったのがきっかけ。まさかギャラリーで展示までして、それも足掛け30年で5回目にもなろうとは…。 なんで富士山なんて言っちゃったのか。例えば、最近では愛犬パクと山口から帰って来る時の新東名。突然、目の前にでっかい富士山が現れる。あまりの雄大さに呆気にとられてしまう。憧れの女性が突然目の前に現れたのと同じで、ただアタフタとその場を繕うしかない。 葛飾北斎の富嶽三十六景。誰もが知る富士山を描いた名作だが、あれは富士山を憧れの女性に例えるなら、遠巻きにしていろんな所からのぞき見している。つまりおっかけ。大体、富士山はどこから見てもあの形。まさに二つとない不二の登録商標で、誰が見ても富士山だとわかる。 北斎は、その富士山を大きな波の向こうに、桶(おけ)の輪の向こうに、いろんなところから遠巻きに描いた。その証拠に、正面から堂々と描いた富士は赤面している。 ここ茨城からも富士山は見える。朝、車に乗って仕事に行く途中、スカイツリーの向こうにきれいな富士山。しかし、それははるか遠く、手の届かない映像のような富士山。でも案外、私にとって富士山は昔から、そしてこれからも、そんな憧れの人でよいのかもしれない。 オジイサンの鼻息は荒い しかし、前回展で一応の区切りを付けたはずの富士山景クラシック展。今回のDMはがきに「第二章」とあったのが気になる。もしかして6度目も…。そういえば、何回目かの時に「次はフィレンツェでドゥモを描こう!」とか「台湾でグループ展だ!」と盛り上がっていたっけ。 フジサンは今も姿を変えずそこにあるが、若者たちはオジサンになり、今やオジイサンと言われても仕方ない年齢になってしまった。しかし、本人たちの鼻息は荒い。以前、ある彫刻家の先輩方がグループ展に「R70」という粋なタイトルを付けていらしたことを思い出した。 北斎は三十六景を描くために、車もない時代に一体どれほどの距離を歩きまわったのか(72~74歳、千葉、東京、神奈川、山梨、静岡、愛知)。一昨年、長野県小布施に、北斎の絵を訪ねた。80歳を過ぎて、山々を超えて信州まで絵を描きに行く、その情熱と馬力に私自身にもムチを入れざるを得ない気分だった。オチをつける気はなかったが、午の年が始まる。 30年前の夏、富士山を描こうと沼津に連れて行った長女。高温多湿の海辺の街からは富士山を見ることはかなわず、漁港で食べた超ビッグなエビフライと同級生の実家である幼稚園のプールで沐浴(もくよく)をしたことはよく覚えている。多分、展示が始まるころには、その長女が3人目を産んでいるはずである。もしかして、丙午の女の子? 今の時代、そのぐらいでちょうどいい。(画家) 第5回富士山景クラシック展:1月19日(月)~31日(土)、GALERIE SOL(東京都中央区新富1-3-11)

親子連れ70人がカヤ刈り 地元の文化財「五角堂」修理の材料に つくば

江戸時代後期につくばで活躍した発明家、飯塚伊賀七(いいづか・いがしち)が建てた「五角堂」のかやぶき屋根を修理する材料にしようと、ススキが自生する近隣の原っぱで12日、カヤ刈りイベントが開催され、地元の親子連れなど小学生から70代まで約70人が、刈り取ったススキを集めて束にするなどの作業を体験した。 伊賀七は当時の谷田部新町村の名主で、からくりの和時計、測量器具、地図、農業機械の自動脱穀機などを発明した。五角堂は伊賀七の生家に建てられた。何のために建てたのか分かってないが、床面が正五角形と当時は建築が難しく、独自の構造で建てられている。1958年に県指定史跡になり、89年に解体修理されたが、かやぶき屋根の傷みがひどくなり、五角堂を管理する同市が昨年、屋根の一部を修理した。残りの部分を、今回刈り取ったススキで修理する予定だ。 カヤ刈りイベントは、石岡市を拠点にかやぶき屋根の保存活動に取り組む市民団体「やさと茅葺き屋根保存会」(萩原寿盈会長)とつくば市教育委員会が共催した。場所はつくばエクスプレス(TX)みどりの駅近くの市立みどりの義務教育学校に隣接する未利用の原っぱの一部約200平方メートルで、市民ボランティアを募って実施した。 学校脇の原っぱにススキが茂っていることを知った市内に住む同保存会事務局の仲村健さん(44)が同校と市教委などに働き掛け、昨年、同保存会が同所でカヤ刈りを実施し、石岡市内のかやぶき屋根を修理する材料にした。その後、地元に住む谷田部地区活性化協議会の牧野秀宣会長(70)から「地元のカヤで五角堂を屋根を修理してはどうか」と提案があり、イベント開催に至ったという。 12日は午前中に同保存会が仮払い機でススキを刈り、午後に親子連れ約70人が刈り取られたススキを拾い集めて、ひもで縛り、束にした。2時間ほどの作業で121束が出来上がった。 刈り取ったカヤは、同保存会の会員が自宅の風通しのよい場所で保存する。さらにワークショップを開催し、屋根で作業しやすいようカヤの長さをそろえて束にする「かやごしらえ」を実施する予定だ。 母親と参加した近くに住む小学3年の戸田結斗さんは「学校でちらしをもらって参加した。カヤの束を積み上げた上に座って楽しかった」と話し、家族で参加した近くの会社員、藤尾友彦さん(42)は「毎日犬の散歩で通るところなので、普段できない経験をしたいと参加した」と語り、長女で小学3年の晴香さんは「ススキを束ねてぎゅっと結ぶのが難しかった」と話していた。 同保存会の仲村さんは「カヤ刈りを通して身近な歴史や文化を知り、それが現在や未来につながるものだということを感じてもらえたらうれしい」と話し、同活性化協議会の牧野会長は「地元のものを地元の材料で修理すると、親しみができる。小学生も参加し、自分たちが取り組んだもので修理できれば地元の歴史にもっと親しみがわくと思う。すごくありがたいし、子供たちがいっぱい参加してくれてよかった」と語っていた。 市文化財課によると、刈り取ったカヤは同保存会に約1年間保存してもらい、2027年度に五角堂の残りのかやぶき屋根の修理を実施する予定という。(鈴木宏子)